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原点


 アドコーラス帝国、皇太子ヴァースによる天契機(カイディル)の自力建造。


 とはいえ、所詮本物には遠く及ばないおもちゃのような物。

 しかしヴァースにとって、それは大勢の仲間たちと作り上げた夢への第一歩だった。


「俺はこの国を、世界で一番の国にする! そうしたら、次は俺がリーダーになって大陸中で起きてる戦争を止めさせる。みんなが大金持ちになって、食べ物にも困らなくなって……それで楽しい気持ちになれば、きっと戦いだって止まるはずなんだ」


「この世から戦争をなくす、か……無理だって言うべきなんだろうけど、自分で天契機まで作っちゃった君が言うと、なんだか本当にできそうな気がしてくるよ」


 完成した小さな天契機の前で、ヴァースは周囲の仲間たちの前で自分の夢を語った。

 

 ケルドリア大陸の時が星歴という名で刻まれ、700年が過ぎている。

 その歴史は常に戦乱に満ち、大陸全土は安定と繁栄を阻まれてきた。


 エーテルリア連邦のような大国。そしてエリンディアやセトリスのような古国は存在したが、未だかつて大陸全土に影響力を持つような、〝主導的統一国家〟は一度たりとも存在しなかった。


「それがどれだけ大変なことかはわかってる。けど誰かがやらなきゃ、いつまでたっても戦争は終わらない。そのために……みんなの力を俺に貸して欲しいんだ!!」


「ははっ! そんなの今さらな話じゃないか。僕もみんなも、君と一緒にいたくてここにいるんだ。最初からそのつもりさ!」


 まだ皇帝でもない、一人の少年のあまりにも純真すぎる夢。

 その夢を信じて集まった子供たちの熱意は、間違いなくやがて世界すら変える小さな灯火だった。


 ――――

 ――


「――天契機をわたせだって!?」


「そうです、皇太子殿下。これは帝国とレンシアラ、両国の間における、重大な契約違反でございます」


 ヴァースたちが天契機を完成させてから、数日の後。

 彼らが集まる森の広場に、揃いの法衣に身を包んだ不気味な一団が訪れていた。

 

「我々レンシアラと繋がりを持つ国は、いかなる理由があろうとも、レンシアラの保有する封印技術を許可なく模倣してはならない……皇太子殿下の父君である皇帝陛下も、同意の上での契約でございます」


「そんな……っ! 俺たちはただ……」


「そう怯えずとも大丈夫ですよ、殿下。契約違反とはいえ、今回の一件は子供の悪戯のようなもの。せっかくお作りになられたのに心苦しくはありますが、その天契機を我々に渡して下されば、今回の違反は不問にいたします」


 ヴァースの前に現れた法衣の一団。

 それはレンシアラから派遣された、監察官たちだった。

 ヴァースが憧れから仲間たちと共に作り上げた天契機は、レンシアラが他国との取引の際に必ず結ぶ、技術流出を防ぐための契約に違反していたのだ。


「わ、わかったよ……契約のことは、本当にしらなかったんだ。みんなも、ごめんな……」


「さすがは殿下でございます。貴方のような聡明なご子息があれば、我らレンシアラと帝国の共栄も安泰でございましょう」


「……っ」


 監察官の言葉に、ヴァースは内心の怒りをぐっと堪えた。

 彼らの言う共栄とは口ばかり。

 帝国の保有する数少ない資源は全てレンシアラに吸い上げられ、父である皇帝もレンシアラの使節にはためらうことなく頭を下げる。

 それらの事実を全て知りながら、それでもヴァースは自らの夢の象徴である天契機を大人しく手放す決断をした。


(俺のわがままでそんなことをしたら、父上もみんなも大変なことになる……悔しくても、今は我慢するしか……)

 

 たとえ純真な理想を掲げていても、ヴァースは決して夢想家ではない。

 やがて国を背負い、今も大勢の友の未来を背負っている。

 その自覚があるからこそ、仲間たちもヴァースと共にあることを選んだのだから。


「ああ、それともう一つ。そちらにいる〝同胞の身柄〟も渡してもらいましょうか」


「え……?」


「先ほどから殿下の影に隠れている、〝我が国の裏切り者〟たちの身柄を渡して欲しいと言っているのですよ。先ほども言った通り、帝国人である殿下に罪はございません……しかしレンシアラ人でありながら、貴重な技術を外部に伝えた裏切り者たちは、たとえ子供といえど〝重罪人として処分〟する決まりです」


「しょ、処分だって……!?」


 だがしかし。続けて放たれた監察官の言葉に、ヴァースは真っ青になって抗議の声を上げた。


「ふざけるなっ! こいつらだって、そんな契約があるなんて知らなかったんだ! 処分するっていうのなら、悪いのはこいつらに天契機を作らせた俺の責任だろ!?」


 怯えるレンシアラの仲間たちの前で両手を広げ、ヴァースは必死に訴える。


「ふむ……まさか、同胞ですらないレンシアラ人の子供をかばうおつもりですか?」


「同胞だとかレンシアラ人だとか、そんなこと関係ないんだよっ! 天契機ならいくらでも持っていけばいい。けどこいつらは俺の仲間だ……! 大切な友達を見捨てるなんて……俺にはできない!!」


「賢い選択とは言えませんな……では、少々強引ですが我々の務めを果たさせていただきましょう」 


「っ……!」


 ヴァースの覚悟に、監察官は深いため息をつく。

 そして同時に片手を上げ、背後に控える手勢に実力行使の指示を出す。

 法衣の一団は一糸乱れぬ動きで剣を抜き、機械的な動きでヴァースたちの前に迫った。だが――!


「――ぎえっ!?」


「ぐあっ!?」


「あぎゃっ!?」


「な……!? これはいったい!?」


「馬鹿だね。大人しく天契機だけ持って帰っていれば、見逃してやろうと思ってたのにさ」


 その瞬間、森の奥から少年の声が響いた。

 それと同時、レンシアラの一団はどこからか放たれた矢に射抜かれ、苦悶のうめき声を上げて倒れる。


「エオイン……っ! お前、ずっと見てたのかよ!?」


「怪我はない? 君が我慢している間は、僕も付き合うつもりだったんだけどね」


 放たれた矢の主――狩人の少年エオインが、いつもと変わらぬ笑みを浮かべてヴァースの前に舞い降りる。


「矢傷は浅くしておいたけど、はやく戻って治療した方がいいよ。念のため、とっておきの痺れ薬を塗っておいたからね」


「くっ……! これが貴方のお返事だと……そういうことですかな、殿下」


「ああ、そうだ……! 俺が持ってる物なら、命でも天契機でも持っていけばいい。だけど……ここにいるみんなに手を出したら絶対に許さない! それが俺の答えだ!!」


「後悔なさいますよ……このことは、もはや取り返しの付かない契約違反として、本国に持ち帰らせていただきましょう……!!」


 そう捨て台詞を残し、レンシアラの監察官はその場を後にした。

 残されたのは、涙ながらに謝罪と感謝を述べるレンシアラの子供たち。

 そしてヴァースが自分の命より大事だと言った、大勢の仲間たちだった。

 

「さてと。この場はなんとかなったけど、これからどうする?」


「まずはこのことを父上にお話ししないと。きっと、怒られるくらいじゃすまないけど……」


「そっか……ま、何があっても君のことは僕が守るから。安心して」


「うん……ありがとな、エオイン」


 騒然とする森の広場。

 安心させるように肩を叩くエオインに、ヴァースはありありと不安を宿した表情でうなずく。


 この時、彼らはまだ知らなかった。


 レンシアラとの契約に違反した国家は、その全てが様々な理由によって滅び去っていることを――。



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