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43 過去の罪 アンジェリカ視点

(ああ、ムカつくムカつくムカつく!!!)



私はこみ上げてくる苛立ちを必死で抑えながら王宮の廊下を早足で歩いていた。いつもより荒れているせいか、私が一歩踏み出すたびにヒールの音がガンッガンッと鳴り響く。



「ヒィッ!」



すれ違う使用人たちが殺気を放つ私を見て怯えたように道を開ける。しかし今はそんなもの気にならない。



私はこの日、人生で最大の屈辱を受けた。



(あの聖女・・・絶対痛い目遭わせてやるわ・・・)



そんなことを思いながらも、私は自室に戻った。



「ハァ・・・」



部屋にある椅子に座った私は深呼吸を繰り返した。しかし、いくら心を落ち着かせようとしてもこのイライラが収まることはなかった。



(どうしてやろうかしら・・・)



今の私の頭を占めていたのは聖女ソフィアに対する憎しみだけだった。








私はこの国の第一王女として生を受けた。



母譲りの美しい容姿、王女という高貴な身分、それに加えて国王であるお父様の寵愛を一身に受けていた私は幼い頃から欲しいものは何でも手に入った。ドレスも宝石も、人だって望めばみんな私の物になった。



しかし、そんな風に甘やかされて育ったせいか性格はかなり歪んでしまった。自分でもそう思うほどに。



「まぁ、見て!コーラル伯爵家のご令嬢よ!」



「まだ幼いのに何故あんなに美しいの!あれは将来とんでもない美人になりそうね!」



そのことに気付いたのはまだ幼い頃だった。王宮に訪れていた貴族のご婦人たちの会話を聞いたときのことだ。別に私の悪口を言っているわけでもないのに、何故だか物凄く腹が立ったのを覚えている。



「・・・」



それを聞いた私は幼いながらにして思った。



(美しい・・・?私よりも・・・?)



―気に入らない。



私がここにいるのに。何故あの人たちはあんな風に他の女を褒め称えているのだろう。



そのとき、初めて嫉妬という感情を覚えた。私はどうやらコーラル伯爵家の令嬢に嫉妬しているらしい。その感情を自分の中から消すために他のことを考えて気を紛らわそうとしたが、どれだけ頑張ってもその嫉妬という感情は無くならなかった。



そしてその日の夜、一緒の部屋にいたお父様がいつもより元気の無い私を見て声をかけてきた。



「どうしたんだ、アンジェリカ。機嫌が悪そうだな」



「・・・お父様には関係の無い話だわ」



そう言ってぷいっと顔を背けた私にお父様は優しい口調で尋ねた。



「まあまあそう言わずに話してくれないか。私はお前の願いなら何だって叶えてやる」



「・・・本当に?」



「ああ、もちろん。お前はアンジェラが残していった子供なのだからな」



「・・・」



お父様は私のお母様を心から愛している。だからこそ私のことも溺愛しているのだという。ちなみに私はお母様に会ったことがない。お父様の側室だった母は私が産むと同時に亡くなってしまったから。どんな人なのかも知らない。別に興味も無かった。私が自身の母について知っていることといえばただお父様の愛する人だということだけ。



私はそんなお父様に今日あったことを話した。



「そうか、そんなことがあったのか」



「ええ、本当にムカつくわ」



「・・・」



私の話を聞いたお父様は何かを考え込むような素振りをした。



「その人たちったらその令嬢が私よりも美しいって言うのよ?おかしな話じゃない?お父様もそう思うでしょう?」



その言葉に、お父様の顔が不愉快だとでも言わんばかりに歪んだ。



「・・・お前よりも美しいだって?」



「そうよ、私よりも美しいってハッキリと言われたわ」



これは嘘だった。別にそんなこと言われてはいないが、お父様により同情してもらうために話を誇張したのだ。



「何だと!?お前は私の愛したアンジェラの忘れ形見だというのに!」



「ホント、ありえないでしょう?」



そのとき、お父様が私の肩を両手でグッと掴んだ。そして真剣な眼差しでこう言った。



「アンジェリカ、安心しろ。お前を傷付ける奴は私が全員排除してやる」



「お父様・・・?」



私はこのとき、お父様の言っていることの意味がよく分からなかった。その言葉の意味に気付いたのはそれから数日後のことだった。



コーラル伯爵令嬢が突如失踪した。



社交界はその話で持ち切りだった。あまりの美しさゆえに誘拐されただとか様々な憶測が立っていたが、私にはすぐに分かった。



(あ・・・きっとお父様に消されたんだわ)



別に可哀相だとも思わなかった。だってあの女は私にとって邪魔な存在でしかなかったから。



―私より美しい人間は、この世に存在してはいけないの。



次第に私はそんな考えを持って生きるようになっていった。







それから数年後。



私はあれからお父様にお願いして何人もの令息令嬢たちを消してきた。



この私の婚約者候補を辞退したいと言ってきた生意気な伯爵令息、私より注目を集めていた侯爵令嬢、才女と呼ばれ人々から褒め称えられていた子爵令嬢。



罪悪感なんて少しもないわ。だってどれもこの世に存在してはいけない人たちだもの。



表では心優しい王女の仮面をかぶって生きている反面、裏では悪事に手を染めていた。しかし誰一人として私の裏の顔には気付かない。みんながこの美しい容姿に騙されて私を聖母か何かだと思い込むのだ。



(ホンット、美しいって得ね。私のお母様もその美貌でお父様を落としたようなものだし)



そんなある日、私は王宮の庭園を一人で散歩していたときに偶然ある人物と出会った。



(あれって・・・お兄様・・・?)



庭園でお茶をしていたのは、私の異母兄であるフィリクスお兄様だった。この国の第一王子として生を受けた腹違いの兄。まだ幼いにもかかわらず非常に優秀であると貴族たちが言っていたのを思い出す。しかし私はそんなお兄様とはほとんど関わったことが無かった。お父様が私とお兄様が必要以上に関わることを良く思っていなかったし、私も自分の腹違いの兄に対する興味など無かったからだ。



そして、その向かいに座っていたのは―



(王妃・・・様・・・)



フィリクスお兄様の母親であり、この国の王妃でもあるクレア様だった。私は王妃様ともほとんど関わったことがない。噂によると私の母とはどうも折り合いが悪かったらしい。



二人は王宮の庭園で楽しそうにお茶をしていた。慈愛に満ちた笑みを浮かべて息子を見つめる母親と、そんな母親に笑い返す息子。



このとき、ドス黒い何かが私の心を蝕んだ。



(ずるい・・・お兄様だけずるいわ・・・)



―私には、お母様がいないのに。



それから私はすぐにお父様のいる執務室へと向かった。その間のことはよく覚えていない。お兄様に対する嫉妬心だけが私を支配していた。



「アンジェリカ、どうしたんだ?そんなに慌てて」



「ねぇお父様、お願いがあるの」



「何だい?」



「―王妃様を、消してほしいの」




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