表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

召喚勇者の置き土産

作者: 駄々菓子

この小説はフィクションです。

「見事だ……異世界の……勇者よ……」


魔王は袈裟斬りにされた胸部を押さえ、紫色の血を流しながら玉座にどかりと座った。


「人間と……戦い……続けて……100万年……まさか……倒される……日が……来ようとは……」


目の前に立つ勇者の右手には聖剣が。左手には勇者がスキル〈コピー〉で作り出した聖剣が握られていた。


この日、長きに渡り異世界を暴力と恐怖で支配してきた魔王が、人間の勇者に討ち取られた。


「約束だ……貴様の望み……なんでも一つ……叶えてやろう……」


もう息も絶え絶えな魔王が勇者を見つめる。


「油断をしてはいけません。勇者様」


勇者の背後で杖を構える聖女。


「そうよ。不意打ちがこいつの常套手段なんだから」


聖女の隣で弓を引く女エルフ。


「勇者殿。早くこいつの息の根を止めるんだ」


そのエルフの隣で剣を構える姫騎士。


三人とも勇者の魔王討伐に同行した戦士である。


「いや、待て」


勇者が手を挙げて臨戦態勢の三人を制する。


「魔王。なんでも一つ願いを叶えてくれるというのは本当なのか?」


勇者は静かに二本の聖剣を鞘に納めた。


「やめろ! 勇者殿!! 魔王の言葉に耳を傾けるな!!」


姫騎士が叫ぶ。


「ああ……なんでも……だ……吾輩の……命に代えても……叶えてやろう……」


「勇者君!! しっかりして!!」


女エルフが魔王に向けて弓を引く。


「勇者様!!」


聖女が涙ながらに叫ぶ。


「みんな」


勇者は振り返り、三人を見つめる。


「俺がこの世界に勇者として呼び出されて10年。当時まだ20歳だった俺は突然の出来事に困惑して荒れていた。でも、君たちが俺を温かく迎え入れてくれたから、俺はここまでやってこれたんだ」


「勇者様……」


「俺は君たちに、そしてこの世界に感謝している。俺の旅の目的は魔王の死体でゲートを開き、元の世界に帰ることだった。勿論、それは今も変わらない」


「勇者君……」


「だけど、俺はこの世界に、俺を支えてくれたみんなに恩返しをしてから帰りたい」


「勇者殿……」


勇者は再び魔王と向き合う。


「魔王を倒しても、魔王がこの世界に残した被害の爪痕はこの先も人々を苦しめるだろう。復興にも時間がかかるはずだ。10年、20年、いや、魔力汚染の度合いが酷ければ100年、200年とかかるかもしれない」


そして勇者は魔王の頭に手をかざす。


「だから俺は、この世界の人たちが少しでも早く元の生活に戻せるよう、少しだけお手伝いをしたいんだ」


「〈コピー:対象[魔王]〉」


勇者がそう唱えると、魔王の身体が光り、魔王のコピーが生み出された。


「「……っくっくっくっくっ……はっはっはっはっはっは!!!!!!」」


二体の魔王が高笑いをする。


「まさか吾輩をコピーして願いを二つに増やすとは!」


「流石は吾輩を倒した勇者!! やはり貴様は恐ろしい奴よのぉ!!」


死にかけの身体から笑い声を絞り出し、勇者を称賛する魔王。


「「さあ!! 貴様の願い!! 申して見せよ!!」」


「俺の願いは……」


勇者は息を大きく吸い込んだ。












「飲めば千里眼のスキルを10秒だけ使えるようになるポーションのレシピを世界中にばら撒いてくれ」










「……そうか」


そう言うとコピー魔王は光の粒となって四方八方へ飛んで行った。


その光の粒の一部が勇者の手に集まり、一枚の紙になる。


「これが、千里眼ポーションのレシピ……」


勇者は振り返り、聖女の手を取った。


「これがあれば誰もが千里眼を10秒だけ使えるようになる。10秒だけだが、この世界のどんな場所も、過去も、未来も、全て見れるようになる。これで復興、いや、この世界の文明は飛躍的に発展するはずだ!!」


「勇者様……」


「勇者君……」


「勇者殿……」


「これからは今までバラバラだったみんなで力を合わせて、支え合って、この世界を良くしていくんだ」


「……そこに勇者様はいないんですか?」


ぽつりと聖女が言葉を洩らした。


「……ああ。俺はこの世界の住人じゃない。それに俺は少し有名になりすぎた。俺はもうこの世界に1秒でも長くいちゃいけないんだ」


「そんな! 異世界から来たとかそんなの関係ないよ!!」


「勇者殿は私たちの仲間ではないか!! それにこの世界に勇者殿を嫌う奴などいない!!」


勇者は寂しそうに鼻でため息をつき、聖女にポーションのレシピを手渡す。


「俺のいた世界にも俺のような、いや、俺なんかよりもっとすごい、”救世主”とまで呼ばれる人間が5000年くらい前にいたんだ。人々はその救世主を教祖として宗教を興した。最初は順調だったんだろう。でも時代が変わるにつれてその救世主を実際に見た人間、救世主の言葉を実際に聞いた人間はいなくなり、宗教画と経典だけが残り、その宗教画と経典も書き写す度に少しずつ内容が変わっていき、異宗教の勢力と戦争を起こし、その信者を迫害し、同じ宗教の中でも宗派ごとに小競り合いを起こした。5000年経った今では本人に似ているかどうかも分からない歪んだ宗教画と、本人が本当に言ったかどうかも分からない歪んだ経典と、それらをまっすぐに信じてやまない信者しか宗教には残っていない」


勇者が聖女の手を優しく包み、レシピを握らせる。


「そんな未来が俺は嫌なんだ。せっかく戦いが終わったのに、やっと平和が訪れたのに、なん100年も後に、俺が原因で、今度は仲間同士で争うだなんて、そんなの俺は耐えられない」


聖女が勇者の手を掴もうとするが、勇者はスッと聖女から離れ、浮遊した。


「だから三人にお願いだ。これから先、俺のことをみんなから聞かれたらこう言ってくれ。『あいつは魔王の手先だった。魔王戦で正体を暴いて魔王ともども葬り去っていなければこの世界は消滅していた』と」


「そんなッッ!!」


「無理だよ……そんなのッッ」


「あんまりだッッ……」


大粒の涙を流す三人。


「そして代わりに君たちがそれぞれ宗教を興すんだ。そして三つの宗教で世界の均衡を保つんだ。それでしか宗教戦争を最小限に抑えられない」


「でもっ……でもッッ!!」


「ったく……君たちは本当に優しいな」


そう言うと勇者は三人の前に飛んでいき、それぞれに熱い口づけをする。


目を閉じ、頬を赤らめ、勇者の首に両腕をまわす姫騎士。


大粒の涙を流しながらも勇者を抱きしめる女エルフ。


そして目じりに涙を溜め、背伸びをしながら勇者の頬を両手でなぞる聖女。


やがて別れの口づけは終わり、勇者は三人を見つめる。


「……この世界を……頼んだ……」


「……わかりました」


「ま、まあ? 私に任せれば万事解決よっ!」


「その願い、(しか)(うけたまわ)った」


「……ありがとう……みんな……本当に……今まで……ありがとう……」


勇者は三人に背を向け、魔王に願いを告げた。


「さあ魔王! 俺を元の世界に帰してくれ!!」


「……そうか」


魔王はそう言うと光の粒になり、粒は集結して一つの大きな鉄扉となった。


「この扉の先は貴様の元いた世界である。向こうの世界では貴様がこの世界に来てから1秒しか経過しておらん。更に!! 世界の修正能力で貴様はこの世界に来る直前の肉体に逆戻りする!! ただし!! この扉に入れば最後、貴様は二度とこの世界には戻れん!!」


「……」


「どうした? 酷い顔をしておるぞ?」


「……」


勇者は何も言わずに鉄扉を開け、その向こう側へ消えていった。


鉄扉はまた光の粒となり、ひとつ残らず消えていった。


「終わったのですね……何もかも……」


「世界が……平和になったんだわ……」


「いや……私たちのやるべきことはこれからだ」


三人はいつの間にか昇り始めていた朝日を浴びながら、手に入れた平和を噛み締めていた。
















あれから100年。












異世界は滅亡の一途を辿っていた。
















魔王が討たれた日からの10年は良かった。


人々は千里眼ポーションで全世界の人々と筆談をし、過去を見て地下資源が埋まっている場所を当て、未来を見て進んだ技術を用い復興に勤しんだ。


千里眼が使えるのは10秒だけなため断片的な過去や未来しか見られないが、人々はそれで十分であった。


たった10年。


10年で世界は元通りになった。


元通りになった後の20年は繁栄の20年であった。


魔王がいたころの世界人口はたった1億人であったが、それが100億人にまで増えた。


多くの仕事はロボットに助けられ、人々の生活は物質的に豊かになった。


更に、遺伝子操作や万能細胞の研究が進み、優秀な人造人間を工場で生産するようになった。


これが繁栄の20年の終盤の出来事であり、このできごとをきっかけに人々の倫理のタガは外れた。


狂乱の30年。


人々は戦争を始めた。


戦争が起こる未来は未来視で誰もが見ていた。


だが、誰も未来を変えようとはしなかった。


様々な争いが鎖のように関連し合い、世界各地で連続して発生した。


三つ巴の泥沼宗教戦争、人種戦争、政治・経済の違いが招いた戦争……。


そのどれもが食料争奪戦争のきっかけに過ぎなかった。


森を切り開きすぎてしまったせいで、海を漁りすぎてしまったせいで、動物を捕りすぎたせいで、急速な工業の発達によって自然を汚し過ぎたせいで、肥大化した社会を支えられるだけの食料と水を賄えなくなってしまったのだ。


人々は魔王討伐戦争で使われたものとは比較にならない威力の魔法や兵器を発明し、それを人に対して使用した。


一夜にして世界からランダムに一億人が行方不明になる魔法。


理論上、空気と水と太陽光さえあれば半永久的に増殖する動物型移動式クレイモア地雷。


対象の人間を数㎞離れた場所から気づかないうちに爆弾にする魔法。


宇宙を漂う小惑星の軌道を変えて任意の場所に落下させるロケット兵器


残虐な魔法や兵器は人々を虫けらのように殺して殺した。


が、狂乱の30年が終わる頃には世界人口は200億人を超えていた。


兵士にするための人造人間が大量生産されたからだ。


実際、上記の恐ろしい魔法や兵器で殺されたのもほとんどは人造人間であった。


人類は人間をいとも容易く改造、生産できるようになっていた。


そして人造人間は食料を与えて長期使用するよりも短期で使い捨てるほうが食糧も浮いてコスパがいいということになり、食糧問題も一先ず解決した。


では、何故人類は、異世界は滅んだのか。


病の40年。


人造人間にのみ感染するウイルスが人工的に作られ、無人機によって世界中にばら撒かれ、99.9%の人造人間が死亡。


社会は完全に機能しなくなり、それが原因で死亡した人間は戦死した人間を遥かに上回った。


戦争はやめざるを得なくなった。


更に、狂乱の30年初頭から見えづらくなっていた未来の技術が完全に見えなくなった。


それまで人類は本来なら未来で開発・発明されていた筈の技術をただ前借りするだけで、学術的にその技術を発展させることはしてこなかった。


そのため人類は、借りてきた技術や発明が生み出される未来を本来なら辿る筈だったのだが、学問とそれを行使する人材がその未来に至るに足りるレベルに達しなかったため、その未来のルートが完全に閉ざされてしまったのだ。


過去の道筋は一本だが、未来は可能性の数だけルートが存在し、千里眼はそのルートの中から一番実現する可能性が高いものを見せてくれる。


だから、努力次第で見える未来は変えることができる。


しかし、人々は共通して滅亡の未来を見て、それを逃れようのない運命だと確信し受け入れてしまった。


社会全体が憂鬱な病にかかってしまったのだ。


いつか必ず訪れる終末を実感してしまったが故の絶望。


それが人々の閉塞感を生み、戦争によって生じた不景気により出産率は低下。


ウイルスのワクチンが作れず人造人間の生産も停止され、人口増加率は右肩下がりに、人口減少率は右肩上がりになった。


誰もが死刑の執行日を待つ囚人のような顔で病の40年を過ごした。


そして魔王討伐から100年。


世界人口は1000にまで減少。


人々の文明レベルは復興前にまで戻り、氷河期の到来で食料調達もままならない状況。


更に、戦争によって残された稼働中の兵器や環境汚染などの負の遺産が残された人類に牙をむく。


異世界各地に点在する集落がこの先繁栄することはない。


ポーションを手放せない彼らは滅亡のヴィジョンと共に絶滅を待つことしかできないのである。















「……ありがとう……みんな……本当に……今まで……ありがとう……」


勇者は三人に背を向け、魔王に願いを告げた。


「さあ魔王! 俺を元の世界に帰してくれ!!」


「……そうか」


魔王はそう言うと光の粒になり、粒は集結して一つの大きな鉄扉となった。


「この扉の先は貴様の元いた世界である。向こうの世界では貴様がこの世界に来てから1秒しか経過しておらん。更に!! 世界の修正能力で貴様はこの世界に来る直前の肉体に逆戻りする!! ただし!! この扉に入れば最後、貴様は二度とこの世界には戻れん!!」


「……」


「どうした? 酷い顔をしておるぞ?」


「……」










勇者の口角はUの字に歪んでおり、その目は細く嬉しそうに引き絞られてた。











魔王は最初から気づいていた。


勇者がこの世界を呪わんとするほど憎み恨み怒っていたことを。


勝手に呼んでおいていきなり世界を救うなどという重荷を与え、本当に元の世界に帰してくれるかすらわからない。


そんないい加減な王に、教会に、人々に、勇者は並々ならぬ殺意を抱いていた。


が、それを一切表に出さずに彼はこれまで勇者を演じてきた。


全ては致命的な一撃を与えるため。


自分を誘拐した者たちに最大級の仕返しをするため。


そして、それがようやく実現したのだ。


千里眼、もとい未来視のポーションがもたらす未来など破滅一択。


なぜなら、この世界の人間はどんなに些細でもネガティブなことに目が行くよう進化してきたから。


だから、彼らは自ずと破滅の未来を意識してしまい、破滅を呼び寄せ、実現させてしまう。


そんな現象を引き起こす未来視を全世界の人間が手に入れたのだ。


人類滅亡は確定したも同然。


何故10年間耐えに耐え忍んできた勇者が無表情でいられよう。


魔王は勇者の胸の内を酌み、あえて黙っていた。


そして、消滅する間際まで魔王は世界がどう滅亡するのか妄想に耽ったという。
















勇者は何も言わずに鉄扉を開け、その向こう側へ消えていった。


鉄扉はまた光の粒となり、ひとつ残らず消えていった。

もしかしたら滅亡後の氷河世界で文明を再興しようとする少年の極寒冒険譚を書くかも。です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ