滅びと出会い
「父上っ! 母上――っ!」
夜の闇を切り裂き、ヴァースの叫びが炎の中に響く。
レンシアラ監察官との交渉決裂。
それから数日の後。
アドコーラス帝国の都は、天を突くほどの巨体を持つ〝機械の化け物〟によって襲われた。
「そんな……っ。なんで……どうしてこんな!?」
燃えさかる城の中で、煤にまみれたヴァースは涙ながらにその小さな拳を床に叩きつける。
すでに、父と母は炎と瓦礫の向こうに消えた。
弟妹も、臣下も、大勢の兵士たちも死んだだろう。
怪物による破壊は城下にも及び、街にいるヴァースの仲間たちも命を落としているかもしれない。
突如として現れた正体不明の怪物によって、まだ幼いヴァースは全てを失おうとしていた。
「なんなんだよ……! なんなんだよあいつは……!? どうして、俺たちがあんな化け物に襲われないといけないんだよ!?」
『――全ては貴方様の責任でございます。皇太子殿下』
「っ!?」
その時、ヴァースの前にぼんやりとした男の像が浮かび上がる。
よく見れば、それは先日現れたレンシアラの監察官だった。
「お前は……!」
『あれは神隷機……契約を破り、我々レンシアラが管理する英知の結晶を奪おうとする罪人に、破滅をもたらす存在です』
「神隷機……? じゃあ、お前たちが……レンシアラが俺たちにこんなことを!?」
『左様でございます、殿下。天契機など、我らが保有する技術のほんの一端に過ぎません。そしてそれを知った者は、全て我々の手でこの世から抹消される定め。今ここにいる、貴方様のようにね――!!』
「うわあっ!?」
瞬間。監察官の幻が片手を上げる。
それと同時、それまで街を破壊していた神隷機が、その矛先をヴァースのいる王城へと向ける。
神隷機の放った閃光が、すでに破壊された城をさらに砕き、閃光の軌跡はその先に連なる山々すら切り裂いた。
「ふぅ……危ないところだったね」
「エオイン……? 良かった、無事だったんだな……っ!」
神隷機によって破壊された城内。
しかし間一髪、ヴァースはどこぞより現れたエオインに引き上げられ、瓦礫と瓦礫の間に押し込められていた。
「本当なら、もっと早く君を助けに来たかったんだけど……他のみんなを逃がしたり助けたり、色々と忙しくてね」
「エオイン……! お前……っ」
炎と黒煙の中で再会した親友を抱きしめ、ヴァースはついにこらえきれずにわんわんと泣いた。
「俺のせいなんだ……っ! 俺がレンシアラとの契約を破ったりしなければ……俺が天契機なんて作らなければ、こんなことにならなかったのに……! 全部俺のせいで……!!」
「いいや……君は悪くない」
泣きじゃくるヴァースをなだめるように抱きしめ、エオインは言った。
「さっきの話は、僕にも聞こえたからね。君はこれっぽっちも悪くない。悪いのは、自分勝手なルールを押しつけるレンシアラだ」
「エオイン……」
ヴァースを落ち着かせ、炎と黒煙と、そして夜空に輝く星々を背に立ち上がるエオイン。
恐るべき怒りをその瞳にたたえ、愛用の弓ただ一つを手に神隷機を睨むエオインの圧倒的心強さに、ヴァースは海よりも深い憧憬を覚えた。だが――。
「君も知ってると思うけど、僕は誰かからルールを押しつけられるのが大嫌いなんだ。しかも、あいつらはこの国のみんなを傷つけて、君を泣かせた……僕が必ず〝ここで仕留める〟」
「な、なに言ってんだよ!? いくらお前だって、弓であいつと戦うなんて無茶苦茶だよっ! 悔しいけど、今は逃げるしか……!」
だがしかし、エオインの怒りと覚悟はヴァースの想像を超えていた。
相手は天契機すらおもちゃに見える機械の怪物。
いくらエオインが天恵の武才を持っていようと、生身の人間が戦いを挑めるような相手ではない。
「君は早く逃げるといい。けどどの道、ただ逃げるだけじゃすぐに見つかって殺される。だったら、先にあいつの息の根を止めてやるまでさ……!」
「お前……っ」
この時、ヴァースは初めて狩人としてのエオインの本質を見たのかもしれない。
生か死か。
狩るか狩られるか。
弱い者が食われ、強い者が生き残る。
目の前でエオインが放ったあまりにも凄まじい怒りと殺気に、ヴァースは言葉を失った。
「うわわ……! な、なんだ……!?」
「城が崩れる……! 僕に掴まって!」
その時だった。
神隷機によって破壊された城がついに支えを失い、二人を飲み込んで大規模な崩落を起こす。
頭上からは無数の瓦礫が。
眼下には炎が。
本来であれば、二人の命はここで失われてもおかしくはなかっただろう。しかし――。
「あれ……? 俺たち、生きてる……?」
「どうして……?」
舞い上がる粉塵の向こう、なぜか無傷の二人は不思議そうにきょろきょろと辺りを見回す。
やがて視界がゆっくりと開けると、そこにある驚くべき光景に、ヴァースとエオインは共に驚きの声を上げたのだ。
「これ……天契機!?」
「そう、みたいだね……この天契機が、僕たちを助けてくれたのかな」
二人の視界に広がるのは、夜空の星々を反射する灰褐色の装甲。
そして広げた手の上に座る二人を見下ろす、穏やかな青い眼光。
それはイルレアルタ。
後の世で星砕きと呼ばれることになる、伝説の天契機だった――。




