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星々の願い


『今こそその弓でお前の師の仇を……この俺を討て。そして……この大陸を覆う千年の戦乱を終わらせるのだ、シータ・フェアガッハ!』


「そんな、でも僕は……っ」


 剣皇ヴァースのその言葉には、恐れも迷いもなかった。

 そこから滲み出る覚悟からは、多くの命を犠牲にした自らの行いを正当化する気が、ヴァース自身にさらさらないことをはっきりと示していた。


『かつてレンシアラの民を虐殺した俺を、世の者達は復讐に駆られた虐殺者と呼んだ……だがソーリーンとエオインは、きっと俺になにか考えがあるのだろうと……最後まで俺の事を信じてくれていた……』


 明確な躊躇いを見せるシータに、ヴァースは諭すように語りかける。


『しかし、真実は先に話したとおり……俺はたった一人の親友の命すら、復讐のために利用した虐殺者だ。キルディスと共にこの〝俺という災厄〟を消し去るに、なにを躊躇うことがあろうか!』


「そうだとしても……お師匠は、あなたのために……!」


 シータの中の迷い。

 それは決して、ヴァースの功罪から迷っていたわけではない。


(お師匠とヴァースさんは、結局最後まですれ違ったままだった……けどそれでも、やっぱりお師匠はこの人のことが大好きだったから……)


 エオインとヴァース。


 シータを奪ったあの日以来、二度と会うことのなかった二人。

 だがそれにも関わらず、エオインは最後に〝ガレスを救い自分自身は討たれる〟という、奇しくも〝ヴァースが最も望んでいた結果〟を残してこの世を去った。 


(もしお師匠なら……最初から最後までこの人が全部背負うなんて終わり方……絶対に認めない……!)


 あの森を出て一年。

 シータはこの戦いに満ちた旅の中で、師の想いを知り、師が想い続けた友の真意を知った。

 だからこそ、ヴァースの自死という安易な決着を認めることができなかったのだ。しかし――。


『ふざけるなよ……! このぼくが……このキルディス・ゾンが!! 簡単にお前達の思い通りになると思うな!!』


『ぐっ……』


「なんだ!? キルディスの奴、まだ動けるのか!?」


『どいつもこいつも、いっつもぼくを馬鹿にして……! 千年前もそうだった……ぼくとアルドオールは、誰よりもクリフナジェラを倒すために頑張って戦ったんだ!! それなのに誰も……誰もぼくのことを認めようとしなかった!!』


 だがその時。

 ヴァースに肉体の主導権を奪われていたキルディスが、再度ヴァースの意識を消し去りにかかる。

 停止したクリフナジェラが軋むように鳴動し、イルレアルタめがけて伸ばした腕に力を込める。


『天契機の操縦も、剣も、戦略だって! ぼくが一番優れた存在のはずなんだ! ネットワークの力とクリフナジェラを手に入れれば、今度こそ誰もぼくのことを見下したりできなくなる……そうに決まってる!!』


 それこそ、千年もの間世界を闇から支配し続けてきた男の執念。


 かつてキルディスは、クリフナジェラを倒すために建造された、最新鋭天契機の操縦者に選ばれた一人だった。

 当時の彼はまだ子供でありながら、あらゆる分野で優れた成績を残す天才としてその名を轟かせていた。


 だが彼と同じく天契機の操縦者に選ばれた他の三人は、それぞれの得意分野においてキルディスを常に上回り続け、自らの才能に絶対の自負を持っていた彼の心を散々に打ち砕いた――。


『だから、ぼくはクリフナジェラが欲しかった! 世界中を一人で支配しようとしたあの男が作った、ぼくが自分以外でただ一人認めたあいつが作った……この神隷機(ウラリス)が欲しかったんだ!』


 キルディスは決して認めないだろうが、彼は当初からヴァースに〝親近感〟を覚えていた。


 武力と天契機の操縦ではエオインに劣り、知略戦略においてはソーリーンに劣る。

 間違いなく優秀でありながら、最も近くで実力の差を思い知らされ続けるヴァースに、キルディスはかつての自分自身を重ねていたのだ。だが――。


「全軍、照準合わせ!」


「狙うはクリフナジェラの腕部、及び脚部だ! 決して剣皇陛下を傷つけてはならん!!」


「私達も、帝国軍に協調します! 動ける船は、クリフナジェラ攻撃に加勢して!」


『なんだ……!?』


 瞬間、イルレアルタに迫るクリフナジェラの全身に、無数の炸裂弾が叩き込まれる。

 すでに不可視の防壁もダウンしたクリフナジェラは、その衝撃をまともに受け、大きく体勢を崩す。


『こいつら……! どこまでもぼくの邪魔をして……!』


 その砲撃の主。

 それは生き残った帝国と反帝国の連合艦隊。

 それぞれを率いる宰相アンフェルと女王ニアが、共に剣皇救出へと動いたのだ。


 もとより、ソーリーンが残した最後の策にあてはめれば、剣皇の死は反帝国作戦の失敗を意味する。

 主を救おうとする帝国軍同様、反帝国勢力にとっても、巨大な帝国を統べる剣皇の死は避けるべき結末だった。


「ご無事ですか、陛下!!」


『ガレス……』


「どうか……どうか我らの声をお聞き下さい! たとえどのようなお考えをお持ちであろうと、我ら帝国の騎士は、陛下と共に生きるために今日まで戦ってきたのです!!」


 またたく戦火の向こうから、傷ついたリーナスカースに乗るガレスとイルヴィアが現れる。

 そしてそれと同時、浮上した反帝国艦隊の甲板に立つメリクのラーステラが、その大きな手のひらをクリフナジェラへと向けた。


「うむうむ! 今の話で、我ら反帝国軍にもお主らの事情はよーくわかった。ならば我らも、ここまでお連れした〝客人の声〟をしかと届けねばのう!」


「――陛下! 私です……キリエです! 聞こえますか!?」


「えっ!?」


「キリエ君!?」


『キリエ、だと……!?』


 戦場に響く透き通った声に、シータとリアン……そしてヴァースもまた驚愕に目を見開いた。


「そうです、陛下! あの戦いで敗れた私は、連邦のみなさんに助けてもらいました……みなさん、本当に優しい人で……」


「キリエさん……っ! 本当に、無事だったんですね……!」


 それは、連邦の戦いで閃光に消えたはずのキリエ。

 フィールグランに備わる緊急脱出機構により、彼女は一命を取り留め、反帝国軍に加わったセトリスの計らいで決戦に同行していたのだ。


「お願いです、陛下。どうか、自らを犠牲になんてしないでください! 帝国の戦いは、今も大陸中で続いています……今も続くこの戦火を鎮められるのは、この世でただ一人……陛下しかいないんですっ!」


「自分の業から逃げるつもりがないって言うのなら、この戦いで傷ついた世界を、ちゃんと元通りにするのが筋のはずよ。一番大変な仕事をシータさんや私達に丸投げして、自分だけ楽になろうなんて……そんなの、ソーリーン様が聞いたらなんて言うかしらね?」


『お前達……』


 ヴァースめがけ、次々と叩きつけられるそれぞれの想い。

 ヴァースはその全てに耳を傾け……やがて、頷くようにして深いため息をついた。


『わかった……〝頼めるか〟、シータ』


「……はいっ!!」


 ついに、ヴァースは〝初めとは異なる決意〟を固め、澄んだ眼差しでイルレアルタを見つめる。


 ヴァースの新たな意志はイルレアルタにもすぐに伝わり、意を汲んだシータは今度こそその弓をクリフナジェラへ……否、クリフナジェラを操るヴァースへと向けた。


『こい、つ……!? やっぱり、ぼくと一緒に……!? やめろ……やめろ、やめろぉぉぉぉぉおおおおおおおお――!!』


『エオインには、俺が必ず伝えよう……お前の弟子は、誰よりも立派な狩人になっていたとな……』


「僕も……あなたに会えて良かったです」


 その身に青い光をまとい、イルレアルタがその弓を掲げる。

 四つの水晶炉に膨大な光がほとばしり、それはやがて一つの閃光へと収束。

 千年続いた戦乱の元凶を討ち滅ぼすべく、イルレアルタとシータは、構えた弓の弦を静かに……力強く引き絞った。


「――今!」


 それはまさしく、闇を貫く星の光。


 放たれた最後の矢は、狙い違わずその先にある〝災厄だけ〟を射抜き、そのままどこまでも広がる夜の空へ。


 無数の光がまたたく、星々の海へと消えていった――。


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