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5 ユベール夫人

「どうしてそんなことも出来ないのですか!これだから卑しい血筋は・・・」



「も、申し訳ありません・・・」



マナー講習を受けていた私はもう何度目か分からない叱責に頭を悩ませた。



(うわぁ・・・またこれだ・・・)



私は講師のその言葉に内心ため息をついた。



私のマナー講師であるユベール夫人は王国の名門貴族の出でいかにも貴族らしい方だ。気位が高く、自分より立場の低い者を見下す。そんな夫人が平民出身であるにもかかわらず王宮にいる私を気に入らないと思うのは至極当然のことだった。



実際、夫人は事あるごとに私を卑しい血筋だと詰った。私が何かをしたわけではない。ただ単に私の出自が気に入らないだけだろう。私の覚えが悪いのは卑しいからだと、夫人はいつもそう言った。



(出来が悪いのは事実だけれど、ここまで言わなくたっていいじゃない・・・)



私は血筋のことを馬鹿にされるたびに気を悪くした。私だけならまだしも、無関係な両親まで悪く言われるのは耐えらなかったからだ。



(お父さん・・・お母さん・・・)



優しい父と母は私が王宮でこんな扱いをされていると知ったらどう思うだろうか。きっと物凄く悲しむはずだ。私はもうずっと会っていない両親のことを思い出して涙が出そうになった。



そんな私を見てユベール夫人は不快そうに顔をしかめて吐き捨てる。



「この程度のことで泣きべそをかくとは情けない・・・。こんなのが婚約者とは、勇者様も本当に可哀相ですわ。見た目も大して美しくないし、覚えも悪い。それに比べて王女殿下は本当に愛らしいお方で・・・」



「・・・」



カチーーーーーン



それを言われた瞬間、今にも溢れ出しそうだった涙は自然と引っ込んだ。



(今、この人何て言った?)



先ほどのユベール夫人の発言は流石に頭に来たが、反論しても面倒なことになりそうだったのでこみ上げてくる怒りを必死で抑えた。



まさかここでアレックスと王女殿下の話を出されるとは思わなかった。せめて講習を受けているときくらいはあの二人のことを忘れさせてほしいものだ。



(・・・大体、平民と王女を比べること自体が不敬だと思うのだけれど)



ユベール夫人はそのことに気付いていないようだ。



どうやらユベール夫人は完全に王女殿下の味方らしい。いや、ユベール夫人だけではない。この王宮にいるほとんどの人間は王女殿下側だろう。



その理由は明白だ。彼女がこの国の最高権力者である国王陛下の寵愛を一身に受けている人間だから。王女殿下の機嫌を損ねることは国王陛下を敵に回したのと同じなのだ。



そういう意味では王女殿下はこの王宮で国王陛下に次いで権力を持っていると言ってもいいだろう。だから私もアレックスと王女殿下の浮気現場を見たときすぐに身を引くことにしたのだ。



相手は国王と王女。聖女とはいえ、ただの平民である私が敵うはずがない。私たち平民からすれば、権力者というのはそれほどに恐ろしい存在なのである。



(みんながみんな王太子殿下のように優しければいいのになぁ・・・)



「―ちょっと、私の話を聞いているのですか!」



「!」



しばらく考え込んでいた私はユベール夫人の怒鳴り声で一気に現実に引き戻された。



「あっ・・・はい・・・」



正直全く聞いていなかったが、本当のことを言うと怒られてしまうのでとりあえず肯定した。



しかし夫人には全てお見通しのようで、私の嘘はすぐにバレてしまった。



私が話を聞いていなかったということに夫人は気を悪くしたのか再び私を怒鳴りつけた。



「平民のくせにこの私の話を聞いていなかったというの!?何て嫌な女なの!」



「申し訳ありません・・・ユベール夫人・・・」



私は頭を下げて謝罪したが、それでも彼女の怒りが収まることは無かった。



「国民たちから聖女様ともてはやされていい気になっているのかもしれないけど、あなたはあくまでも平民なのよ!それを忘れないで!」



「はい・・・申し訳ありませんでした」



私は物凄い剣幕で私を怒鳴りつける夫人に対してただただ謝ることしか出来なかった。



夫人の厳しい言葉に胸がズキズキと痛む。



しかし、何も言い返すことは出来ない。



ユベール夫人の言う通り私は聖女であるが、元の身分は平民。そのため、王宮での私の立場はかなり低かった。ユベール夫人が厳しすぎるのは事実だが、国王陛下にこのことを言ったところで何もしてくれないだろう。



今はとりあえず夫人に従うしかない。夫人の厳しすぎる教育のおかげでマナーがかなり上達しているのは事実なのだから。



(はぁ・・・早くこの時間が終わらないかなぁ・・・)



このときの私はただただマナー講習が早く終わってくれることを祈るばかりだった。




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