星の記憶
「お師匠! 南の森が燃えて、おっきな鎧がいくつもこっちに向かってます……! もしかして、あれがお師匠の言ってた天契機なんですか?」
「コケコケコケーー!!」
それは、実時間にすれば一瞬の出来事。
覚醒したイルレアルタと切り結んだガレスは、その閃光の先で、何者かの記憶――いや、〝シータの記憶〟を垣間見た。
「天契機ね……それで、シータはそいつらの旗は見たかい?」
「旗、ですか……? えっと……たしか、黒と金色の……」
「黒に金……アドコーラス帝国か……」
不思議な感覚の中、ガレスの意識に過去の光景がはっきりと映る。
シータの記憶を通して見るそこには、金色の髪に白髪を交えた初老の男――伝説の弓使い、エオイン・フェアガッハが立っていた。
「私とイルレアルタは、〝決して帝国の戦いに関与しない〟……そう約束したんだけどね。本当に、残念だよ……ヴァース……」
「お師匠……?」
「ああ、ただの独り言さ……ひとまず、帝国の相手は私がする。シータには北の様子を見に行って欲しい。もし包囲が手薄なようなら、君はそのまま――」
恐らく、それはガレスが二人を襲撃した際の記憶だろう。
しかしガレスはその光景の中で見た、襲撃者の正体が帝国だと知った時のエオインの瞳を――そのあまりにも深い悲しみを宿した瞳を、忘れることができなかった。
(なぜ、私はこんなものを……これも星砕きの力だというのか……?)
その後もガレスは、次々と移り変わるシータの思いを見た。
厳しくも優しいエオインとの日々。
まだひな鳥だったナナを拾い、懸命に育てた日々。
最初は引くこともできなかった弓の扱いを少しずつ学び、師からその成長を認めらる喜び。
それらの光景に、ガレスは酷く困惑しながらも、隠しようのない〝共感〟を覚えた。
なぜならガレスもまた、戦災孤児として剣皇に拾われ、師として、父として慕い育ったからだ。
そして同時に、その師との暮らしをシータから奪ったのが自分だと気づき、静かに心を痛めた。だが――。
「――ごめんなさい、■■。お母さんとお父さんは、今から少し遠くに行かないといけないの……もしかしたら、帰りが遅くなるかもしれないけど……その時は、■■■のことをお願いね」
「うぇーん! うぇーん!」
「はい、母様……! ■■■のことは、ぼくがぜったいに守ります!」
(な――!?)
その時、ガレスの見る世界が色を変える。
それまで鮮やかに色づいていた記憶の光景が色あせ、聞こえて来る声も、映像の輪郭も曖昧にぼやけていく。
だが曖昧になった視界とは裏腹に、ガレスの心は鉄槌で砕かれたような衝撃を受けた。
「急ぎなさい! もう帝国の天契機がそこまで来ている!」
「二人は地下室に隠れていなさい。どうか……あなた達だけでも無事に――!」
知っている。
このシータの奥底に眠る記憶に現れた〝声達〟を、ガレスは確かに聞いたことがあった。
当人であるシータですら忘却し、ガレスも今に至るまで忘れ去っていた声が、イルレアルタを通して彼の心に蘇ろうとしたのだ。しかし――。
――――――
――――
――
「――っ!?」
瞬間。
ガレスの意識は彼の制御下へと舞い戻る。
深紅に染まったイルレアルタがその手を気怠げに振り払い、渾身の一撃を受け止められたリーナスカースは、抗うことも出来ずに大地へと叩きつけられる。
「馬鹿な……私は、何を見せられた……!?」
何があろうと動じぬ誇り高き帝国の騎士――ガレスの額にどっと汗が滲む。
戦意は揺らぎ、混乱が支配する。
ガレスにとって、イルレアルタを通して垣間見たシータの記憶は、それほどまでに衝撃的なものだった。
「くっ……! いったい、どうすればよいと言うのだ!?」
だがしかし。
必死に剣を掲げるリーナスカースに、未だ圧倒的力を放ち続けるイルレアルタは無言のまま弓を構える。
もはや、勝負は決していた。
もとより、覚醒したイルレアルタ相手にここまでリーナスカースが戦えたのは、ガレスの強靱な精神力と意志があってこそ。
それが揺らいだ今、たとえ起源種同士とはいえ、互いの戦力差は明白だった。
イルレアルタの弓に、赤い光が収束していく。
物言わぬイルレアルタが、ついにその弓から無慈悲の一矢をリーナスカースめがけて放とうとした――その時だった。
「無様だな」
「――っ」
「俺の知るあいつは、一度たりとも星砕きの力に飲まれることはなかった。師の名を汚すつもりか……エオインの弟子よ」
その時。
もはや世界全てがイルレアルタの放つ力に染まったかに見えた赤い戦場に、一人の男の声が響いた。
「〝心無き矢〟では、何も射貫くことはできない……エオインならば、そう教えたはずだがな」
「お、師匠……?」
現れたのは、一人の男。
天契機にも乗らず、ただその身一つで戦場に現れた剣士――剣皇ヴァース・オー・アドコーラスであった。




