支配の星
まだ〝リアンが死んだ〟と決まったわけではない。
今のシータに余裕がないとはいえ、それはすぐに理解出来た。
しかしそれでも。
先行したイルレアルタの前に現れたのが、敵陣に単機残ったリアンの無事な姿ではなく……かつて、目の前で最愛の師を奪ったガレスだったことは、シータの心に〝決定的な衝撃〟を与えた。
「なんだ……?」
リーナスカース内部。
ガレスは突如として感じた〝違和感〟に気付き、機体と接続された五感を限界まで研ぎ澄ます。
ガレスとリーナスカースの感知領域は、戦場の四分の一にも匹敵する。
その驚異的な感知力によって、ガレスはイルレアルタを正確に追跡し、戦場の状況のおおよそを把握することも出来た。
「〝天契機の音〟が、消えた……」
ガレスが察知した異変の正体。
それは音。
つい一瞬前まで戦場に鳴り響いていたはずの、天契機が発する様々な音――その全てが、ぴたりと止んでいた。
今も兵士達の戦いは続いている。
飛翔船による攻防も、爆撃も砲撃も続いている。
だが、どうだろう。
無数の歯車が噛み合う音も。
伸び縮みする昇華弦が奏でる、弦楽器にも似た音色も。
巨大な足が大地を揺らし、剣と剣がぶつかりあう音も。
どれだけ耳を澄ませてみても、その全てがガレスの耳から一瞬にして消え落ちていた。
『緊急!! 天契機部隊、沈黙! 我が軍、敵軍ともに……〝全ての天契機〟の動きが停止!! また、飛翔船の水晶炉にも異常が――!』
「これは……いったい、何が起こっている!?」
異変を告げる拡声が戦場に響く。
見れば、周囲で戦闘を継続していた敵味方の天契機も次々と倒れ、身動きが取れなくなっていた。
「シータ・フェアガッハ……まさか、これは君が……いや、その機体がやったというのか!?」
その時、ガレスは気付く。
あらゆる天契機が制御不能に陥る混乱の中、イルレアルタが不気味に立ち上がる。
そして次の瞬間、ガレスの眼前でイルレアルタの装甲がゆっくりと展開。
赤い光を宿す二つの眼孔が輝き、背面から二対の翼状構造が伸びる。
灰褐色のフェイスマスクが割れ、頭部から一角獣を思わせる衝角が天を突いた。
ガレスが目にするのは初めてのことだが、その姿はまさしく円卓で神隷機と対峙した時の物。
だが決定的にそれと異なるのは、機体から放出される光の色彩が清浄を宿す青ではなく、鮮血にも似た赤であったことだ。
「なんと凄まじい重圧……まさか、星砕きにこのような力があったとは」
その真の力を現わしたイルレアルタの姿に、ガレスはこの〝混乱の元凶〟を確信する。
イルレアルタ。
目の前に立つこの伝説の機体こそ、戦場にある全ての天契機を無力化した元凶なのだと。
「これも、君たち連邦の作戦なのか? だとしたら……」
そこまで言いかけて、ガレスはそれ以上の問答を止めた。
いつしか、先ほどまで聞こえていたシータの声は消えていた。
なぜかはわからなかったが、ガレスにはこの現状を〝シータが望んで引き起こした〟ようには思えなかった。
ほんの一瞬。ガレスの脳裏に『もしや、あの少年の身になにかあったのだろうか』と……〝敵の身を案じる〟気の迷いがよぎった。だが――。
「天契機を封じられれば、それは数で勝る我々にとって不利となる。たとえ君の意志であろうとなかろうと……帝国の脅威は排除するのみ!」
ふとよぎった思いを振り払い、ガレスは確固たる抗戦の意志をリーナスカースに伝える。
「我が剣はいまだ健在! リーナスカースよ……お前も王の名を冠する者ならば、このような屈従を受け入れるわけにはいくまい!!」
ガレスの気迫に呼応するように、リーナスカースの眼孔が赤く明滅。
戦場に存在する全ての天契機がイルレアルタによって沈黙する中、ただ一機その勅命に抗うようにして機械仕掛けの雄叫びをあげた。
「行くぞ、星砕き!!」
原理不明の現象が巻き起こる中、今や戦場で唯一駆動する天契機となったイルレアルタとリーナスカースが再び対峙する。
激烈な踏み込みと共にリーナスカースは影刃を展開。
遠く離れた位置から必殺の横凪ぎ一閃。
だがイルレアルタは、その斬撃を常軌を逸した機動と加速で回避。
その機動力は、もはや天契機のそれを遥かに超えていた。
「目で追えぬとは……! なに――!?」
そして次の瞬間。
ガレスがその研ぎ澄まされた感覚でイルレアルタを捉えると、そこには〝一千の矢〟と共に、空一面を赤い閃光で塗り潰すイルレアルタの姿があった。
「踏みとどまれ、リーナスカース!!」
炸裂する閃光。
一切の容赦なく放たれた鮮血の千矢は、そのままカシュランモールの分厚い甲板から中層、そして巨大水晶炉が格納された機関部を粉砕。
さらに城の基底部までも容易に貫通し、その下に広がる大地へと直撃。
黄昏時にも似た紅の爆発が巻き起こり、大地すら抉り取る衝撃は巨大な天空城をも傾かせた。
「まだだ――!!」
だがしかし。
圧倒的破壊力を見せつけたイルレアルタの矢を、王の名を持つ漆黒の天契機は食い破る。
リーナスカースは限界まで展開した影刃で矢を砕き、射撃を終えたイルレアルタへ突撃。
わずか数歩の踏み込みで距離を潰すと、全身全霊の一撃を深紅の凶星めがけて振り下ろした。
激突、次いで炸裂する衝撃。
そしてその衝撃の先。
ガレスの目に飛び込んできたのは、渾身の一撃がイルレアルタの掲げる弓……その弦によって、いとも平然と受け止められている光景だった。
「くっ――!」
それでもガレスは怯まず、ペダルを踏み込みリーナスカースに機動を促そうとした。しかし、その時――。
『お師匠――……』
「っ!?」
その時、ガレスの耳に一人の少年の声が届いた。
それは、ガレスにとってどこか懐かしい声。
もう思い出せないほど遠い過去に聞いた、〝誰かの声〟に似ていた――。




