62 癒やしの力
「殿下、裁判が終わりました」
「ああ、ご苦労だった」
裁判の結果、元国王は死刑となった。死刑が確定した瞬間、元国王は法廷で泣き崩れたそうだ。
そして、アンジェリカ元王女に関しては生涯幽閉という形でこの一件は終わりを迎えた。何故死刑ではないのかというとアンジェリカ元王女の性格からして死刑よりも生涯幽閉の方がキツい罰になるだろうということでこのような決定が下ったそうだ。私もそう思う。
「・・・殿下」
「ソフィア」
「・・・」
私は無言で彼に近付いた。
「ソフィア、勇者アレックスのことだが・・・君は彼をどうしたい?」
「アレックス・・・」
そんな私に彼が尋ねた。
「私は、アレックスの件に関しては君に判断を委ねようと思っている。あの男に一番被害を受けたのは君だし、君が決めるのが最も良いだろう」
「殿下・・・ありがとうございます・・・私は・・・」
私は、アレックスをどうしたいのだろうか。きっと私が望むのならば彼に厳罰を科すことだって出来るだろう。だけど私は別にアレックスの不幸を願ってはいなかった。
たしかに私はアレックスに裏切られた。たくさん傷付けられたし、何度も泣いた。それでも―
「殿下、アレックスの勇者の地位を剥奪して二度と王都に入って来られないようにしてください」
冷酷に思うかもしれないが、私がこのような処罰に決めたはアレックスのためでもあった。あの舞踏会の一件でアレックスは完全に貴族たちから白い目で見られるようになった。大罪人アンジェリカの元婚約者であるということも含め、もう社交界に彼の居場所は無いも同然だった。このまま勇者としてここに居続けるよりかは、平民に戻ったほうが幸せに暮らせるだろう。そう思っての判断だった。
「・・・分かった、君の望む通りに事を進めよう」
王太子殿下はそう言ってニッコリと笑ってみせた。
このとき、私は殿下と二人で彼の執務室にいた。あの断罪劇から既に一週間ほど経っているが、私はそのほとんどの時間を彼と共に過ごすようになっていた。彼の隣は私にとっても居心地が良かった。
「・・・」
私は机の上の書類に目を通している殿下をじっと見つめた。
父親が死刑になったことを聞いた殿下は複雑な顔をしていた。気のせいか少し悲しそうにも見える。毒親だったとはいえ、元国王は血の繋がった実の父だ。良い気分ではないのだろう。
「大丈夫ですか?殿下」
「ああ、何とかな」
元国王が捕らえられてから彼は王太子の執務と王の執務の両方をこなしていた。
とても疲れているはずなのに、彼は一度も弱音を吐かなかった。今も私の前で淡々と執務をこなしている。目の下にはクマがあり、もうずっと寝れていないようだ。
(私が殿下の仕事を手伝えれば一番良いけれど・・・)
私は殿下の執務を手伝えるほどの頭を持ち合わせてはいない。何も出来ない自分に嫌気が差す。
「ハァ・・・」
殿下はため息を吐きながら額を手で押さえた。そんな殿下のことが心配になった私は彼に声をかけた。
「で、殿下・・・少し休憩されてはいかがですか?」
私のその声に殿下は顔をこちらに向けた。そして無理矢理笑顔を作ってみせた。
「ああ、大丈夫だ。まだまだやることがたくさんあるからな」
「そんな・・・」
殿下はそう言ったものの、彼が今浮かべた笑みは見ていられないほどだった。
(私に・・・私に何か出来ることは・・・)
私は頭をフル回転させて考えた。私はいつだって彼に救われてきた。だからこそ、今度は私が彼の力になりたかった。
(私は聖女・・・聖女は癒やしの力を持っている・・・・・・・・・あ、そうだ!)
そこであることを思いついた私は早速それを行動に移した。
「殿下!」
「ん・・・?」
私はその声に反応して顔を上げた殿下をギュッと両手で抱きしめた。
「!?」
突然の行動に殿下がビクリとした。私はそんな彼の様子に気付いていたが、とりあえず今は気にしないことにした。
「聖女の癒やしの力です!疲れよ、吹き飛べ!」
「ソフィア・・・」
最初はそれに困惑していた殿下だったが、次第に大人しくなりしばらくは私の腕の中でじっとしていた。私はそんな彼の耳元で囁いた。
「殿下が早く元気になりますように」
「・・・」
それから少しして、私はゆっくりと殿下から体を離した。殿下は私に抱きしめられている間ずっと黙り込んでいた。
(ちょ、ちょっと調子に乗りすぎたかな・・・?)
最近殿下が優しすぎてつい調子に乗ってしまった。もしかしたら私の無礼な行動を不快に思っているかもしれない。そう思いながらも、ゆっくりと彼の顔を覗き込むと―
「・・・ッ」
殿下の顔はこれ以上ないくらい真っ赤になっていた。頬はもちろん、耳まで真っ赤に染まっている。
「で、殿下・・・」
そんな顔をされると何だかこっちまで恥ずかしくなってくる。殿下につられるようにして私の顔も熱を帯びていく。
それから私たちはしばらくの間お互いに一言も喋ることなく、じっとしていた。恥ずかしくて何も言えなかった。
先に口を開いたのは未だに顔を赤くしている殿下だった。
「・・・ソフィア」
「は、はい・・・」
殿下は真っ赤になった顔で私を見つめてこう言った。
「この力は効き目が強すぎて危険だから、私以外の人間には使わないように」
「あ・・・はい・・・」
そう言った彼の顔は真剣そのもので、私は頷くことしか出来なかった。




