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選ばれた者


「どう? 動かせそう?」


「う、うん……本物の天契機(カイディル)は初めてだけど、みんなと一緒にずっと練習してたんだ。絶対に動かしてみせる!」


 神隷機(ウラリス)の攻撃によって崩壊した王城。

 ヴァースとエオインの危機を救ったのは、突如として現れた正体不明の天契機だった。


「父上から聞いたことがあるんだ……俺が生まれるよりずっと前にも、この国で恐ろしい怪物が暴れたことがあったって……」


 まるで二人の危機を救うかのように現れたその機体に、ヴァースは縋るような思いで乗り込んだ。

 座席の構造も、操縦系統も、どちらもヴァースが仲間たちと共に作り上げた試作機と同じ。

 先ほど見たエオインの覚悟に鼓舞されたヴァースは、この機体があれば神隷機と戦えるかもしれないと……逃げるためではなく、戦うために薄暗い座席に腰を下ろした。


「だけどその怪物は、いきなり飛んできた天契機に倒されたって父上は言ってたんだ。もしかしたら、こいつがその機体なのかもしれない!」


「ならこれがここに来たのも、僕たちを助けるためじゃなくて、あの化け物を倒すために……?」


「けど今は理由なんてどうでもいい……! 俺の手で父上と母上の仇を取れるなら……レンシアラの奴らを倒せるなら、どんな力だって使ってやる!!」 


 言って、ヴァースは決然と操縦席に置かれた古びたゴーグルを頭にかぶる。

 そして伸ばした両腕で操縦桿を握り締め、イルレアルタに神隷機と戦う意志を伝達した。


「うわわっ!?」


 ヴァースの意志を受けたイルレアルタは、崩落した大地に足をつき、すぐさま機動を開始。

 だがその動きはちぐはぐで、機体を制御できないヴァースはイルレアルタを瓦礫に突っ込ませてしまう。


「いてて……まあ、初めての操縦にしては上出来……なのかな?」


「な、なんだよこれ……俺たちの作った天契機とは、パワーもスピードもぜんぜん違って……」


 恐るべきは、イルレアルタの持つ圧倒的な力。


 この時のヴァースには知るよしもないことだが、イルレアルタの機体性能は、当時知られていたあらゆる天契機を上回っていた。

 たとえ熟練の天契機乗りであろうと、一朝一夕で乗りこなせるような機体ではなかったのだ。


「なんでだよ……! あんなに練習したのに……みんなと一緒に、あんなに練習したのにっ!!」


「落ち着いて! 君がどれだけ頑張ってきたかは、僕が一番よくわかってる。落ち着いていつも通りやれば、きっと大丈夫さ!」


「エオイン……でも、俺……っ!」


 同乗するエオインに励まされ、ヴァースはイルレアルタを必死に制御しようと試みる。

 しかしいくら操縦桿を押し引きし、ペダルを踏み込もうと、初めて本物の天契機に乗ったヴァースでは、規格外の出力を誇るイルレアルタをまともに操縦することはできなかった。そして――。


「まずい……! 化け物がこっちに気付いた……!」


 炎上する城下町を進む神隷機の巨体。

 その頭部に輝く禍々しい眼光が、崩落した王城で右往左往するイルレアルタを捉える。


「ちくしょう……! ちくしょう……! 頼むから、俺の言うことを聞いてくれよぉ……!」


 自分の不甲斐なさと無力さに、ヴァースは涙ながらに操縦桿を動かす。

 しかし焦りに駆られたヴァースに機体は応えず、初めは成功させた前方への移動すらおぼつかないありさまだった。


「どうして俺はこうなんだよ……っ。いつだって、みんなに助けてもらわないと何もできなくて……一人じゃ、なにもできなくて……っ!! どうして……っ!」


「ヴァース……」


 ヴァースの嗚咽に、エオインは胸が張り裂けそうなほどの痛みを覚えた。

 孤独に生きてきたエオインにとって、たった今ヴァースが卑下した〝個としての弱さ〟は、そのままエオインがうらやむ彼の光そのものだったからだ。だから――。


「……僕がやる」


「え……?」


「僕は君みたいに操縦したことはない……でも、ずっと君の練習を見てきたし、やり方も覚えてる。だから、今度は僕がやる」


 そう言って、エオインは有無を言わせぬ眼差しでヴァースに交代を促す。

 ヴァースはその決意に押されて席を立つと、イルレアルタの操縦桿を握るエオインに、おずおずと視界共有用のゴーグルを渡した。


「ほ、本当に出来るのか?」


「さあね……けどせめて、あいつから君を守るくらいのことはやってみせるつもりさ!」


 手渡されたゴーグルをかぶり、エオインが力強くうなずく。

 その迷いも恐れもない言葉にもはやヴァースはなにも言えず、座席の背もたれをぎゅっと握り締めた――。



 ――――――

 ――――

 ――



 星歴九三三年。


 アドコーラス帝国において発生した正体不明の怪物――神隷機による大規模な破壊活動は、突如として現れた所属不明の天契機――イルレアルタが、神隷機を完膚なきまでに粉砕したことにより阻止された。


 操縦者の名は、エオイン・フェアガッハ。


 エオインはヴァースが全く乗りこなせなかったイルレアルタを、まるで〝天契機の申し子〟であるかのように操ってみせた。


 その操縦はまさに絶技。


 通常の天契機では束になっても敵わないはずの相手を、エオインはイルレアルタをもって撃滅したのだ。


 そしてまだ幼い一人の少年による英雄的な活躍は、主要な皇族を失い、都にも甚大な被害を受けたアドコーラス帝国の人々にとって、あまりにも大きな心の支えとなっていく――。


「――それで、これからどうするの?」


「…………」


 夜明け。


 神隷機との死闘を終え、開け放たれたイルレアルタの操縦席に、冷たい朝の風が吹き込む。


 山間からのぞく美しい朝陽にその横顔を照らされながら、エオインはヴァースにそう尋ねた。


「……レンシアラを倒す」


 エオインの問いに、ヴァースは呟くようにして答えた。


「本気なんだね」


「レンシアラにとって、お前があの化け物を倒したのは予想外だったはずだ。だからあの監察官だって、俺の前で良い気になってべらべら喋ったんだろうしさ」


「ははっ! そうかもしれないね」


「レンシアラは、俺たちを潰すためにまた攻撃してくるはずだ。けど、こっちだって黙ってやられたりするもんか。そうだろ……エオイン!」


 ヴァースは言いながら、自分に向かって微笑むエオインと、昇る朝日とを視界に収めて笑った。


「けどレンシアラとの戦いは、きっととんでもなく厳しい戦いになると思う。そもそも、勝算だってさっぱりなんだ。だから、もしお前が嫌なら……」


「……僕は君の傍にいる。君の弓と矢になって、君の邪魔をする奴はみんな狩り尽くしてやるんだ。今日、ここであの怪物を射抜いたみたいに」  


 嫌なら付き合わなくてもいいと。


 そう言いかけたヴァースの言葉を、エオインはさえぎった。

 機先を制されたヴァースは目を丸くし、やがて再び笑みを浮かべてエオインの差し出した手を握る。


「わかったよ……なら、俺たち二人でやろう! どんなに大変でも、俺とお前ならきっと出来る!!」


「うん! 頼んだよ、ヴァース!」


 この時……ヴァースは胸の内でくすぶる〝わだかまり〟をまだ自覚していなかった。


 エオインへの大きすぎる憧れ。

 昇る朝日のように眩しい親友への憧憬が、ヴァースの中にある、同じ〝エオインから伸びた黒い影〟を覆い隠していた。


 自分は、決してエオインのようにはなれないと。

 それなら、自分は自分のやり方でみんなのために戦おうと。


 この時のヴァースは、まだそう信じることができていた――。


 

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