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見習い魔女と新しい友達

 冬の始まりの月曜日、よく晴れた昼ごろ。学生服を着たひとりの少女が、悲痛な顔でファミル私設図書館の入り口に立っていた。

 友人のエミールから教えられたこの場所に来てみたはいいものの、彼女はある理由から建物の扉を開けられずにいる。


「幽霊の職員がいます……ご了承ください……?」


 流れるような筆跡で書かれた、扉横の椅子にぽつんと置かれた看板。彼女の視線はそこに釘付けになっていた。彼女は先ほどから、一歩踏み出そうとしてはその一歩を引っ込めるといった不審な動きを繰り返している。


「だめ、だめ……。私は魔女になるんだから。幽霊さんとのお付き合いも、大事なことなんだから……」


 独り言を口にしながら不思議な動きを繰り返すこの少女。背はすらりと高く、灰色がかった長い髪の毛を肩口のあたりでふたつにまとめ、魔術学生の証であるドーム型の飾り帽をちょこんと頭に乗せている。一見すれば清らかで知的な印象を抱かせる雰囲気の持ち主だが、今や青ざめた顔と泣きそうな表情で、そのすべてが台無しになっていた。


 この少女--見習い魔女リリーメイは、幽霊が大の苦手であった。

 正確には、幼い頃に見た演劇の影響で怖くなってしまったのだが。


 しかし彼女は魔術学院、すなわち魔法使いや魔女を育てる専門学校の最上級生であり、決してそういうものから縁遠い人間ではなかった。授業で幽霊について教わったこともあるし、そもそも彼女の通う学校には血色の良い幽霊が住んでいる。まあ、彼女は相手の血色の良さゆえに、その人物が幽霊であることに何年か気づかなかったのだが。


「知っている幽霊さんはもういいのよ、でも知らない幽霊さんは……ああ、大丈夫かなあ……」


 公共の場である図書館に勤めている以上は悪い幽霊であるはずはないとか、いやでも知らない幽霊はちょっと、とか、とにかく彼女は、さきほどから同じところをぐるぐるぐるぐるとしている。それは彼女の細長い脚も、彼女の思考も、どちらもだ。どうしようか、やはり帰ろうか、でも友人に紹介してもらった手前……といくつものことを気にしている彼女の背中に、にわかに鋭い声が投げかけられた。


「ちょっと!」


 ふいに斜め下から響いた声に、リリーメイは肩を大きく跳ねさせた。


「ねえ、あなたここに入るの? 入らないの?」

「は、はい! ごめんなさい! 幽霊さん!? 許して許して許して!」


 まさか例の幽霊かと、彼女は顔を真っ青にして涙ぐみながら周囲を見回す。

 するとちょうど彼女の後方に、他校の学生服を着た小柄な少女が仁王立ちをしているのが見えた。年の頃はだいたいリリーメイと同じ、十代後半といったところだろう。彼女はふんわりとした癖毛を頭の左右で高めに結っている、どこか小動物のような人物だった。少女は意思の強そうな大きな目をくりくりと動かして、リリーメイの頭のてっぺんからつま先までをまじまじと観察していた。女性としては長身であるリリーメイと小柄な少女にはそれなりの身長差があり、彼女からはこの見知らぬ少女のつむじがよく見えていた。


 リリーメイはこの少女の足が地に着いており、さらに全身が透けていないことを確認すると、ほっと胸をなで下ろした。


「あ、よかった、生きてるヒト……」

「なによあなた、いきなり失礼ね」

「ごめんなさい……」


 少女は背中を丸めて謝るリリーメイの服装を見ると怪訝そうに首をかしげた。


「あなた、魔女なんでしょ? それなのに幽霊が怖いの?」

「はい……面目ないです……」


 初対面でいきなりずけずけと突っ込んでくるこの少女もそれなりに失礼だなと思わないことはなかったが、リリーメイは素直に答えた。なにせ、この少女の言うことはまったくもって正解であり、反論の余地がどこにもなかったからだ。


 少女はなるほどね、とつぶやくと、少しだけ表情をやわらげてリリーメイの肩をばしばしと叩いた。どうやら彼女なりに励ましてくれているらしい。あるいは、自分のあまりのびびりっぷりに同情されているのか……そんなことを思うと情けなくなったが、見習い魔女は余計なことを考えるのをやめた。


 少女はちょっと困り顔のまま、リリーメイの顔をまっすぐに見ながら話を続ける。


「ま、まあ、アスタは……ここの幽霊は、血色が良いし性格も明るいから大丈夫よ。ちょっと透けてるけど」

「ちょっと透けてるんですか!?」

「そ、そりゃ幽霊なんだから透けてることくらいあるわよ!」


 透けていると聞いて、再びリリーメイの目元に涙が溜まった。小柄な少女はやや慌てた様子を見せながら、リリーメイの大声につられたようにやや荒っぽく言い放った。


「そ、そもそもこの街で幽霊なんて珍しくないでしょう! あなた今までどうやって生きてきたのよ!」

「うっ!?」


 少女の鋭い指摘に、リリーメイは胸を押さえてよろけた。彼女は上着のポケットから薄紅色のハンカチを取り出すと、慣れた手つきで目元を拭いながら話し出した。そう、この気弱な見習い魔女はよく泣くのだ。ちなみに彼女の相手をしている小柄な少女は、やや呆れが入った様子で事態を静観している。


「それは……一生懸命、意識しないようにがんばってきたんです……。ああその、一回顔見知りになってしまえば平気なんですよ。でもその、初対面のときだけはどうしても構えちゃって……」


 そう語りながらさめざめと泣く見習い魔女に、少女はややぎこちない表情で応じた。どうやら引いているようだ。少女は先ほどから『しまった』とか『逃げたい』とか小声でつぶやいている。もちろん、目の前のリリーメイに聞こえない程度のボリュームでだが。


 少女は頭をふるふると揺らすと、再び強気な光を目に宿してリリーメイに向き直った。とりあえず逃げることはやめたらしい。彼女はよく通る高い声で、まだ涙を拭っているリリーメイに言った。声ににじむ呆れの色を隠すことはできていなかったが、幸いにもリリーメイはそれに気づく様子がない。


「あなた、なんだか変な魔女ね……」


 リリーメイは、ほう、とため息をつく。少女の言葉は相変わらず正しく、またしても反論する理由がない。ただしここだけは訂正せねばと、彼女は涙声をこらえてはっきりと言った。


「本当にその通りだと思います……あと、私はまだ学生なので、すなわち魔女と言っても見習いの身でして、そこだけは留意していただけると助かります」


 少女はより深いため息をつく。彼女の顔は、このおかしな魔女にすっかり呆れかえっていた。


「はあ? 泣き虫のくせに注文が細かいわねえ。あなた……ええと、名前は?」

「リリーメイです。魔術学院の六年生です。周りの人からはリリィって呼ばれてます」

「そ。あたしはクルリナ。美術学院の五年生。ここには自習のためによく来るから、えーっと、よかったらここの幽霊、紹介してあげるわよ」


 クルリナと名乗った少女は、吐き捨てるように言うと照れくさそうに視線を逸らした。


「ほ、ほんとですか!? 助かります!」


 一方でクルリナの提案を聞いたリリーメイは、涙をすっかり引っ込めて熱烈に彼女の手を取った。しかしそのわずか一瞬後、リリーメイは不思議そうに首を傾げた。


「でも、どうして初対面の私に、そこまで……?」

「ええと」


 クルリナは、照れた表情のまま、視線をわずかにリリーメイに向けた。


「その、ここで泣かれると気分が悪いっていうか、困ってる人を放置するのはあたしの趣味じゃないっていうか……あたしと一緒なら、その、泣き虫のあなたでも怖くない、でしょ?」

「!!」


 クルリナの言葉を聞いたリリーメイは、そのまま劇的な動作で彼女の小さな身体を抱きしめたのだった。


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