遅すぎた問い
「ああ……あああ……っ」
「シータ君っ!!」
炸裂する光と衝撃。
シータが伸ばしたイルレアルタの手。
それはむなしく空を掴み、巻き起こる爆風に弾き飛ばされた。
「お二人とも、本当に危ないところでしたね。けど、これで少しは私を信じてもらえましたか?」
機体を通じて鳴り響く轟音の向こう。
酷く無機質なナズリンの声が聞こえる。
その声を聞いたシータの心を満たすもの。
それは疑問。
そして問いだった。
(ここは戦う場所で……キリエさんは覚悟してるって……だけど……っ)
キリエを失った悲しみは深い。
だがシータの心を最も抉り傷つけたのは、何より自分自身の不甲斐なさだった。
シータはこの戦場で、キリエの覚悟から逃げた。
戦いたくなかったのはキリエも同じ。
にもかかわらず、キリエは敵であるシータに最後まで向き合い続けていた。
だがシータはそうではない。
敵軍のキリエと決死で戦うでもなく、かといって仲間を守るでもなく右往左往しただけだ。
キリエとの戦いとその結末は、シータがこれまで必死に築き上げてきた覚悟が、いかに〝貧弱で無知な覚悟〟だったのかを痛感させた。
(ナズリンさんは……僕を助けてくれて……でも、キリエさんはもう……っ)
ナズリンへの怒りはない。
否、思わず振り上げそうになった拳は、しかしシータの理性に真正面から否定される。
シータから見れば、ナズリンは味方として当然のことをしただけだ。
窮地に陥り、敗色濃厚だったシータとリアンを救う。
感謝こそすれど、怒りの矛先など向けられるはずがない。
今ここに、シータの敵はいない。
神隷機のような、明確な邪悪など存在しないのだ。
(お師匠の時と同じだ……また僕は、何もわかってなかった……だから、何も出来なくて……っ)
どれだけ考えても、シータの問いに答える者はいない。
むしろ、シータにとってこの問いはあまりにも〝遅すぎた〟。
なぜ人は戦うのか。
なぜ人は争うのか。
覚悟とは何か。
力とは何か。
戦場に身を置くものなら誰でも一度は考え、そう自問自答してきたはずだ。
しかしシータは、この時までそれらの問いの本当の意味も、重さも理解していなかった。
(違う……出来なかったんじゃない……。僕はここで、〝何もしなかった〟んだ。だからこんな……っ!)
戦いに道理などなく。
正義も悪もない。
帝国も連邦も。
そしてエリンディアも。
どれだけ大義と名分で取り繕おうと、争いの本質は互いの利益の奪い合い。
誰しもがそんな不条理の中で折り合いをつけ、大切な者のために、忠義のために、名誉のために、財のために……それぞれの戦う理由を必死に形作り、戦場に身を投じていくのだろう。
「ごめん、なさい……」
だがしかし。
たった今ようやくその問いに向き合い、掴めたかもしれない手を目の前で砕かれたシータには、そのような戦場の理など……到底受け入れられる物ではなかった。
「ごめんなさい……キリエさん……っ」
どこまでも落ちる苦悩と後悔の先。
操縦席のシータに、イルレアルタがカシュランモールに着地したことを告げる衝撃が伝わった。
「大丈夫かシータ君っ! すまない、私は……」
「リアンさんのせいじゃありません……っ! 悪いのは僕です……! 僕が……こんな考えで戦ったりしたから!!」
「シータ君……」
降下したイルレアルタに寄り添うように、蒼穹のケープをなびかせたルーアトランが地に足を着ける。
だがいかにリアンとはいえ、散々に心を乱し、嗚咽を漏らすシータにかける言葉は持っていなかった。
「もっと出来たはずなんです……っ! もっとちゃんと、キリエさんにしてあげられたことがあったはずなんです……! だから――!!」
「――待っていたぞ。シータ・フェアガッハ」
「っ……」
戦場は、喪失の悲しみが消えるのを待ちはしない。
自らの弱さを顧みる時を与えはしない。
戦火の浮遊城で片膝を突き、うなだれるイルレアルタとルーアトランの前。
〝漆黒の天契機〟が地響きと共に進み出る。
「キスナ卿と君が円卓で共に戦い、友誼を結んだことは彼女から聞いていた……ゆえに、今ここで私の耳に届いた〝君の悲痛〟を咎める無粋はしない」
「あな、たは……っ」
「だがここは戦場だ……彼女への弔いは、我がリーナスカースの剣によって果たさせて貰う」
現れた漆黒。
それは影の王、リーナスカースを駆る黒曜騎士団団長――ガレス・ダイン・ロースィフト。
「だな……流石の私も、今回ばかりは〝強火〟でやらせて貰うぜ。キリエとは短い付き合いだったけど……こんなところで死んでいい奴じゃなかったんでな!!」
そして紅蓮。
ガレスと共に立ち塞がるのは、炎翼騎士団団長――紅蓮の天契機ドラグラーサに乗るイルヴィア・サーエレイン。
かつて円卓の頂上で対峙し、一方的とも言える形で敗北に追い込まれた因縁の相手。
それがこの決戦の地で、再び二人の前に現れたのだ。
「……立てるか、シータ君」
「…………」
だがいつしか、負傷した頭部の出血は止まっていた。
鮮血によって赤く染まっていた視界は、あふれる涙によって拭われていた。
これ以上、もう何も失うわけにはいかない。
師を失い。
友を失った。
ここでリアンまで失うわけにはいかなかった。
「……はい」
案じるリアンにシータははっきりと応え、自らの意志で再びイルレアルタの操縦桿を握る。
イルレアルタの眼孔に青い閃光が明滅し、傷ついた灰褐色の腕がその弓を力強く掲げた。
「戦います……! 今度こそ、必ず――!!」




