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抉られた夢


 天帝戦争。


 初めは辺境の小国による無謀な反抗だった戦いは、いつしか大陸全土を巻き込む大戦争へと発展。


 ヴァース、エオイン、そしてソーリーン。

 三人の若き統率者は、自らの勇と武と知のみを頼りに、数百年も続いたレンシアラによる支配に戦いを挑んだ。


「よし! いくぞエオイン!」


「ああ! どこからでもかかってきなよ!」


 広大な練兵場で、二機の天契機が対峙する。

 それは皇帝ヴァースと、その友エオインが乗る〝帝国が独力で開発した試作型天契機(カイディル)〟。


 二機は互いに剣と弓を武器に、大勢の兵士たちが見守る中で巧みな技と操縦の応酬を繰り広げる。


「さすがだね。前に戦った時よりも、ずっと強くなってるじゃないか!」


「俺だって、いつまでもお前とイルレアルタに頼ってばっかりじゃないんだ! 俺だって――!!」


「うん……それでこそヴァースだ!」


 激化する戦争の日々は、ヴァースを大きく成長させた。

 レンシアラによって両親を失い、都を襲われた屈辱の夜。

 あの日、現れたイルレアルタを操縦できず、大粒の涙を流した少年は、今や〝エオインに次ぐ腕を持つ〟立派な天契機乗りになっていた。


「くそっ……今日も俺の負けだな。しかも、お前はイルレアルタもなしだってのに」


「騎士をやってる僕と皇帝の君じゃ、実戦の数も違うからね。むしろ、それなのに僕とここまで渡り合う君の方が凄いくらいさ」


「…………」


 訓練を終え、ヴァースとエオインは久しぶりに二人の時間を設けていた。


 天帝戦争の開戦から十年。

 

 反レンシアラ連合最強の騎士として各地を転戦するエオインと、その旗印として日々忙しく指揮をとるヴァース。

 今やこの戦乱の中心を担う存在になった二人は、かつてのように常に共にいることは出来なくなっていた。 


「なあエオイン……お前、体は大丈夫なのか?」


「……どうしてそんなことを聞くんだい?」


「前線から戻った軍医から聞いた。この十年、ずっとイルレアルタに乗って戦ってきたお前の体は、もうぼろぼろだって。このままじゃ、命にかかわるかもしれないってな……」


「なるほどね……まったく、僕の断りもなく君に告げ口なんて。おしゃべりな医者もいたものだよ」


「茶化すなよ! どうしてそんな大事なことを俺に黙ってたんだ。今なら、俺だってイルレアルタを操れる……お前一人で背負わなくたって、俺も一緒に――!!」


「それはだめだよ。もし僕が戦えなくなっても、君の言う通りイルレアルタの乗り手はいくらでも替えが効く。けど〝君はそうじゃない〟。反レンシアラの英雄……アドコーラス帝国の皇帝ヴァースは、この世に君一人しかいないんだ」


 強い口調で詰め寄るヴァースに、エオインはかつての彼とは違う、疲労感の滲んだ表情でそう答えた。


「前にも言っただろう? 僕は君の弓と矢だって。君が僕を必要としてくれる限り、イルレアルタの力は僕が引き受ける」 

 

「……ならこれからは、イルレアルタに乗らなくてもいい時は、俺たちが作ったさっきの天契機に乗るようにしてくれないか? それなら、お前の負担も少しはマシになるだろ?」


「なるほど、いい案だね! そういうことなら、僕も喜んで乗らせてもらうよ。ありがとう、ヴァース」


「絶対に無理はするなよ……お前に何かあれば、ソーリーンだって……」


 この頃、ヴァースは終わりの見えない戦乱に明確な焦りを抱いていた。

 幼いヴァースと共に、森の奥で天契機の操縦席を作った仲間の多くは命を落としていた。

 エオインのように健在な者も心身に深い傷を負い、その姿を見る度に、ヴァース自身もまた深く傷ついていった。


「……一つ、聞いていいか?」


「なに?」


 それからさらに時は流れたある日。


 ヴァースは戦地から帰還したソーリーンに、一つの質問を投げかけた。


「もしイルレアルタに乗ったエオインが、天帝戦争の始めから一人でレンシアラに戦いを挑んでいたら……勝てたと思うか?」


「はぁ~~? いくらエオインが強いからって、そんなの無理に決まって……いえ、まあ……うーん……そうね、開戦初期からずっと私とエオインが一緒にいて、完璧な策を与え続けていれば……もしかしたら、勝てたかも……」


 美しく成長したソーリーンはその質問に首を捻り、うんうんと唸りながらそう答えた。


「まあ、あくまで仮定の話ね。今のエオインとイルレアルタの強さは、もう私の策なんて関係ない領域にいる……そんな神様みたいに強い人に頼る〝たられば〟を聞いて、なんの意味があるのかしら?」


「確かにな……ただ、もしも俺がもっと強ければ、この戦争ももっと早く、これほどの血を流さずに終わったのかもしれないと思ってな……」

 

 出会った当初、他ならぬソーリーンによって叩きつけられたヴァースの無知と無計画。

 かつてのヴァースも、なにも完全に無計画だったわけではない。

 ただその戦略は全て未熟で、ソーリーンほどの知謀を持つ者からすればどれも児戯に等しいレベルだった。


 剣術や天契機操縦の腕と同じく、ヴァースはソーリーンの元で政治的な駆け引きや外交の経験、そして戦術戦略の多くを学び、成長した。


 しかしヴァースは自身が成長すればするほどに、かつての自分の未熟さと愚かさを痛感し、それによって失われた多くの仲間たちへの後悔を背負っていった。


 もし自分が弱くなければ。


 もし自分がもっと強ければ。

 もし自分がエオインのように強く、ソーリーンのような知恵を持っていたならば。


 目の前で消えていった数え切れない命は、今も共にあったのではないかと……ヴァースは日増しにそう考えるようになっていった。そして――。


「――な、んだって? 今、なんて言った!?」


「はっ……! たった今帝都にて、皇后陛下と王女殿下が襲われたとの報せ……! 首謀者はその場で即刻捕縛しましたが……お二人は、すでに……っ」


 その凶報は、ヴァース率いる反レンシアラ連合の優勢が確固たるものとなった大戦末期にもたらされた。


「ふざ、けるなよ……っ! 誰がやった……? 俺の妻と娘を殺したのは誰だッッ!?」


 最愛の妻と娘の暗殺。

 

 それはすでに疲弊していたヴァースの心を奈落に突き落とす凶行だった。

 だがしかし――絶望に墜ちたヴァースの心を完全に打ち砕いたのは、臣下のもたらした次の言葉だった。


「申し上げます……! 首謀者の名はキルディス……キルディス・ゾン主席技術長官です……!」


「……!? キルディス、だと……?」


 その名を聞いたヴァースは一瞬にして膝から崩れ落ち、両手を地面につくほどの衝撃を受けた。


 キルディス・ゾン。


 その男こそ、かつてヴァースがあの森の奥で共に操縦席を作りあげ、将来の夢を語り合い、現れたレンシアラの監察官から命を投げうってでも守ろうとした最も大切な仲間――レンシアラ人の友の名前だったからだ。



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