首都攻防
『全軍に告げる! 今より始まる決戦に、我ら連邦の未来すべてが懸かっている!! 敵は多く、機を得たとはいえその守りは堅牢……だが、我らの覚悟はそれを凌駕する!!』
連邦首都エステリアの遙か上空。
セネカとヴァースの会談が始まったのと時を同じくし、広大な雲海に紛れた数十を超える連邦飛翔船団に、元帥デキムスの朗々たる声が響く。
『今ここで退けば、我々は故郷も家族も、長きに渡り築き上げてきた何もかもを失うだろう! だが勇と剣を持って前へと進めば――栄光に満ちた明日を手にすることがでる!!』
(剣皇は議長の誘いを断わらない。そうすれば帝国軍も、剣皇を守るために城と艦隊を空から下ろすことになる……)
天に響く元帥デキムスの演説。
その言葉に耳を傾けるニアは、分厚い防寒具を着込み、薄桃色の唇から白い吐息を漏らす。
ニアが連邦全体を巻き込んで仕掛けた策。
それは議長を囮として剣皇と帝国軍の飛行部隊を低空に下ろし、飛翔船最大の弱点である〝より高所からの一点突撃〟をしかけること。
ニアは作戦に必要な戦力以外は、その全てを都から遠く離れた別箇所の要害へと集結。
そこを〝帝国への反攻を目論む偽の拠点〟として欺き、その間にトーンライディールを含む連邦飛翔艦隊に、徹底した〝高空装備と急降下戦術〟を準備させていた。
『長き苦渋の日々を越え、今こそ我らエーテルリアの怒りの剣を振り上げよ!! 天に輝く日が大地に暗く沈む頃、勝利の鐘は我らの頭上で鳴り響くであろう!! 総員――突撃せよ!!』
『『 おおおおおお――っ!! 』』
その雄叫びはまさに雷鳴のごとく。
デキムスの号令を合図に、それまで大地に対して水平に飛行していた船団が、空鯨の頭を一斉に直下へと向ける。
その様は、まさに奈落への身投げにも似ていた。
分厚く重い雲海の質量を突き抜けた連邦艦隊は、目の前に青い空と緑の大地。
そして都の南東部をすっぽりと覆い尽くす、帝国の大軍勢を視認する。
「――じゃあ行ってきます! みなさんも、必ず無事で!!」
「コケ! コケー!」
「頼んだよ狩人君! リアンさん! ナナも気をつけて! ついでにナズリンさんもね!」
「お前もな、マクハンマー! リアン・アーグリッジ。ルーアトランで出るぞ!!」
「あ、あのー……いくら私が元帝国だからって、初陣でこれはエグすぎじゃないですっ!?」
薄暗い雲海を抜けると同時。
トーンライディールを初めとした連邦艦隊は、一斉に船体下部を開放。
そこから巨大な三角形状の鋼板――連邦が秘密裏に開発した高空降下用装備、通称〝風受けの盾〟を持った多数の天契機を降下させ、一気に帝国軍の頭上を封鎖。
イルレアルタとルーアトラン、そしてナズリンの乗るレイランナーは先陣を切って滑空すると、シータは即座に剣皇の居城――カシュランモールを守護する一隻の帝国飛翔船に照準を合わせる。
「今――!」
迸る閃光が連邦の首都上空を切り裂き、群れなす帝国艦隊をまばゆく照らす。
放たれたイルレアルタの矢はかつてよりその威力を増し、一撃で帝国飛翔船の強固な船体を破砕貫通。
直下にいたもう一隻の飛翔船も巻き込んで大破させ、見事に開戦の狼煙を上げて見せた。だが――。
「弩砲が来るぞ!!」
「なんて数だ!!」
だがその瞬間。
数百を超える高空弩砲の斉射が、垂直に降下する連邦艦隊を襲った。
通常、飛翔船は高空弩砲を装備しない。
元より空を飛ぶ飛翔船が、より高い場所を狙う必要などないからだ。
しかし今、眼下を埋め尽くす飛翔船の甲板には、まるで針山のように数え切れないほどの高空弩砲が並んでいた。つまり、それが意味することは――。
「剣皇は、私達が空から来ることを読んでいた……敢えて策に乗った上で、ここで私達の息の根を止めるつもりね。だけど――!」
「急速回避だリッカ君! 総員、衝撃に備えるように!!」
「アイアイ、船長」
弩砲の雨に撃たれ、飛翔船を牽く空鯨達が絶命の悲鳴を上げる。
飛び出した数多の連邦天契機も、風受けの盾を弩砲で次々と射貫かれ、体勢を崩してきりもみに落下。瞬く間にその数を減らしていく。
しかし同時に連邦艦隊もすぐさま反撃に出る。
開放された船体から火の付いた火薬樽を雨あられと投下し、それは瞬く間に帝国艦隊に着弾。黒煙と火炎とを緑の大地にまき散らす。
その光景は、天地双方から伸びる凄まじい血戦の渦。
同じく矢弾に晒されたトーンライディールは操舵を務める少女――リッカの卓越した技量を頼みにギリギリで回避。
二番艦アンイラスハートもトーンライディールの航路をなぞって飛び、船体に無数の矢傷を負いながら追従した。
『弩砲になど構うな! 剣皇は今や我らの目と鼻の先にいる!! この戦いは、決して防衛戦などではない――帝国の中枢を穿つ攻城戦なのだ!!』
元帥デキムスが乗る一際大きな連邦総旗艦――イデオローデが、他の船の盾になりつつ降下する艦隊の先頭に立つ。
デキムスの言うとおり、この戦場で剣皇を倒せば勝利は連邦のものだ。
自らの在る場所をそのまま帝国の居城とし、常に前線で戦う剣皇にとって、それは自国の心臓を敵前に晒していることと同じ。
これもまた、ソーリーンが突く剣皇の抱える致命的な弱点であった。
「これ以上はやらせない……! 絶対に、ここで仕留める!!」
帝国軍の猛烈な反撃に、周囲では次々と爆炎が巻き起こる。
しかしシータは風受けの盾で空気抵抗を巧みに操り、イルレアルタの弓を帝国の中枢――天空城カシュランモールの主館へと狙い定める。
落下の突風を受け、なびく褐色のケープの向こう。
イルレアルタの眼光が青く明滅し、構えた弓が四つの閃光を放つ。
そしてそれは、極大の破壊力を秘めた光の矢へと収束する。
「――今!!」
放たれたそれは、まさに世を覆う戦乱すら仕留める一撃。
研ぎ澄まされたシータの本能は狙い違わずカシュランモールの中枢へと。
このまま直撃すれば、いかに超弩級の浮遊城とはいえ無傷ではいられない光の奔流だった。しかし――!
「――させませんっ!!」
「っ!」
イルレアルタの放つ二撃目の矢。
天から降る雷光にも似たそれはしかし、カシュランモールに到達する寸前で〝一機の天契機〟によって阻まれる。
「お久しぶりです、シータさん……貴方なら、きっと来るって思っていました」
「あの天契機、キリエさん……っ!?」
従えた小鳥型の子機群を円状に重ね、神隷機の攻撃すら防ぐ防壁を展開する純銀の機体――それはシータも良く知る少女、キリエ・キスナが操るフィールグランだった。
剣皇は高空から迫る連邦艦隊とは別に、必ず決戦の戦場に現れるであろう、〝イルレアルタへの対抗策〟も用意していたのだ。
「貴方の矢は、私とフィールグランが止める……! ここにいる陛下とみんなを守るために……私は、貴方を討ちます!!」




