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7 アンジェリカ王女殿下

(・・・・・遊んでたら遅くなっちゃった!)



私は子供たちと遊んだ後、走って王宮へと戻っていた。本当は美しい夕焼けを見ながらゆっくり帰りたかったが、そうしなければならない理由があった。



(ハァ・・・また何か言われるんだろうなぁ・・・)



私は走りながら心の中でため息をついた。



子供たちと遊んでいた時間は特に授業など無かったが、あまり長居しすぎるのはいけない。教会に行った次の日になると誰からその話を聞いたのか、侍女や講師たちに口うるさくそのことを咎められるからだ。きっと私が今日教会へ行ったことも既に知れ渡っているだろう。



正直、それが無ければ空いている時間全てを教会で過ごしたいものである。だけど今の私にはそれすらも許されなかった。講師たちが何故そのようなことを言って私の自由を奪うのかは分からないが、逆らっても面倒なことになるだけなので出来るだけ従うしかない。



(聖女としての活動はしてるんだから、空き時間くらい好きにさせてくれたっていいじゃない!)



私は心の中で講師たちへの不満を漏らしながらも王宮への道を急いでいた。馬車で行くのであればすぐに着く距離だが、私はそういう王侯貴族特有の物があまり好きではないのでいつも徒歩で行っている。王宮での暮らしには三年経った今でもまだ慣れない。



だから貴族たちから嫌われているのかもしれない。王宮で暮らしているにもかかわらず、いつまでも平民のような生活をしているから。



「!」



私はそこでハッとなって一旦考えるのをやめた。



(そんなことより、急がないとまた面倒なことになるわ・・・!)



そう思いながら、必死で走り続けた。








◇◆◇◆◇◆






それからしばらくして、ようやく王宮に辿り着いた。



「ハァ・・・ハァ・・・」



私は元々村に住んでいた頃から体力はかなりある方だ。それに加えて王宮に上がってからは聖女としての過酷なスケジュールもこなしていたため、さらに体力が付いた。



(女のくせにと悪く言われることもあったけれど、こういうときばかりは自分のスペックに感謝しないとね!)



私はそう思いながらも息を整えて王宮へと入った。幸い、周りには誰も人がいなかった。私はひとまずそのことに安堵した。



そして、全速力で走ったことにより乱れた服を整え何事もなかったかのように自室までの道を歩く。教会から帰った後はいつもこんな感じだ。



私は王宮の廊下を歩きながら心の中で祈った。



(どうか誰とも会いませんように・・・)



しかし、そんな私の願いも虚しく私は今最も会いたくない人物と出くわしてしまうこととなる。






「―あら、聖女様ではありませんか」



「・・・!」



廊下を歩いていた私の耳に入ってきたのは鈴を転がすような声だった。聴く人を穏やかな気持ちにさせる、美しい声。



(まさか・・・)



私はその声に聞き覚えがあった。それは、その声の張本人が私のよく知っている人物であるからだ。私の頭の中に忘れたくても忘れられない辛い記憶が蘇ってくる。決して忘れることの出来ない辛い記憶。それは一瞬にして私の心を蝕んでいった。



私はそのままおそるおそる後ろを振り返った。



そこにいたのは―



「アンジェリカ・・・王女殿下・・・」



王国唯一の姫であり、私から婚約者を奪った相手でもあるアンジェリカ王女殿下だった。



(どうして王女殿下が私に話しかけてくるの・・・?)



今までは王宮の廊下ですれ違っても素通りだった。王女殿下は私が挨拶をしようとしてもそのまま通り過ぎて行くのだ。まるで、平民の聖女など相手にする価値も無いと言ったかのように。それなのに何故今日に限って話しかけてきたのだろうか。私は突然話しかけてきた彼女の意図が分からなかった。



(・・・ただの気まぐれかしら?)



そう思いながらも私は王女殿下に挨拶をした。



「―お久しぶりでございます、王女殿下」



私はそう言いながら王宮で学んだ通りにカーテシーをする。洗練された貴族令嬢に比べればまだまだなのだろうが、これでもかなり上達した方だ。



しかし、王女殿下はそんな私の挨拶には特にこれといった反応を示さなかった。



彼女はカツカツとヒールの音を鳴らしながら私に近付いて言った。



「今日は随分と質素な服を着ていらっしゃるのですね、聖女様」



「あ・・・これは・・・」



そこで私は自分が平民だった頃に着ていたワンピースを着用していたことに気が付いた。とてもじゃないが今の私の服装は煌びやかな王宮には似つかわしくない。自分でもそのことは分かっていた。



言葉に詰まってしまった私に王女殿下はクスクスと笑った。



「でも聖女様にとってもお似合いですわ。聖女様はここに来る前はそのような服を着て過ごしていらっしゃったのでしょう?」



とても美しい笑みではあるが、どこか私のことを馬鹿にしているように見えるのは気のせいだろうか。



「え、ええ・・・まぁ・・・」



私は苦笑いを浮かべながら言葉を返した。



私は元々平民で、貴族たちが使う言葉に関してはあまり詳しくない。しかし、物凄い嫌味を言われているということだけは何となく分かった。



(・・・私のことが相当嫌いみたいね)



そのことに気付くまで、そう時間はかからなかった。



しかし何故彼女が私を嫌うのかが分からない。王女殿下の愛するアレックスからはもう身を引いたというのに何がそんなに不満なのだろうか。それに私はそもそも嫌われるほど王女殿下と関わった覚えもない。私にとってはそのことがどうしても理解出来なかった。



(そうならそうで今までのように無視してくれたらよかったのに・・・)



いない者として扱うならともかく、いちいち攻撃してくるとは。



私はそう思いながらもふと目の前にいる王女殿下をじっと眺めてみる。



「・・・」



ゆるくウェーブのかかった金髪はキラキラと光り輝いていて、この国には珍しい赤い瞳は宝石のように美しい。まさに「絶世の美女」という呼び名に相応しい人物だ。そんな王女殿下は自身の瞳の色と同じ赤いドレスを着用している。それがさらに彼女の美しさを引き立たせていた。



(・・・・・・綺麗だわ)



私は彼女をしっかりと近くで見てそう思わざるを得なかった。私は王女殿下のことがあまり得意ではないが、そんな私でも無意識にそう思ってしまうのだから。それほどに王女殿下は美しい。



アンジェリカ王女殿下は今は亡き側妃のアンジェラ様に瓜二つだと聞く。



(それなら、側妃様もきっと物凄く綺麗な人だったんだろうなぁ・・・)



私は側妃様には会ったことが無いし顔を見たことも無い。しかし、当時貴族たちの通う学園で現国王陛下を含む高位貴族の令息を何人も篭絡したと聞く。最初それを聞いたときはそんなことが本当にありえるのかと思ったが、王女殿下ほど美しいのであれば納得だ。私も王宮に来るまでは彼女ほど美しい人を見たことがなかったから。



(王太子殿下も類稀なる美貌を持ち合わせてはいるけれど・・・)



何故この国の王族はこんなにも顔が良いのだろう。どれほど前世で徳を積んだらこのように全てを持ち合わせて生まれてくるのだろうか。



私がそんなことを考えていると、王女殿下が笑みを浮かべながら私に話しかけた。



「聖女様、アレックス様から聞きましたわ。婚約を解消したんですってね、それも聖女様の方から」



「・・・!」



私はその言葉にドキリとした。しかし、王女殿下に動揺しているところを見せるわけにはいかない。そのため、私は一旦心を落ち着かせて頭の中で状況を整理した。



(そうよね・・・アレックスと王女殿下は繋がりがあるから・・・婚約解消のことが王女殿下の耳に入っていてもおかしくはない・・・)



私は目の前で不敵に笑う王女殿下をじっと見つめた。



その笑みは人の婚約者を奪ったという優越感から来るものだろうか。何だかとても恐ろしいもののように感じた。



「・・・心変わりすることは誰にだってありますから。もう気にしていません」



「・・・へぇ、本当に?」



王女殿下はそう言った私を嘲笑うかのようにそう口にした。



(・・・・・・何が目的なの?)



それではまるで私がアレックスに振られて落ち込んでいることを望んでいるようではないか。私は王女殿下がそのようなことを口にする理由が分からなかった。彼女はアレックスを愛しているのではなかったのか。だから私は、王女殿下とアレックスが本当に愛し合っているのならばと彼から身を引いたのだ。それなのに・・・



(どうして、そんなことを言うの?)



私は心の中で王女殿下に対する疑問を抱いたものの、平然を装って答えた。



「ええ、どうやらアンジェリカ王女殿下の美しさにアレックスもメロメロのようです。想い合っている二人を引き裂く悪役はさっさと退場しなければいけないでしょう?」



「・・・」



私がハッキリとそう言うと王女殿下は面白くないとでもいうように真顔になった。そのときの彼女の瞳には何も映っておらず、私の言葉に対して何を思っているのか全く想像もつかなかった。



それから少しして、王女殿下はハァとため息を吐いた後に口を開いた。



「まぁ良いわ。その強がりがいつまで続くか見物ですわね」



彼女はそれだけ言うと後ろにいた侍女を引き連れて私の横をさっさと通り過ぎて行った。




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