開戦の茶会
エーテルリア連邦首都、エステリア。
この都はかつて隆盛を誇ったエーテル皇国時代から現存する巨大都市であり、なだらかな平野に広がるこの都市は、小国の領土全体に匹敵する広さを誇る。
東から昇る太陽は歴史あるエステリアの街並みを美しく照らし、四百年もの長きに渡り見守り続けてきた。
だが今この時、エステリアに暖かな陽の光が射すことはない。
街の上空に浮かぶ無数の船影、そして巨大な浮遊城が、街に注ぐはずの陽光を漆黒で遮っていた。
「これはなんとも……また随分と豪勢なお出ましで」
門前に設けられた野ざらしの茶席に一人佇み、連邦議長セネカはその圧倒的威容に感嘆の声を漏らした。
数十万の帝国軍は、エステリアの都市部を完全に包囲。
さらにセネカが茶席を開く南東門の上空には、カシュランモール率いる数十隻の飛翔艦隊がずらりと居並ぶ。
陸と空は共に封じられ、もはやセネカは文字通り袋の鼠の様相を呈していた。
「――お前が連邦の議長か」
だが今、あのセネカをしてその心に緊張をもたらすのは、〝兵も連れずに単身で現れた一人の男〟。
見事な黒馬にまたがり、帝国を象徴する黒と金で彩られた皇族の正装を纏うその姿は、まさに戦乱の世を終わらせようとする覇王の出で立ち。
剣皇ヴァース・オー・アドコーラス。
その人であった。
「さよう、私がエーテルリア連邦議長。セネカ・エルディティオでございます、剣皇閣下。この度は私めの招待に応じていただき、光栄の極みでございます」
「今日はうまい茶が飲めると聞いたのでな」
剣皇の問いにセネカは微笑を浮かべ、優雅に一礼して応じた。
対する剣皇もまるで昔年の友に向けるような笑みを一つ。
軽々と馬から降りると、茶会の席へ無警戒に足を進めた。
「一つお尋ねしますが……なぜ警護の兵をお連れにならなかったので?」
「必要か?」
「…………」
剣皇のあまりの無警戒ぶりに、思わず口を突いて出たセネカの疑問。
だが剣皇は〝暴と無邪気〟とを混ぜた挑発的な視線で答え、セネカはぐっと息を呑んだ。
「失礼、それではどうぞこちらへお座りください。このような場所で恐縮ではありますが、閣下にはぜひとも連邦式の茶会を心ゆくまで楽しんで頂きますよう」
剣皇が着座したのを合図に、セネカは実に手慣れた様子で用意された二つのカップに深い赤を帯びた茶を注ぐ。
野外にも関わらずかぐわしい香りが辺りに漂い、二人の嗅覚を楽しませた。
「どうぞ」
「頂こう」
剣皇は差し出された白磁のカップに目をやると、躊躇せず口をつける。
そして僅かにその味と香りを楽しんだ後、ふうと満足げに息をついた。
「美味い」
「そうでございましょう? こちらの茶葉は連邦でも最高級の物。我々のような身分でもそうそう口にできる代物ではありませんから」
「俺の臣下にも飲ませてやりたいものだ。これほど美味い茶は、痩せた俺の国では育たんだろうからな」
「閣下のお口に合ったようでなによりでございます。もし帝国でご入り用とあれば、我々も喜んでお譲りいたしますよ。もちろん、少々値は張りますが」
「そうだろうな」
互いに笑みを浮かべながら……しかしセネカはどこか緊張した様子で。
一方の剣皇は、周囲に広がる美しい景観にも目をやる余裕を感じさせた。だが、やがて――。
「――軍と共に俺に降れ。これ以上、無益な血を流すこともあるまい」
剣皇は、世間話を続けるような口調で唐突に切り出した。
「そうして、我々は帝国の一地方として生き存えるというわけですか」
「不服か?」
「もちろんですとも。閣下もご存知かと思いますが、プライドの高さだけなら我々連邦は大陸一と自負しておりますので!」
「フッ……難儀だな」
唐突に突きつけられた〝最後の降伏勧告〟。
しかしセネカは笑みを深め、両手を広げて拒否の意を伝えた。
「ですが閣下。私が敬愛する閣下の元に降らないのには、もっと大きな理由があるのです。少々長くなりますが、よろしいですかな?」
「面白い、聞かせて貰おう」
「閣下は大陸を一つにまとめ、それをもって平和を成し遂げようとなされております。しかし私には、閣下のやり方で大陸が平和になるとは〝到底思えない〟のですよ」
その青い瞳を剣皇の鋭い眼差しにぶつけ、セネカは自らの意志をはっきりと伝えた。
「我々連邦には、古くからこのような格言があります。〝一つは争いを生むが、二つは協力を生み、三つ以上は豊穣をもたらす〟――何事も一つよりも二つ、二つよりも三つと、より多い方が良いという考えです」
セネカの言葉に、剣皇は何も言わず耳を傾ける。
「閣下……私は国家もこの言葉と同じだと思っているのです。国や制度が一つしかなければ、そこで行き場を失った者はどこに行けばよいのでしょう? 我々連邦が天契機の量産技術を手に入れることが出来たのも、帝国の制度についていけず、逃亡した者達からもたらされたものなのですよ?」
「ほう」
「閣下の目指す帝国による大陸統治……たとえそれが成し遂げられ、一旦はこの世界が平和になったとしても。国が帝国一つでは、その平和は帝国で行き場を失った者達によって内部から瓦解する……それは、これまでの歴史が証明する事実です」
そこまで言って、セネカは自ら席を立つ。
そして今の彼が持つ全ての熱量を持って、眼前に座る剣皇ヴァースに訴えた。
「ゆえに! 剣皇閣下におかれましては、どうぞ今すぐ我が連邦領内から〝全軍をお引き揚げなさいますよう〟。さすれば、我々エーテルリア連邦は〝閣下の帝国に不満を持つ者達の受け皿として〟、未来永劫閣下と共に手を携え、世の平和に尽力するとお約束しましょう!!」
一つより二つ。
セネカは剣皇に対し、連邦と帝国による〝大陸の協力統治〟という一世一代の大言を申し出る。
だが提案を最後まで聞き終えた剣皇は実に満足そうに笑い、セネカに続いて自らも席を立ち――そして背を向けた。
「なかなか面白い話だった。いつかまた、お前とは夜を明かして話をしたいものだな」
「おや……もうお帰りになられるので?」
「弁舌によってこの戦が終わるなどとは、お前も思っておるまい。お前は俺を策に誘い、俺はお前の策を利用した。大方、俺がここに来た時点でお前の策は成っていたのであろう。違うか?」
「……全て分かっておいででしたか」
瞬間。
帝国艦隊とカシュランモールによって塞がれた二人の頭上に、激しい閃光と爆炎の華が散った。
空を覆う帝国艦隊、その更に高空から放たれた一撃。
それは巨大な帝国飛翔船を一発で大破させ、爆炎と共に轟沈。
そしてこの一撃こそ、セネカとニアが仕掛けた連邦最後の策――その開幕を告げる戦火。
剣皇の読み通り、この策におけるセネカの役目は剣皇を誘い出した時点で終わっていたのだ。
『陛下! 我が艦隊上空から急降下する連邦の飛翔船を多数確認。急ぎお戻り下さい!!』
「セネカよ。先ほどのお前の提案は俺の中に留めておく。もし本気で俺を説き伏せようと思うのなら、その命……次に会う時まで大事にすることだ」
「なんと勿体ないお言葉、感謝いたします。どうか、閣下もお気をつけてお帰り下さいませ」
閃光と炎が降り注ぐ中。
剣皇は最後にセネカを見やり、愛馬を駆って居城へと去った。
「次に会う時、ですか……はてさて、この私に〝次〟があるかどうか。しかし閣下、やはり貴方は……私が思い描いていた通りのお方でございましたよ」
燃える天を抜け、黒馬と共に疾走する剣皇の姿。
セネカは一人となった茶会の場で背を正し、確かな憧れと共にその背をいつまでも見つめ続けていた――。




