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問答


「僕の心……ですか?」


「そうだよ、シータ」


 それは、遠く過ぎ去ったエオインとの日々。

 ある日。まだ狩りに不慣れだったシータは、突然襲いかかってきた一羽の美しい鷹を射抜き、殺した。


 しかしそのすぐ後、シータは近くの木で親鳥の帰りを待つひな鳥の鳴き声を聞いた。

 それがたった今射貫いた鷹の子だと気付いたシータはひな鳥を家に連れ帰り、待っていたエオインの前でわんわんと泣いた。


「君はこれからも、沢山の命を奪って生きていく。それは自然の摂理で、善悪の問題じゃないけれど……だからこそ、君のその優しさを大切にして欲しいんだ。このひな達だって、親鳥を殺したのが君じゃなく熊や狼なら、こうして命を繋ぐこともなかった……そうだろう?」


 暖炉の炎に照らされながら、エオインはまだ幼いシータの頭を優しく撫でながら語りかけた。

 シータの丸く透き通った瞳が、微笑むエオインの姿をはっきりと映す。

 エオインの優しい微笑みは幼いシータの全てであり、最も大切なものだった。


「命はみんな、自分の願いのために必死に戦っている。だけど、もしその戦いの中で心を忘れてしまえば、私達は人でも獣でもない……ただ無意味に命を奪うだけの、もっと恐ろしい化け物になってしまう。私は、君にそんなことになってほしくないんだ」


「お師匠……」

 

 まだ幼いシータには、エオインの言葉に込められた思いの全てを理解することはできなかった。


 覚えているのは、そう語る師のまなざしから笑みが消え、親鳥を殺してしまったシータと同種の、もっとずっと深い悲しみが浮かんでいたことだけだ。


「いいかいシータ……君のその優しい心は、いつだって君の進むべき道を照らしてくれている。もしまた君が間違ってしまったと思う時や、悩んだりすることがあれば、その時は――」



 ――――――

 ――――

 ――



「――〝自分自身の心に従え〟」


「っ!」


 囚われた闇の中で、シータは、かつて師から伝えられた言葉と全く同じ声を聞いた。

 その言葉はシータの意識を闇から引き戻し、目覚めたシータは必死にイルレアルタの操縦桿を握った。


「コケー!? コケコケー!?」


「ナナ……? 僕……戦いは……リアンさんは!?」


「ほう、手綱を取り戻したか」


 シータの視界に崩れた城壁と凄まじい破壊の跡、そして倒れ伏すリーナスカースの姿が映る。

 しかし〝同時に聞こえた声〟が持つ圧倒的存在感に、シータは思わずその方向に視線を向けた。


「あなたは……」


「俺の名はヴァース。お前の師の命を奪った、帝国の主だ」


「っ!?」


 イルレアルタの視界の先。

 現れた初老の剣士の放ったその一言に、シータは自分の心が激しく渦巻くのを感じた。


「エオインは、俺にとっても師のようなものだった。お前とこうして相まみえるのも、初めから決まっていたのかもしれんな」


「お師匠が、あなたの……?」


「くっ……! お逃げ下さい陛下……!! 星砕きの力は、あまりにも危険です!!」


「下がるのはお前だ、ガレス。この戦場でキリエを失い……この上お前まで失うわけにはいかん」


「陛下……っ!」


 正気を取り戻したシータと共に、イルレアルタの姿が本来の物へと変化する。

 同時に、動きを封じられていたリーナスカースも再び駆動を開始。

 戦場を覆う異変も瞬く間に消え去り、大勢の帝国兵士達が剣皇に続いて甲板へと現れる。


「答えろ、エオインの弟子よ。なぜお前は戦う。師から受け継いだイルレアルタを操り、その強大な力でこの戦乱の世に何を成すつもりだ」


「なぜって……」


「師の仇討ちならば、今ここで俺を討てば済む話だ。イルレアルタの矢であれば、生身の俺を殺すことなど造作もなかろう」


 剣皇の問いに、シータは思わず息を呑む。


(今なら、この人を……)


 殺せる。


 この大陸を戦乱の渦に叩き込み、今も戦いを続ける戦乱の元凶、剣皇を殺せる。


 そう確信しながら、しかしシータはその心に逡巡を抱く。


 もしもかつてのシータならば、容赦なく剣皇めがけて矢を放っていただろう。

 怒りに任せて剣皇を殺し、見事に仇は取ったと……なんの未練も残さず、故郷の森に帰っていたはずだ。だが――。


『シータ……君がもしこの先でまた悩み、迷うことがあれば、その時は――』


『守りたいみんながいるって……あの時私に言った言葉は嘘だったんですか!?』


『私はこの世界の誰よりも、君のことを信じている。だから君も……君も私を信じてくれ!!』


 心の中に、師の言葉が再び浮かぶ。

 光に飲み込まれたキリエの決意が。

 今も安否定かならぬリアンの想いが、シータの内に激しい熱となって決断を促す。


 それはまさに、シータが今日まで積み重ねた経験と絆の熱。

 仲間と共に歩んできた、シータ自身の生が持つ熱だった。


(僕が、今まで戦ってこれたのは……!)


 そして、ついにシータは決断する。

 シータはじっとりと汗ばむ手で操縦桿を握り、イルレアルタの弓を生身の剣皇に向けた。そして――。


「僕は……あなたを討ちません」


「なぜだ?」


「これまで僕が出会った帝国の人たちは、あなたのために命をかけて戦っていました。ここであなたを殺しても、きっとこの戦いは終わらない……むしろ、もっと酷いことになるかもしれない。そう思ったからです」


 数多の戦いを生き抜き。

 絆を結んだキリエを失い。

 リアンの思いを託された。


 そして再び師の教えを思い出したシータは、今度こそ全ての迷いと悔いをいったん横に置き、剣皇に自らの答えを淀みなく伝えた。

 だがそれだけでなく、シータはその言葉とは裏腹に、すぐさま構えた弓に激しい閃光の矢を収束させて見せたのだ。


「でも……! あなたがまだ戦いを続けるつもりなら、僕はあなたをお師匠の仇としてじゃなく……仲間を傷つける敵として討つことだってできます!!」


「甘いな……もしエオインならば、俺がこざかしい策を弄する間もなく、容赦なく撃ち殺したはずだ」

 

「僕はお師匠じゃありません。僕は、僕のやり方でみんなを守りたい……そのために戦ってきたんです!!」


「コケー……! コケコケコケーー!!」


 ヴァースの言葉にも惑わず、イルレアルタの矢は輝きを増す。

 その輝きを見たヴァースは、どこか懐かしそうに目を細めた。しかし――。


『あーあー……えー……みなさん……聞こえますか?』


 その時だった。

 一人の男のかすれた声が、戦場全てに響き渡る。


「この声……」


『あー……お忙しい所、どうかご容赦を……事態は急を要しますので……』


 突然の声に、シータはイルレアルタの視野を限界まで拡大。

 今も声が響く天上へと目を向けた。


「やっぱり……議長さん!」

 

『実は今……そちらに向けて、破滅の星(ナグナルイン)が発射されてしまいまして……私もそれなりに頑張ったのですが……やはり、慣れないことはするものじゃありませんねぇ……』


 見上げた視界の先。


 そこにはどことも知れない室内と、倒れる大勢の兵士達。

 そして重傷を負い、瀕死となった連邦議長セネカの姿が、広大な青空を背に映し出されていた――。


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