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英雄の病


 星歴九七七年。

 季の節は十一、日の頃は二十九。


 剣皇率いる帝国軍は、ついにエーテルリア連邦の首都へと迫っていた。


 天空城(カシュランモール)の投入から約一ヶ月。

 互いの戦力差から見れば、あまりにもゆっくりとした時をかけて行われた剣皇の進軍。

 それは剣皇の武威に恐れをなした連邦の兵と民の投降を待ち、無意味な血を流さぬようにという剣皇の指示によるものだった。だが――。


▼▼▼

 親愛なる剣皇閣下へ。


 拝啓。

 閣下が幾多の戦場にてその卓越した武勇を示されるたび、たとえその剣が我が連邦の罪なき国民に向けられているとしても、私の心は深い憧憬の念を禁じ得ません。


 さらには、真の英雄たる閣下の武勇を仰ぎ見られる帝国民の幸運を、我ら連邦市民にも分け与えて下さった閣下の常軌を逸した慈悲深さには、もはや言葉すらございません。


 さて、この度は閣下の名誉に恥じぬ歓迎の場を設けたく、連邦議長たる私より一興をご提案申し上げます。


 場所は我らが四百年の都、エステリアの壮麗なる門前。

 時は翌日正午。


 簡素ながら連邦式の茶席をご用意いたしましたので、ぜひとも閣下ご自慢の武を持って、その場を清める覚悟でお越しくださいますようお願い申し上げます。


 なお、勇武優れる剣皇閣下におかれましては決してあり得ぬこととは存じますが――もしこの席を辞退なされるようであれば、閣下の無比の勇気を疑う愚者たちが大陸中に現れるやもしれません。


 それは閣下を敬愛する私としても望まぬ事態でございますので、何卒此度の招待をお受けいただければ幸甚(しんじん)に存じます。

 敬具。


 エーテルリア連邦議長

 セネカ・エルディティオ

▲▲▲


 それは、連邦議長セネカから剣皇ヴァースへと送られた書状。

 剣皇はその書状を読み終えると、玉座で大きな笑い声を上げた。


「ハッハッハ! 連邦の議長め、まさかこの土壇場で〝俺一人を釣り上げよう〟とはな。大した奴だ!」


「おのれ、ふざけた真似を……ッ!」


 屈託なく笑う剣皇とは反対に、冷静沈着で知られる宰相アンフェルの端正な顔は苦々しく歪んでいた。

 彼がここまで感情を表に出すことは珍しい。

 だがそれは決して、敬愛する主君が低俗な侮辱を受けたからではない。


「陛下、どうかこのような妄言は捨て置きますよう……! このセネカという男は、かのエリンディア軍を連邦に招き入れ、連邦議会を掌握し、我が軍にも多大な被害をもたらした連邦随一の大敵です。そのような〝毒蛇〟が吐く見え透いた挑発に、陛下が出向く必要などありません!!」


「毒蛇か……なるほど、お前ほどの男がそこまで言うとは。ますます会ってみたくなった」


「陛下……っ!!」


 そう、アンフェルはこの〝剣皇が生来持つ気風〟こそを危惧していた。

 ヴァースを唯一無二の英雄たらしめているもの。

 たとえどのような場、どのような相手であろうとも、興味を示した人間は危険も顧みずにその目で見定めずにはいられないという〝無類の人好き〟。

 それこそが、ヴァースの英雄性の根幹だった。


「陛下の気性は私も心得ております……! ですが、今回ばかりはどうか堪えていただきますよう!」 


 英雄病。


 ヴァースが英雄として名を上げ、それを頼みに覇道を突き進む限り、この病と無縁ではいられない。

 そしてこの病こそ、ニアが一時帰国したエリンディアにおいて女王ソーリーンから授けられた〝剣皇が抱える致命的弱点〟――その一つであった。 


「連邦にはまだ、星砕き以外にも多くの手札が残っております。連邦の再集結先にはすでに攻囲をかけておりますが、決して予断を許す状況では……!」


「そう慌てるな。俺とて無策でのこのこと釣られてやる趣味はない」


 必死の説得を試みるアンフェルを制し、剣皇は自らの玉座から腰を上げる。

 そして城と共に空に浮かぶ玉座の間から見える青空の下、不気味に静まりかえった連邦の首都エステリアを睥睨した。


「この一ヶ月。連邦から降る者の数は減り続け、最後の数日には一人もやってこなくなった。俺達が進む先では抵抗する者もなく、〝街はどれももぬけの殻〟だったそうだな」


「はい。連邦に潜ませている間者からの連絡は途絶え、投降した者からもろくな情報は引き出せておりません」


「そうだ。連邦はまだこの戦いを諦めてはいない……たとえここで都を落としても、士気旺盛な連邦の残党が山河に根付けば後々面倒なことになろう」


「……陛下は、ここで連邦軍の抵抗心を滅ぼすおつもりですか」


 その質問に、剣皇は笑みをもって答えた。


「戦とは土地を支配し、兵を殺せば良いというものではない。刃向かう者はその剣と心を完全に折り、そうでない者には安寧を与え同胞とする……未来永劫続く戦乱の連鎖は、そうしてこそ断ち切ることが出来るのだ」


 そう語る剣皇の瞳は、どこまでも遠くを見据えていた。

 そしてそれを見たアンフェルは、これ以上の問答は無駄と悟りふうとため息をつく。

 他ならぬ彼もまた、貧民街での生まれでありながら剣皇によって見出され、安寧を与えられた一人であったのだから。


「よかろう……連邦議長とやらの最後の策、乗ってやろうではないか。この俺を釣ろうなどと考える奴がどれほどの器か、楽しませてもらうとしよう」


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