進む者と止める者
「――来たか」
そこは、太古の闘技場にも似た円形の空間。
薄暗く、広大で、ところどころに用途不明の資材や、運搬用の木製重機が打ち捨てられている。
ラーディ達を後方に残し、帝国近衛の迎撃を突破したシータとリアンはそこで、もはや〝三度目となる宿敵〟との対峙に臨んでいた。
「コケー!」
「ガレスさん……」
「シータ・フェアガッハ……私がここにいる意味。今の君ならば、もはや語る必要もあるまい」
「よーう! 久しぶり……ってわけでもないか」
「当然、イルヴィア殿も一緒か……!」
クリフナジェラのある地下への第一層。
広場の中央には、漆黒と紅蓮の天契機――ガレスの乗るリーナスカースと、イルヴィアのドラグラーサが待っていた。
「僕にはもう、あなたと戦う理由はありません……! けど……あなたが僕達の邪魔をするなら、僕はあなたも倒します!」
「君にとって私は、育ての親であるエオイン殿を殺した仇のはず。その私に向かって戦う理由がないとは……本当に、立派になったな……」
「……っ?」
リーナスカースから聞こえるガレスの声に――明らかな〝優しさとぬくもり〟が込められた言葉に、シータは思わず戸惑いの吐息をもらす。
そう……この時、お互いが血の繋がった兄弟であることを知るのは、イルレアルタの記憶を手がかりに、ヴァースから直接その事実を告げられた〝ガレスのみ〟。
シータが知るソーリーンの情報には、ヴァースが捕えた三人の子供の血縁関係など、当然のことながら存在していなかった。
「だが……たとえ君に私と戦う理由がなくとも、私は剣皇陛下に仕える黒曜の騎士だ。いかなる理由があろうとも、君が陛下の理想を阻むというのなら――!」
瞬間。
立ち塞がるリーナスカースがその装甲を展開。
各部の甲冑が延伸されてより鋭角に。
頭部のマスクは展開され、どう猛な牙が露わに。
そして背面にはルーアトランの風の翼に似た装備が形成され、そこから全てを飲み込む〝影刃の渦〟を機体周囲に発生させた。
「来い、シータ・フェアガッハ! 剣皇陛下の理想は、我がリーナスカースの剣によって守り抜く!!」
「あの天契機にも、イルレアルタと同じ力があるのか!?」
「ガレスさん……! あなたがそのつもりなら――!!」
目の前で真の力を解放したリーナスカースに呼応し、シータもまたイルレアルタに覚醒を促す。
シータの想いを乗せた青い光の衣をまとい、即座に変形を完了したイルレアルタが疾風となってリーナスカースの死角へと飛翔する。
「リアンさんは――!」
「わかっている! こちらは私に任せて、シータ君は思う存分戦ってくれ!」
「そう心配するなって! 私だって、やることはお前と一緒なんだからさ!!」
光と影が中央で激突するのと同時。
一拍遅れて飛び出したルーアトランに、灼熱の炎と共にイルヴィアのドラグラーサが襲いかかる。
「絶対にあいつの邪魔はさせない……! お前だってそのつもりだろ!?」
「無論そのとおり! 前にも思ったが、やはり私達は気が合うようだ!!」
「へへ……! だったら、こっちはこっちできっちり決着つけるとしようぜ!!」
リアンとイルヴィア。
二人は先の連邦決戦の終盤、イルレアルタの暴走で動かなくなった機体から降り、〝実に平和的に〟互いの思いを語り合っていた。
イルヴィアにとって、ガレスが士官学校時代からの憧れだったこと。
リアンにとって、シータがかけがえのない戦友であること。
すでに互いの想いを知り、互いに片時も離れず戦ってきた相手が、どれだけ大切な存在であるかも理解している。だからこそ――!
「お前もあの子も、どっちもここでぶっ潰す!」
「同じだからこそ……私だって、負けるわけにはいかないのだ! いくぞ、ルーアトラン!」
迫り来るドラグラーサの戦斧と炎を、ルーアトランは紙一重でかわし、流麗な剣さばきで受け流す。
そのたびに戦場が震え、互いの刃が交わる度に重苦しい地響きが広大な空間に轟き、巨大な足によって眼下の資材が次々と粉砕される。
「退け、シータ! 今ここで引き返せば、私もこれ以上君を追うことはしない!」
「嫌です! 僕に逃げろなんて……どうしてそんなことを言うんですか!? 僕は、僕の意志でここにいるんです!!」
「ならば――!」
一方、互いに起源種の力を開放した影と光の戦いは目にも止まらぬ高速戦の様相。
普段は攻撃のみに用いられるエネルギーが凄まじい推進力に転化され、イルレアルタの青とリーナスカースの黒が流星のように戦場の四方へと散り、また交わって弾け飛ぶ。
「君の意志に力を与える、その機体を砕くまで!!」
「コケコケ!?」
「影が……!?」
刹那、リーナスカースの周囲に渦巻く影が無限に拡大。
ホールに点在する資材や機材を跡形もなく飲み込んで粉砕。
やがてそれはイルレアルタの周囲から全ての光を奪い、一筋の光すら射さぬ確殺の領域で押し潰そうと迫る。
「さあどうする! もはや逃げ場はないぞ!」
「それなら――!」
だがしかし、それを見たシータは即座に反応。
操縦桿を引くと同時、指先に備えられたトリガーを小刻みに操作。
一瞬でイルレアルタの弓に膨大な光を集めると、迫るリーナスカースの影牢めがけて射撃。
放たれた閃光は渦巻く力の奔流となって奔り、かつては砕けなかった漆黒の影を微塵に穿ち抜く。だが――。
「ここだ――! 断ち斬るぞ、リーナスカース!!」
「コケ!?」
「っ!」
だが漆黒の影を抜けた先には、その力を限界まで収束させた影刃を構えるリーナスカースがいた。
ガレスはシータが当然影を撃ち抜くと読み、破壊された一角への一撃に全てをかけていたのだ。
「終わりだ、星砕き!」
「まだ――!!」
それはタイミング、威力共に完璧な一撃。
射撃による相殺も、たった今撃ち終わったばかりのイルレアルタでは不可能。
しかしシータは目を逸らさず、振り下ろされた影刃をまっすぐに見据え、同時に機体に備わる全ての操縦系統を使ってイルレアルタの機動を完全に制御する。
「躱すだと……!?」
「はぁああああああああ――!!」
その機動はまさに絶技。
シータの意志を受けたイルレアルタは、かすることすら許されない影の刃を薄皮一枚の回避で逸らす。
そして同時に身に纏う燐光を削り取られながら、リーナスカースの死角へと回り込んですら見せたのだ。
「終わりです――!!」
全ての力を注ぎ込んだ渾身の一撃を回避され、隙をさらすリーナスカースと、極限の機動で勝機をたぐり寄せたイルレアルタ。
明暗分かれた二機が戦場で交錯し、リーナスカースの背面へと飛んだシータは、横飛びの体勢でイルレアルタの矢に閃光の矢をつがえた。だが――。
『やれやれ……歳は取りたくないものだね。こっちはまだシータになにも伝えてないっていうのに。けどね――!!』
「お師匠……っ!?」
決着かと思われたその瞬間。
シータの意識に、かつて……あの始まりの夜に確かに耳にした、今は亡き師の声が聞こえた――。