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不信の乗船

「なるほど……つまり帝国に戻れば死罪で、セトリスで投降しても死罪だから、連邦まで逃げてきて」


「そこでユリースさんに助けて貰った……そういうことですか?」


「ま、まぁそんな感じです。はい……」


 セネカとユリースによるニアの軍中枢への推挙が決定してすぐ後。

 シータ達は、ユリースの意向で独立騎士団へと加えられた元帝国騎士――ナズリン・アルパを前に、実に微妙な表情を浮かべていた。

 セトリスでの独立騎士団への暗殺未遂。

 内乱を主導したマアトを支援していたナズリンは、会食の場でシータと剣を交え、唯一逃れることに成功していた。

 本人の話では歳の頃は20代半ばらしいが、独立騎士団のメンバーにぐるりと囲まれ、尋問めいた詰問を受けて縮こまる彼女の姿は、まるでどこぞの小動物のようにへなちょこだった。


「で、そんな貴方が本当に私達を裏切らないという保証がどこにあるのかしら? あの場では理事長の顔を立てて了承したけれど、私達に貴方を信用する材料は一つもないわ」


「しかも君は〝専用の天契機(カイディル)〟と一緒に私達の騎士団に加わるのだろう? こういうことは言いたくないのだが、もし切羽詰まった戦場で君が裏切れば、流石の私もどうしようもないぞ!」


「う、裏切ったりなんてしませんって! 理事長には助けて貰った恩もありますし、帝国はパワハラまみれでいい思い出なんてさっぱりですし、盗んだ天契機と一緒に帝国抜けした私には、もうここ以外行くところもないんですよぉ~っ!」


 ナズリンはなんとも神妙な様子で、一つ一つの問いに答えていく。

 だがその程度でニアやリアンからの疑いが晴れるはずもない。

 たとえナズリンの言葉が真実で、本心から帝国を裏切ったのだとしても。

 彼女がセトリスで手引きした先王暗殺、そして他ならぬシータ達への暗殺未遂は、どちらも戦場の趨勢を決する致命的な行動だったのだから。


「でも、あなたは僕たちやメリクの事も殺そうとしてましたし……やっぱり……」


「コケーーッ! コケコケコケッ! コケーーッ!!」


「あいたたたーっ! そ、そう言われると本当に心が痛いんですけどぉ……なのでその、それならそれで私のことは弾避けとか囮とかに使って頂ければ……理事長もそう言ってましたし……」


「言われなくてもそうさせて貰うわ。本当なら貴方みたいな人を部隊に加えたくはないけれど……あの二人からあそこまで言われたら、使わないわけにはいかないもの」


「お二人とも、どうしてもナズリンさんを連れて行って欲しいって感じでしたもんね」


「体よく〝厄介払い〟されたということだろう。立場のある者が帝国騎士を匿っているなどと知れれば、連邦では大問題になりそうだしな!」


 セネカとユリースによるナズリンの同行依頼は、実に押しの強いものだった。

 あまりにも強い二人の勢いに、自身の副官推挙をお膳立てされた直後のニアではどうしても断り切れなかったのだ。


「あー……それもあると思うんですけど、多分一番の原因は私の天契機のせいかなーと。あれでも一応〝純レンシアラ製〟なので、戦力にしたいんじゃないかなーって」


「純レンシアラ製だと? だが私が戦った君の上官は、帝国製の天契機に乗っていたような記憶が……」


「団長はみんな帝国製に乗るのが普通なんです。実際の性能はレンシアラ製に負けてても、やっぱり団長が帝国製に乗ってると他のみんなも『うおー!』ってなりますし」


 言って、ナズリンは独立騎士団の本営に運ばれた〝紫色の天契機〟に目を向けた。


「〝レイランナー(霧を裂く者)〟。元から囮や陽動に向いてる機体ですから、さっき言われたような任務でも、それなりにお役に立てると思いますよ」


「そしてレンシアラ製だから、操縦者を貴方以外に変えるにも時間と手間がかかる……貴方、〝初めからそれを見越して〟この天契機と一緒に連邦に投降したわね?」


「そ、そりゃまあ……私だって死ぬのは嫌ですし、同じ捕虜でも、待遇は良い方がいいに決まってますから」


 神妙な素振りの裏に見え隠れするのは、ナズリンの巧妙な打算だ。

 しかしそれと同時に、決戦を前に自軍の天契機が一機でも増えることは無視できないメリットだった。


「――船内では基本的に独房暮らし。最低限必要な外出にも、必ず監視をつけさせて貰うわ。もちろん文句はないでしょう?」


「え、いいんですか?」


「私達も背に腹は代えられない……それに貴方が弾避けとして綺麗に死んでくれるなら、私の罪悪感も少なくて済むし」


「死ぬの前提ですかーーっ!?」


 ニアの言葉に青ざめつつも、同行を許され安堵の息をつくナズリン。

 そして反対に、ニアは苦々しい様子でため息をつく。

 指揮官であるニアの決断に、リアンや他のメンバーも複雑な面持ちながらも同意した。すると――。


「――なら、ナズリンさんの見張りは僕がやります」


「シータ君が?」


 ニアの決断を受け、次に言葉を発したのは他ならぬシータだった。

 迷わず手を上げたシータは、縮こまるナズリンの前に歩みを進める。


「あの時……ナズリンさんは僕の剣を止めました」


「あの時って?」


「……私達が、セトリスで殺されそうになった時のことね」


 シータはおもむろにそう告げると、跪くナズリンの目をまっすぐに見つめる。

 その言葉通り、ナズリンはシータが一切の慈悲なく放った斬撃を紙一重で凌ぎきっている。

 あの時に感じたナズリンの底知れぬ強さ。

 実際に剣を交えたシータは、それこそを最も警戒していた。


「や、やだなぁ~! あれはたまたま、少し運が良かっただけで……」


「お願いしますニアさん。この人のことは、僕に任せてくれませんか?」 


「むむ!? むむむむっ!? なら、私もシータ君と一緒に見張らせてくれっ! 帝国の裏切り者と二人っきりなど……シータ君になにかあったら大変だっ!!」


「……わかった。じゃあ、ナズリンさんのことは二人にお願いする。もし少しでも怪しいと思ったら、その時は遠慮せず〝殺っちゃって〟いいから」


「ひえっ!?」


 シータの意を汲み、ニアはすぐに許可を出す。

 元より、彼女もそうする他ないと考えていたからだ。


「やっぱりというかなんというか、私みたいなのは疑われて当然ですよねぇ……はぁ……」


「なーに、君が怪しい真似をしなければいいだけの話だ! 君がいつか信頼できる仲間になってくれればいいと、私は心からそう願っているぞ!」


「そうですね……僕もそう思います。これからよろしくお願いします、ナズリンさん」


 唇を引き締め、シータはナズリンにぺこりと頭を下げた。



知識の回廊財団ギルディア・アン・ドルクラ〟……これまで、帝国領内で神隷機(ウラリス)の覚醒は三回確認されています。そしてその全てで、財団の関係者の方が活動していたという報告を受けていて……〟



 シータの胸に浮かぶのは、かつて共に神隷機と戦った帝国騎士、キリエの警告。

 他ならぬ財団理事長ユリースの介入によって起きた一連の動きとその展開の早さに、シータは彼女の言葉を思い出さずにはいられなかった。


(けど今は考えてもしかたない。僕は、僕に出来ることをするんだ……!)


 忍び寄る暗い不安をぐっと抑え込み、シータは前を向く。

 リアンの言葉通りに、いつかはナズリンとも確かな信頼を結べれば良いと。そう心から願いながら――。




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