矛盾
「貴方の矢は、私とフィールグランが止める……! ここにいる陛下とみんなを守るために……貴方を討ちます!!」
「キリエさん……っ」
激しさを増す決戦の舞台。
足元に踏みしめた風受けの盾で蒼穹を裂いて飛ぶイルレアルタ目がけ、連邦の猛攻を受ける浮遊城、カシュランモールから純銀の天契機――キリエの駆るフィールグランが飛翔する。
「大丈夫かシータ!? あの天契機がどうしたって!?」
「ラーディさん……っ! みんなは先に行って下さい! キリエさんの狙いは僕で――!」
「いつか必ず、私が貴方を倒す……初めて円卓の森でお会いした時、私は貴方にそう言いました!!」
キリエのフィールグランは、全天契機の中で唯一無二の〝完全な飛行能力〟を持つ起源種だ。
空中での機動力は、まさに〝風を得た鳥〟。
風受けの盾で滑空することしかできないイルレアルタなど、キリエから見ればただの的でしかない。
「ああそうかい! だがだからって、俺達の切り札をそう簡単にやらせるかよ!!」
「じ、自分も……! シータ先輩のお役に立ってみせるであります!!」
「二人とも!? 無茶ですよ!!」
「邪魔を――!」
襲い来る白銀。
だがそれに対し、シータの護衛を担うラーディとカラムのアンガルダ級が前に出る。
その動きを見たシータも即座に矢を構え、二機の援護となる軌道で閃光の矢を放った。しかし――!
「――しないでくださいっ!!」
「こいつ……っ!」
「うわああああああ――!?」
交錯する四機。
だがフィールグランは舞踊にも似た機動で二機をすり抜け、すぐさま空中で高速旋回。
大きく広げた脚部による回し蹴りで二機を直下へと叩き落とし、迫るイルレアルタの矢は、機体周囲に展開された守護フィールドで受けきって見せる。
「ラーディさんっ、カラムさん!!」
「私の役目はここで貴方を……星砕きを倒すことです! そうすれば――!!」
「コケ! コケコケー!!」
「く――っ!」
制御を失って落下する二人の機体を尻目に、シータは即座に操縦桿を引き絞って跳躍。
それまでラーディ機が乗っていた風受けの盾に足場を変えて攪乱。フィールグランの側面から矢を放った。
「そうすれば、きっとこれからの戦いで傷つく人も、命を落とす人も減るはずです! 貴方が……シータさんが陛下の敵だから!!」
「そんな! 帝国が戦いなんて始めなければ、最初からこんなこと――!!」
だがフィールグランは回避。
自らは大きく弧を描いて上を取り、同時に従えた子機でイルレアルタを包囲。
対するイルレアルタも周囲を落下する飛翔船の残骸や主を失った風受けの盾を利用し、まるで小島を渡るようにして空を疾駆する。
「違います! 私たちが生まれる前には、もっともっと沢山の争いがあったんです……! 陛下は、二度とそんな世界にしないために――!!」
「そのためにお師匠は殺されたっていうんですか!? そんなこと……僕は許せませんよ!!」
「許して欲しいわけじゃない!!」
瞬間、フィールグランはイルレアルタを追尾する子機と本体から無数の光弾を一斉発射。
一瞬にして逃げ場を失ったシータはしかし、イルレアルタを包囲する子機の一つへと突撃。
同時に通常よりエネルギーを収束した閃光の矢を機体前面へと放ち、フィールグランの光弾を正面から打ち消して強引に弾幕を食い破る。
「わかるんです……シータさんはもう、復讐のためだけに戦ってるわけじゃない。リアンさんや、貴方を支えてくれた沢山の人のために戦っている……違いますか!?」
「だったら、なんだって言うんです!?」
「私もシータさんと同じです。帝国には、私のことを支えてくれた大勢の人がいる……〝捨て子だった私〟を、今日まで大切に育ててくれた陛下がいるんです!!」
「捨て子って……僕と同じ……」
弾幕の白煙から、穴だらけになったケープを纏うイルレアルタが飛び出す。
しかしフィールグランはすでに先行。
鋭く降下し、子機の弾丸と共にレイピアで斬りかかる。
「許さなくていいんです……! 恨むなら、いくらでも恨んで下さいっ! シータさんのこと……私は今だって大切なお友達だと思っています。けど貴方は私達みんなの敵! だから私はみんなのために、貴方を倒すんです!!」
間一髪、シータは操縦桿から枝分かれする四つのレバーを小刻みに操作。
迫るレイピアの刺突を、回転させた弓の柄で巧みに弾く。
しかし同時に放たれた子機の光弾は回避不能。
イルレアルタはついに直撃を許し、操縦席に座るシータに強烈な振動と明確な劣勢を伝えた。
「コケーーーー! コケコケコケー!?」
(強い……! このままじゃやられる……だけど……っ)
迷い。
この時、シータは一時とはいえ互いを理解しあったキリエとの戦いに迷いを抱えていた。
もしキリエがその言葉通り、ガレスと同様帝国のために全ての敵を容赦なく殲滅する忠臣なら、まだシータも迷いを捨てて戦うことができたかもしれない。
だがシータは気付いていた。
最初の交錯の際。
飛び出したラーディとカラムをキリエは〝容易に殺せた〟にも関わらず、あえて戦場から離脱させるに留めたことを。
やはりキリエは共に過ごした時と何も変わらない、戦場の理不尽を憂い、それでも必死に戦う一人の少女なのだと。
(キリエさんだって、みんなだって……本当はこんな戦いなんて……! でも、だから僕は……!!)
「どうしたんですか!? 私と一緒に神隷機と戦ったシータさんは、もっと強かった!!」
「うあ――ッ!」
間髪入れず、フィールグランの蹴りがイルレアルタの胴を直撃。
凄まじい震動に、操縦席のシータは前のめりになって頭部を壁面に叩きつけられる。
たとえシータが迷いを抱えていなかったとしても、この空にいる限り〝イルレアルタの勝機は存在しない〟。
敵として初めて対峙した〝帝国第二の騎士〟は、それほどまでに天才的な技量と覚悟を兼ね備えていた。
「あの時みんなを守ろうとしたシータさんの強さは……気持ちは、その程度なんですか!? 守りたいみんながいるって……あの時私に言った言葉は嘘だったんですか!?」
「嘘、なんかじゃ……っ!」
「嘘などではない――!!」
だがその時。負傷した頭部から鮮血を流し、それでも操縦桿を握るシータの耳に、雷鳴のような声が轟く。
「リアン……さん……っ」
「シータ君は嘘つきなどではない! 私はこの世界の誰よりも、シータ君がみんなのために頑張っている姿をこの目で見てきた!! それを否定することは、たとえキリエ君でも許さない!!」
「リアンさん……! 貴方も、邪魔をするのなら――!!」
天翔る雷鳴。
それは風の翼を最大展開し、フィールグランめがけて加速降下するルーアトラン。
傷つき、自由落下しつつあるイルレアルタを挟み、純白と純銀の天契機が空中で対峙する。
「たぁあああああああああ――ッ!!」
「っ――!?」
閃光の一撃。
大上段から振り下ろされた渾身の一刀はレイピアを粉砕、軽量なフィールグランを大きく後退させる。
リアンはそのままルーアトランを風受けの盾に一度着地させて足場とすると、再び風の翼を展開。
宙を滑るように逃れたフィールグラン目がけ、更なる猛攻を仕掛ける。
「私だって君に恨みはない! 戦うのだって嫌だ!! しかしそーいう面倒なことは全部後で考える!! それが私のやり方だ!!」
「なんて圧力……! フィールグランが空で押されるなんて……でも!!」
「っ……! リアンさん、だめです!!」
鮮血に赤く染まるシータの視界、その眼前。
ルーアトランとフィールグランが二度目の激突へと向かう。
だがシータには見えていた。
今のリアンとルーアトランは強く、いかにキリエといえど、もはや手加減できる相手ではないことを。
そしてそうなれば、リアンもまた無傷ではいられないであろうことも。だから――。
「シータ君は私が――!!」
「ごめんなさい、リアンさん――!!」
「キリエさん、僕は――!!」
瞬間。
〝三つの奔流〟が蒼穹で交わり、やがて一つの閃光となって炸裂した――。




