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66 プロポーズ

ダグラス公子と別れた後、私は陛下に連れられて会場の外を歩いていた。



「陛下、どちらへ行かれるのですか?」



「人が居ないところに・・・」



行き先を聞いても陛下はそれしか答えてくれなかった。しばらくの間私たちは手を繋いで夜の道を歩いていた。ふと空に目をやると―



(あ、月が綺麗・・・)



ちょうど月が出ていた。幻想的な紫色のその月は、まるで陛下の美しい瞳を見ているようだった。陛下の瞳の色によく似ているからか、その月から目が離せなくなる。



雲の隙間から姿を現わしている月を見てそんなことを思っていたそのとき、陛下が突然振り返って私の前で跪いた。



「え!?陛下!?」



彼の突然の行動に驚いた。一国の王が跪くなどそんなことあってはならないからだ。しかし陛下はそんなこと気にもしていないようだった。



「ソフィア」



「は、はい・・・」



彼は私の手を握ったまま真剣な眼差しで私を見上げた。



「私は、ずっと前から君のことが好きだった」



「陛下・・・!」



それから彼はポツリポツリと話し始めた。



「ダグラス公子からアンジェリカが君を殺そうとしているということを聞かされたとき、激しい怒りを覚えた。あんなにも心を乱されたのは久しぶりだった」



「い、いつから・・・」



私の問いに陛下は一度視線を下に向けた。



「・・・分からない。もしかしたら、最初に君が私の母のことを素敵な人だと言ってくれたそのときから私は君のことが好きだったのかもしれない」



「陛下・・・」



そこで陛下は再び私を見上げた。



「私はこの先の人生を君と共に歩んで行きたい。君が前に言ったように、嬉しいときにはその喜びを共に分かち合い、辛いときには傍に寄り添い、どんなときだって支え合って生きていく。私は君と、そんな関係になりたい」



「・・・!」



どこかで聞き覚えのある言葉だった。



(地下牢で私がアンジェリカ元王女に対して言ったあの言葉・・・)



まさか彼がそれを覚えていただなんて驚いた。



陛下はそこまで言うと跪いたまま私の手をギュッと握りしめた。彼の手の温もりが手袋の上から伝わってくる。



「ソフィア」



「・・・はい」



私が返事をすると、彼の紫眼が私を映した。私はこのとき、彼と二人だけの世界に入り込んでいるかのような感覚になった。そして彼は綺麗な形の唇をゆっくりと動かした。



「―私と結婚してください」



「・・・陛下」



(こ、これってプロポーズだよね!?)



先ほどから心臓がうるさいくらいに音を立てている。陛下からのプロポーズはもちろん嬉しかった。しかし、私にはどうしても気にかかることがあった。



「・・・陛下、本当に私で良いのですか?私は権力を持ち合わせているわけでも無いし、王となった陛下の後ろ盾になることも出来ません」



「歴代でも国のために聖女と結婚した王たちは何人かいるんだ。もっとも、私は国のために君と結婚するわけではないがな」



陛下はそう言ってこれ以上ないくらい優しく微笑んで私を見た。いくら見てもその優しすぎる顔だけは慣れない。



「ですが、貴族たちが何ておっしゃるか・・・」



「口うるさい貴族たちは力を使って黙らせるまでだ」



陛下がニヤリと口の端を上げて悪い顔をした。



「・・・陛下、口が悪いですね」



「私は元々冷酷で残忍な人間だからな」



「ふ・・・ふふ・・・自分でおっしゃるんですね・・・」



開き直ったような態度の彼に私はつい顔を綻ばせた。こんな風に冗談を言う人だったのか。いつも真面目な方だと思っていたから何だか意外だ。



クスリと笑みを浮かべる私を見た陛下は突然真剣な顔になって言った。



「ソフィア、君の本当の気持ちを教えてくれ」



「私の・・・本当の気持ち・・・」



「君は私のことが好きか?」



「私は・・・陛下のことが・・・」



長い間ずっと出せなかった答え。私は今その答えを出すことを彼に求められている。ふと疑問に思った。私は陛下に対してどのような感情を抱いてるのだろうか。



どんなときだって私を気にかけてくれた優しい人。思えば私は彼に何度も救われてきた。好きだったと彼に言われたとき、嬉しかった。それと同時に胸が高鳴った。そうだ、私はきっと彼のことが―



「・・・・・・はい、好き・・・です・・・」



その瞬間、私は突然立ち上がった陛下に手を引っ張られて力強く抱き締められた。



「へ、陛下!?」



「・・・すまない、嬉しくてつい無礼なことをしてしまった」



「い、いえ・・・」



陛下は落ち着きを取り戻した後、私を腕から解放して両肩に手を置いて私を真っ直ぐに見つめた。



「ソフィア、どうか私の手を取ってくれないか?君が私の元に来てくれるのなら私は側妃も愛妾もいらない。生涯君だけを愛し続ける」



「・・・陛下」



そう言いながら私を至近距離で見つめている陛下は深刻そうな顔をしていた。私の答えが早く聞きたくて仕方が無いと言ったような様子だ。彼のそんな様子を間近で見たからか、気付けば私の唇は自然に動いていた。



「・・・はい、分かりました」



「!」



そう言ったとき、陛下の顔が喜びで満たされた。こんなに嬉しそうな彼の顔は初めて見る。彼が嬉しそうで私も嬉しくなる。



(陛下、嬉しそう・・・)



そう思っていたのも束の間、陛下が私の肩を掴んだままグイッと引き寄せた。



「!!!」



再び彼の腕の中に閉じ込められたと思ったら、唇に柔らかいものが当たっていることに気が付く。



(・・・・・・・・・え)



目の前には陛下の美しい顔。



「!?!?!?」



どうやら私は陛下とキスをしているようだ。衝撃的すぎて目をぱちくりさせて彼を見つめた。



(え、待って待って待って何これ!?)



彼の突然の行動に私は身動きが取れなくなっていた。



それからしばらくして彼が唇を離してフッと微笑んだ。



「!」



その笑みが美しすぎて私は顔が真っ赤になった。恥ずかしくて彼の顔も見れない。



「も、もう!急にこんなことしないでください!」



「別に良いじゃないか。結婚前でもキスまでだったらしてもいいと聞いた」



一体誰からそんなことを聞いたのだろうか。まるで恋愛に興味の無さそうな殿下がそんなことを言うとは。



それから私はその場から逃げるようにして彼から背を向けた。



「もう会場に戻ります!」



「そうだな、私たちの結婚をすぐにでも貴族たちに知らせる必要があるからな」



「そういう意味で言ったんじゃありません!」



そんな私を見て陛下が声を上げて笑い始めた。私のことをからかっているようだ。



「も、もう・・・!」



「悪かったよ、ソフィア」



陛下はそう言って今度は私の額に軽くキスをした。



「!!!」



彼のその行動に私の顔はさらに赤くなった。



「さ、先に会場に戻っています!」



そう言って全速力で駆け出した私を、陛下が愛しいものを見るかのような目で見つめていたことに私が気付くことは無かった。




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