憧れ
「うーんうーん……うむむーん……」
「コケコケー?」
「リアンさん? どうかしたんですか?」
連邦領内、〝某所〟。
帝国軍の猛攻の前に、まるで潮が引くかのように連邦全土から姿を消した連邦軍だが、無論彼らは戦いを諦めた訳ではない。
事実として、今もその美しい装甲を輝かせるルーアトランとイルレアルタの足元では、大勢の連邦士官達が忙しなく行き来している。
「シータ君か……実は情けないことに、最近あまり寝付きが良くなくてな。帝国との決戦前だというのに、完全に寝不足で困っているのだ!」
「ええええっ!?」
自らの愛機を見上げ、うんうんと唸るリアンに話しかけたシータは、予想外の返答に驚きの声を上げた。
リアンと言えば泣く子も黙る居眠りの常習犯。
たとえ国家の行く末を左右する軍議の場であろうと、眠くなれば秒で寝る惰眠の騎士だ。
そのリアンが寝不足となれば、帝国との戦いにも甚大な影響を及ぼすだろう。
「こんな時にリアンさんが眠れないなんて……でも昨日も一昨日も、その前の日も、僕の横で何度も寝てませんでしたっけ?」
「うむ……それが、不思議と君の横では問題なくすやすやと眠れるのだ……しかしいざ夜になると、なぜかなかなか寝付けなくてだな……」
「そうなんですか? じゃあ――」
「これはこれは! こんなところで会うなんて奇遇ですねぇ!」
看過できないリアンの不眠問題。
事の重大さを誰よりも知るシータは、ことさら親身にリアンの話に耳を傾ける。
だがそんな二人の前に、突如として連邦議長セネカ・エルディティオが芝居がかった身振りと共に現れたのだ。
「どうして議長さんが?」
「我々連邦の運命を決める戦いは、もう間もなく始まります! ですから私も連邦の中枢を預かる者として、こうして皆さんに励ましをと思いまして!」
「それは殊勝なことだ! 感謝する!」
「ありがとうございます。でも……」
現れたセネカの様子は、シータの目にはいつもと変わらないように見えた。
だがシータは知っている。
これから始まる戦いにおいて、セネカは〝絶対に失敗の許されない大役を任されている〟ことを。
「あの……議長さん」
「はい、なんでしょう?」
「本当に……大丈夫ですか? 議長さんはこれまで、自分には戦うなんて無理だって何度も言ってました。それなのに、いきなり〝あんなこと〟をしないといけないなんて……」
「私のことならご心配なく! いざとなれば連邦なんて見捨てて、さっさと帝国に寝返ろうと思っておりますので!」
「コケッ!?」
「なんだと!?」
「ほ、本気なんですか!?」
「あーっははは! 失敬失敬、今のは〝連邦ジョーク〟ってやつですよ。この私としたことが、シータ様があまりにお優しいものですから、ついからかってしまいましたよ」
どこまでも純真なシータに、セネカは擦れた笑みを浮かべる。
「確かに、私は剣も天契機の操縦もさっぱりです。生まれてこの方、他人に手を上げたことだってありません! まあ、逆は何度かありますがね」
だが次に語り出した時。
それまで純然たる政治家としての顔を見せていたセネカの表情には、どこか子供のような、シータにも似た純粋さの光が宿っていた。
「そしてここだけの話……〝剣皇は私の憧れ〟なのですよ。私が議員を志したのも、いつかは剣皇のような英雄になりたいと夢見てのことでした」
「議長さんが……?」
「強く、偉大で、どんな困難を前にしても諦めず立ち向かい、最後には必ず勝利する……私以外にも、剣皇の隠れファンは多いんじゃないですかねぇ?」
「むむむ……! では議長殿は、その憧れの剣皇に本気で寝返るつもりと!?」
「だからさっきのは冗談ですって! 私はただ、純粋に政治家としてあの剣皇と対峙できるのが嬉しいのです。もしニアさんの作戦がなければ、きっと剣皇は私のことなんて眼中にもないまま、さっさと連邦を滅ぼしていたでしょうからねぇ」
そう言うと、セネカはくるりと二人に背を向けた。
そして少し歩いた後、思い出したように振り向き、頭を下げた。
「ですから、エリンディアの皆様にも、シータ様とリアン様にも心から感謝しているのです。今日まで私達と共に帝国と戦って下さったこと……本当にありがとうございました。最後の戦い、皆様のご武運をお祈りしております」
「議長さん……」
その言葉を残し、セネカは再びどこぞへと去っていった。
「なんだか、不思議な人ですね……」
「変な奴だ」
「コケ」
そんなセネカの背をシータは呆然と。
リアンは憮然と。
ナナはなんとも言えない表情で見送った。そして――。
「あ……そういえば、さっきリアンさんに言おうと思ってたんですけど」
「うん? なんだろう?」
「もし良かったら、今日は僕と一緒に寝てみませんか? さっき、僕がいればよく眠れるって言ってたので……」
「おお、私とシータ君が一緒にか! なるほど、それならば私もぐっすりすやすや……?」
おもむろに発せられたシータの提案に、リアンは一度笑みを浮かべて頷いたものの、そのままの姿勢で硬直。
やがて何を思い浮かべたのか、あっという間に頭の先まで火柱のごとく赤面してしまう。
「で、で、でで……できるかーーーーっ!! む、無理だ! 少し考えただけでも絶対に眠れそうにない!!」
「ええっ!? これまでも外のテントでは一緒でしたし、別にいつもと変わらないと思うんですけど……」
「ち、違うのだ! いかに色気より眠気と言われた私でも、改めて君にそう言われると……こ、心の準備とか、その……っ」
「?? でもそれなら、少しだけでも試してみませんか? あのリアンさんがちゃんと眠れないなんて……僕、すごく心配で……」
「あうあう……ま、まあ……そこまで言うなら……えーっと、うん……心配してくれてありがとう……」
こうして。
連邦対帝国の決戦を控え、それぞれの夜は更けていく。
一方のリアンはといえば、いかなる試行錯誤の末なのか。
無事にその日は快眠快調、シータと共に万全の状態で運命の朝を迎えることが出来たのであった――。




