星の帰還
『――破滅の星投下の首謀者は、知識の回廊財団理事長、ユリース・ティスタリス。ユリースの正体は、天帝戦争で滅びたレンシアラの主席技術者、キルディス・ゾンです……私は、レンシアラと連邦議会の繋がりを利用して、彼に近付きました。対帝国戦役でレンシアラの協力を引き出すため……そしてもし彼らが連邦を害するようなら、それを止めるために」
原理も技術も不明ながら、大空に投影されたセネカの言葉は、戦場にいる全ての者の目と耳に届いた。
連邦と帝国の双方が戦いの手を止め、瀕死のセネカが発する〝最後の演説〟を見つめた。
『ですが……キルディス・ゾンとレンシアラ残党の力は、私の想像を遙かに超えていました。今回の失態も、全ては機を逸した私の責任です……本当に、申し訳ございませんでした……』
「キルディス……」
セネカの発したキルディス・ゾンという名に、剣皇ヴァースは恐るべき憎悪をその顔に浮かべた。
そして同時に、見上げた空にぼんやりと現れた一つの光――迫り来る〝破滅の星〟をはっきりと認識する。
『レンシアラの残党について……私が調べた内容は信頼できる者に預け、この戦いの後で各国に伝達するよう指示しておきました……それを知ってどうするかは、皆さんにお任せしようと思います……』
語りを終えたセネカは、映像の向こうでふらふら視線をさまよわせ、やがて諦めたように自嘲の笑みを浮かべた。
『シータさん……ちゃんと、生きてます?』
「います……!! 僕ならここに――っ!!」
『私には、この機械の操作方法もよくわかりませんし……そもそも、もう目も見えないので……ですから、この言葉が〝貴方にも届いている〟と……そう信じて……私からの、最後のお願いをさせていただきます……』
シータはセネカの言葉に応えるように大声を上げた。
だが当然その声はセネカに届かず、セネカは戦場のどこかにいるはずのシータに向けて語りかける。
『貴方と、イルレアルタで……破滅の星を止めて欲しいのです……貴方の師……エオイン様は、それを天帝戦争でやってのけました……だからお願いします、シータさん……どうか、貴方の力で……連邦を……私達の……国を……――』
「議長、さん……っ」
「…………」
その言葉を残し、頭上に投影されていた映像がぷつりと消える。
あまりにも唐突すぎるセネカとの別れ。
それを見たシータはぎりとイルレアルタの操縦桿を握り締め、ヴァースは悼むように目を閉じた。そして――。
「――全軍に伝えろ。即刻戦を止め、生き残ることに全力を注げ。飛翔船は可能な限り高空へ逃げろ。兵士と天契機はカシュランモール下層に退避だ。従うなら、連邦の兵も入れてやれ」
「ぎょ、御意!!」
「全軍、戦闘中止! 即刻退避――!!」
直後、最も速く動いたのは剣皇ヴァース。
ヴァースはすぐさま戦闘停止の指示を出すと、敵味方双方に破滅の星からの退避を命じた。
「連邦が、我が方の通達に呼応を見せました! 敵将デキムスより、一時停戦受諾の報せ!!」
「陛下も退避を!!」
もはや、破滅の星は戦場にいる全ての者の頭上に輝いていた。
帝国に続いて連邦も戦闘を止め、それぞれ少しでも安全な場所を目指して駆けだして行く。
だがそんな阿鼻叫喚の中、撤退命令を出した当のヴァースはその場から動こうとしなかった。
「かつて、俺はレンシアラの戦場であの光が無様に砕け散るのを見た。お前の師……エオインの矢が、俺達の命を弄ぶ〝支配者気取りの男〟の野望を打ち砕く様をな」
「お師匠……」
ヴァースは目の前にそびえ立つイルレアルタの巨躯を見上げ、シータに向かってそう語りかけた。
「俺が憧れ、追い続けたエオインの弟子……シータ・フェアガッハ。イルレアルタを継ぐ者が放つ光の矢……存分に見せて貰うとしよう」
「そんなこと……! 言われなくたって!!」
「コケーーーー! コケコケ!!」
激励とも、強者の余裕とも取れるヴァースの言葉。
シータは即座に操縦桿を握り、イルレアルタに迎撃の意思を伝える。
「破滅の星……! そんな物、落とさせるもんか!!」
その灰褐色の装甲に破滅の光を反射し、イルレアルタが頭上へと弓を構える。
同時に、一度は格納された全身の装甲が再び展開。
開放された機体各部から青い光の粒子が放出され、構えた弓が流麗かつ豪壮な長弓へと変貌。
弓に内蔵された四つの水晶炉から流れ込む膨大なエネルギーが、全てを穿つ閃光の矢を形成した。だが、その時――。
「――だめじゃないですかぁ。せっかくあの男の絶望顔が見られるチャンスだったのに」
「っ!?」
その力を解放し、シータがイルレアルタの矢を放とうとしたまさにその時。
突如として虚空から〝紫色の天契機〟――ナズリンの乗るレイランナーが出現。
それは一直線に味方であるはずのイルレアルタ目がけて加速。構えた二振りの短剣で必殺の奇襲を見舞った。
「させん――!!」
「ちぃ……ッ!」
「レイランナー……!?」
だが間一髪。
レイランナーの奇襲は、唯一反応した漆黒の天契機――リーナスカースのガレスによって阻まれる。
突然の事にシータは驚きの声を上げるが、それでも照準はぶらさずに破滅の星に定め続けた。
「この状況で星砕きを狙うとは……! 貴様、何者だ!?」
「私……? 私はレンシアラ……そこにいる男が皆殺しにした、レンシアラ人の生き残りですよッ! 家族も、家も、友達も……!! 剣皇ヴァースは、私から全てを奪ったんですッ!!」
「レンシアラ……やはり、イルレアルタの元にも潜んでいたか」
「ナズリンさんが、レンシアラ人……?」
「く――ッ!」
レイランナーによるイルレアルタへの奇襲。
それを阻まれてなお、ナズリンは鬼気迫る猛攻でリーナスカースへと襲いかかる。
「正気か!? ここで星砕きを落とせば、貴様も死ぬのだぞ!!」
「それがどーしたって言うんですかぁ……!? 自分をなんでもできる英雄だと思ってるあの男に、自分の無力さを叩きつけて……塵一つ残さずぶっ殺せるのならッ!! 私の命なんて……どーなったっていんですよねぇぇぇえ!!」
「ナズリンさん……」
迫る破滅を前に、響き渡る悲鳴にも聞こえるナズリンの叫び。
しかしそれを聞いたヴァースは眉一つ動かさず。
一方のシータはナズリンのその姿に、哀れみと同情と、共感とがない交ぜになった感情を自覚した。だから――。
「この者の相手は引き受ける! 射て! シータ・フェアガッハ!!」
「わかりました……! お願いします……〝ガレスさん〟!」
その間にも、破滅の星は迫る。
大地が小刻みに揺れ、小石と塵が舞い上がる。
大気が渦を巻き、空は散り散りに引き裂かれた。
地鳴りが耳を叩き、川は荒れ、木々は荒れ狂う突風にその身をしならせる。
「僕には……まだ知らないといけないことが沢山ある。そうですよね……お師匠」
再び構えた弓の先。
激しく渦巻く破滅の先。
シータはそこに、これまで出会い、別れてきた様々な人々の生き様と想いを見ていた。
「今――!!」
もはや、その矢は狙いを違わず。
ひび割れた大地から放たれた凄絶な光は、迫る破滅の星を見事に射抜き。
蒼穹をも越えた、星の海へと還っていった――。




