重なる声
リアンの弟は、幼くして病でこの世を去った。
最後まで死にたくないと……生きたいと願う弟に、彼女は何もしてやることが出来なかった。
〝悪いのは僕です……! 僕が……こんな考えで戦ったりしたから!!〟
「すまない、シータ君……っ。君の力になるなどと言っておきながら。私は、また君になにも……! 本当に、すまない――!!」
薄暗い操縦席。
リアンの脳裏に浮かぶのは、先ほど聞いたシータのあまりにも悲痛な嗚咽。
もしかすると、リアンはかつて彼女が失った弟の姿と、シータとを重ねていたのかもしれない。
「さあ、来い……! たとえこの身が砕けても、シータ君の所には絶対に行かせんぞ!!」
「この気迫……侮れば、噛み砕かれるのはこちらか」
眼前に並び立つ漆黒と紅蓮。
手負いのルーアトランを前にしながらも、二機は油断なく武器を構える。
「ちっ! さっきまであんなに楽しかったってのに……死ぬ気の奴と戦っても、ちっとも楽しくないんだよ!!」
「私が死ぬ気だと? ふふ……悪いが、私はここで死ぬ気なんてこれっぽっちもないぞ!!」
そう答え、リアンはルーアトランの長剣を正眼に構える。
すると純銀の刀身に白い火花が弾け、それはやがて肉眼でも目視できるほどの〝帯電〟へと変化した。
「なんだ……?」
「それに……もし私がここで死んだりすれば、シータ君をまた悲しませることになってしまう。だから、私は絶対に死なない……! 私はもう、あの子の泣き顔を見たくない!!」
瞬間。
ルーアトランが掲げた長剣がまばゆい閃光を放った。
それはイルレアルタの矢や、リーナスカースの影と同じ、起源種天契機だけが持つはずの、〝搭乗者の精神に呼応して力を増す〟、精神エネルギーの光。
「私は生きる! 生きるために戦う! お前達も帝国も倒し、今日もふかふかのベッドでぐっすり眠る!! そうすれば、シータ君だって――!!」
迸る雷光。
もはや稲妻そのものと化した長剣を手に、風の翼を広げたルーアトランが立ち塞がる敵めがけて駆ける。
「もう、泣かなくていいはずなんだ――!!」
リアンの叫びと同時。
落雷にも似た炸裂がカシュランモールの内庭を照らし、重なり合った三つの影を、膨れあがる白い光が飲み込んでいった――。
――――――
――――
――
「――見つけた!」
「コケ! コケコケ!!」
幾重にも重なる城壁の狭間。
その先へ駆け抜け、一気に開けた空中へと跳躍したシータは、イルレアルタから伝わる明確な熱量に目を見開く。
「まだ遠いけど、感じる――! ここの下に、このお城を動かしてる〝水晶炉〟がある!!」
そう、シータとリアンだけでなく、この作戦に参加した全ての連邦軍は最初からこれを――カシュランモールの水晶炉を狙っていた。
通常の飛翔船でも、その船内には様々な機能を司る小型の水晶炉を備えている。
いかに航行に関わる動力を空鯨に頼っているとはいえ、それだけで一隻の船の全てを動かせるわけではないからだ。
ましてや、一つの街にも匹敵する浮遊城であれば、必要な水晶炉の規模も、その依存度合いも圧倒的に大きくなる。
『――たとえ剣皇を倒しても、帝国軍はすぐには止まらない。だけど城の全ての機能が停止すれば、混乱した帝国軍は私達を包囲するどころじゃなくなるでしょう? 私達が離脱する時間も、十分に稼げるわ――』
剣皇の守護から離れられない帝国軍に対し、こちらは帝国の侵略戦争の中枢を担う天空城を破壊。大陸全土への侵攻作戦そのものを崩壊させる。
それこそが、連邦の副官となったニアが提示した、連邦勝利の可能性。
だがそうだとしても、内部構造もわからない要塞の水晶炉を、たった一回の攻撃で破壊するなど通常なら不可能だ。
いや……たとえイルレアルタという〝特機〟があったとしても、そのような芸当は容易ではない。
「やれるかどうかじゃない……! やるんだ……僕を信じてくれたみんなのために……! リアンさんのために――!!」
しかし今のシータに、もはや立ち止まる時間はない。
キリエの喪失からここまで、シータは今にも崩れそうな心を必死に鼓舞し、仲間の為に、生きるために走り続けてきた。
だから、シータはただ射貫くことだけを考え――大切な人々から託された思いを込め、イルレアルタの弓に閃光の矢を収束させる。
「これで――! っ!?」
が、その時だった。
今まさに渾身の矢を分厚い城塞部分に打ち込もうとした、その瞬間。
空中のイルレアルタ目がけ、地上から〝漆黒の影〟が襲いかかったのだ。
「この、攻撃……っ!」
間一髪、寸前で強襲に気付いたシータはイルレアルタの収束を解除。
空中で影刃をかわし、そのまま地面へと着地する。
そして、そこに現れたのは――。
「――君の好きにはさせないと、そう言ったはずだ」
「あなたは……っ」
放たれた影刃の主。
それは漆黒の天契機リーナスカースと、その操縦者ガレス。
尚も現れた宿敵を前に、シータは悲痛も絶望も越えた純粋な叫びを叩きつける。
「リアンさんは――!?」
「……私がこうして君の元に辿り着いた。それが答えだ」
「っ――!」
ガレスのその声を、シータはどこか、ずっと遠くで聞いたように感じた。
そしてその瞬間。
シータは自分とイルレアルタを繋ぐ心の鎖……その向こうで、何かが弾ける音を聞いた――。




