51 当日
そして舞踏会当日になった。
私は王太子殿下から贈られたドレスに袖を通し、彼が来るのを部屋で待っていた。今日は舞踏会なのでいつもは下ろしている長い銀髪を後ろで一纏めにし、宝石が埋め込まれた髪飾りを着けている。彼から贈られた髪飾りは驚くほど私の髪に映えた。鏡に映る自分を見て驚きを隠せなかったほどだ。本当にこれが私なのかと。
このとき、私は類稀なる美貌を持つ王太子殿下のパートナーとして舞踏会に参加するということでかなり緊張していた。実際に、さっきからずっと心臓はバクバクしたままだ。彼は優しい人だからきっと緊張している私に対して普段通りでいいよと微笑みながら言ってくれるだろう。そのことを想像してまた胸が高鳴った。
あの日から私はずっとこんな感じだった。気付けば王太子殿下のことばかり考えてしまっている。これから大事な舞踏会が開催されるというのになんて情けないのだろうか。
そう思いながらも私は部屋にあった時計をチラリと見て時間を確認した。
舞踏会が始まるまでもう二十分を切っている。そろそろ向かわなければまずいのではないか。
(殿下はいついらっしゃるんだろう・・・)
殿下からのメッセージカードにはいつ頃迎えに来てくれるのかは書いていなかった。
私はそう思いながらも部屋でじっと殿下を待ち続けた。時間に遅れてしまうかもしれないが、彼との約束を無下にするのだけはどうしても嫌だったから。それに私は殿下は絶対に迎えに来てくれると信じていた。
私のこの姿を見た殿下は何て言ってくれるだろうか。そのことだけが楽しみだった。
そんなことを考えていたそのとき、部屋の扉がノックされた。
―コンコン
「・・・?」
「聖女様、失礼致します」
部屋に入って来たのはいつもの侍女だった。
「どうかしましたか?」
もしかしたら王太子殿下に何かあったのだろうか。そう思うと途端に心臓が冷たくなった。
「―お客様がお見えです」
「あ・・・」
どうやら私の心配は杞憂だったようだ。ようやく殿下が迎えに来てくれたらしい。
私は彼に会いたくてすぐに部屋の外に出た。殿下に会うのは久しぶりだったからか、足取りは軽かった。今すぐ彼に会いたい。彼と会ってたくさん話したい。そう思い、外に出たものの―
「・・・・・・・・・・あれ?」
「・・・」
私を待っていたのは王太子殿下では無かった。殿下と同じで私のよく知る人物ではあったが。
「ダグラス公子様・・・?」
「・・・久しぶりだな、聖女」
何と、部屋の外にいたのはダグラス公子だった。侍女の言うお客様とはダグラス公子のことだったらしい。
(・・・どうしてダグラス公子がここに?)
今日の舞踏会には彼もまたダグラス公爵令息として参加するはずだ。こんなところにいていいのだろうか。私は疑問に思ってダグラス公子に尋ねた。
「公子様、どうしてここにいらっしゃるのですか?」
「・・・ああ、それは」
目の前のいるダグラス公子は何故だか随分と顔色が悪かった。私はそんな彼を見て不安になった。
(何かあったのかな?)
私はもう以前のようにダグラス公子に苦手意識を抱いてはいなかった。彼が根っからの悪ではないということはあの奉仕活動を通じて十分に分かりきっていたからだ。
顔色の悪い状態で私のところに来たということは、もしかすると体調が悪いのかもしれない。そう思うと、とてもじゃないが彼のことを放っておけなかった。
「・・・・・・少し、ついて来てほしいんだ」
「え・・・」
ダグラス公子のその言葉に一瞬驚いたが、私は王太子殿下のことを思い出してすぐに断った。
「申し訳ありません。私、王太子殿下を待っている最中なんです」
「・・・緊急事態なんだ。怪我人がいて―」
「え、怪我人がいるのですか!?!?!?」
「・・・ああ」
私はそのときようやく彼が私の元を訪れた訳を理解した。
(なるほど、怪我人が出たから私のところに来たのね)
王太子殿下には悪いが、怪我人がいるのであれば聖女である私が行かないわけにはいかない。
「公子様、すぐに案内してください!どこにいらっしゃるのですか!?」
「・・・・こっちだ」
そう言ってダグラス公子は歩き始めた。私はそんな彼の後ろについて歩いたが、ふと思った。
(・・・あれ?怪我人が出たっていうわりには随分平然としてるんだなぁ・・・)
私はそのことに疑問を感じたが、大した怪我ではないのだろうと思い気にしないことにした。
しばらくして、ダグラス公子は王宮の端にある小さな部屋の前で立ち止まった。
「―ここだ」
「ここですか・・・?」
少なくとも高貴な身分の方の部屋ではなさそうだ。もしかすると今回の怪我人は侍女などの使用人なのかもしれない。
(どちらにしても、早く治してあげないと!)
怪我人がいると聞いて居ても立っても居られなかった私はダグラス公子の前に出てドアノブを握った。
―ガチャリ
そして、そのまま中へと入った。
「・・・・・あれ?」
ダグラス公子に通された部屋の中は真っ暗だった。
少し奥へ進んでみるものの、怪我人がいるという様子はない。もしかしたら部屋を間違えたのかもしれない。
私はそう思い、後ろを振り返ってダグラス公子に尋ねようとした。
「公子様、本当にこの部屋で合って―」
(・・・・・・・・・・・・・・え?)
「キャーーーーーーー!!!」




