42 法
「法・・・ですか?」
フローレス公女はコクリと一度頷いてから話し始めた。
「はい、それが”聖女殺しは身分を問わず重罪”というものです」
「え・・・」
彼女の話に私は驚きを隠せなかった。そんなのは初めて聞いたからだ。衝撃を受けて何も言えなくなる私に、フローレス公女は詳しい説明をした。
「話すと長くなるのですが・・・」
フローレス公女の話によると、百年以上前にこの国の王が国のために聖女と政略結婚したそうだ。今ではあまり見なくなったが、昔は国のために王族が聖女と結婚することはよくある話だったらしい。その慣例に従って王もまた王太子だった頃から聖女との結婚が決められていた。
しかし、後に王は真に愛する人と出会い聖女の存在が邪魔になったという。愛する女を側妃という地位に就けるのを嫌がった王は聖女を毒殺し、最愛の女を正妃にした。それは証拠を一切残さない完璧な計画だった。そして王は最愛の女を妃に迎え、二人の間には愛らしい子供も生まれて順風満帆な日々を送っていた。
しかし、その幸せは長く続かなかった。
聖女を殺害してから数年後、国に魔物が大量発生した。王家に仕える多くの騎士たちがその犠牲となった。それだけではなく、王国の各地で自然災害が起きるようになった。さらには伝染病が流行し、二人の間に生まれた子供が犠牲になった。そして子供を失ったことで王の最愛の人は心を病んで亡くなってしまった。
国が滅茶苦茶になり、大切なものを全て失った国王は徐々に狂い始めた。
それから王は「聖女の呪いだ」と言い始め、全てを自白したという。その話を聞いた貴族たちは怒り任せに元凶となった王を捕らえて処刑した。
その数年後。
後に王位を継いだ優秀な王弟は何とか国を建て直すことに成功した。そしてそれと同時に今回のことを踏まえて新たな法を制定した。
「・・・それが、聖女殺しを重罪だとするというものですか」
「ええ、そうですわ。身分を問わずどんな理由があろうとも聖女殺しは重罪。そのため、過去に死をもって償わなければならないほどの罪を犯した聖女については処刑ではなく幽閉という形が取られていたそうです」
「・・・そんなのがあったんですね」
「聖女様、講師の方たちに教えてもらいませんでしたの?」
「いや、そんなことは一言も」
「・・・」
その言葉にフローレス公女が真顔になった。もしかすると私が講師たちに嫌がらせを受けていることに気付いたのかもしれない。
「・・・とにかく、アンジェリカ王女殿下もそのことはよく分かっていらっしゃるはずですわ。くだらない嫉妬心で法を犯すような真似をするとは思えません」
「そうだといいのですけれど・・・」
フローレス公女はそう言ったが、私にはどうも何かが引っ掛かった。
(何だろう。何か、何か嫌な予感がする)
さっきの私を見る王女殿下の目。あれは私に並々ならぬ憎しみを抱いている人間の目だった。私は彼女に何かした覚えは無いが、私を殺したいほど憎んでいるのはたしかだろう。
(もう、私が一体何したっていうの・・・)
アンジェリカ王女殿下のことを考えると頭が痛くなる。恨まれるようなことをした覚えは一切無いというのに。王女殿下が私を憎んでいる意味がどうしても分からなくて頭を悩ませていたそのとき、奥から足音がした。
「―ソフィア嬢に、リリーナじゃないか」
「フィリクスお兄様!」
「王太子殿下・・・」
王女殿下が去って行った方向から歩いて来たのは王太子殿下だった。彼は軽く笑みを浮かべながら私たちの傍までやってきた。
「こんなところで何をしているんだ?」
王太子殿下は私とフローレス公女を交互に見ながら尋ねた。
「あ・・・えっと・・・」
私が言葉に詰まっていたそのとき、素早く口を挟んだのはフローレス公女だった。
「フィリクスお兄様、ちょっと聞いてください!」
「どうしたリリーナ」
「実はさっきアンジェリカ王女殿下とお会いしたのですけれど・・・」
フローレス公女は先ほどの一連の出来事を全て王太子殿下に説明した。それを聞いた彼は眉をひそめた。
「何だって・・・?」
「ハァ、王女殿下ったら本当に大人げない方ですわ・・・私と聖女様を敵視して一体何が目的なのでしょうか・・・」
「さぁな、アイツの考えてることは私にもよく分からない」
珍しく王太子殿下が不快そうな顔をした。どうやらアンジェリカ王女殿下のことをあまり良く思っていないようだ。
すると突然フローレス公女が輝くような笑みを浮かべた。
「お兄様、それでですね。聖女様が私のために王女殿下に言い返してくださいましたの!」
「何だと・・・?」
それを聞いた王太子殿下が私の方を見た。
「ソフィア嬢・・・」
そして、信じられないものを見るかのような目で私をじっと見つめた。
それに続いてフローレス公女も感激したかのような目で私を見て言った。
「聖女様の勇気に私、本当に感動して・・・」
「いやいや、これくらい誰だって出来ますよ」
「誰にでも出来るだなんてそんなことありませんわ!相手は王女殿下ですのよ!」
フローレス公女は私の行動に感動しているみたいだが、世間から見れば平民出身の聖女が王女殿下に喧嘩を売ったと捉えられてもおかしくはない。そんな噂が広まったらまた講師や侍女たちに何を言われるか分からない。そう思った私はなるべくこのことを周囲に知られないように話を逸らそうとした。しかし―
「―ソフィア嬢」
そのとき、王太子殿下が私の傍までゆっくりと歩み寄った。そして、私の目の前で立ち止まり熱のこもった瞳で私を視界に入れた。
「君は、何て人なんだ」
「・・・え?」
「ダグラス公子のときもそうだったが、君は本当に強いな」
王太子殿下はそう言いながら頬を染めて微笑んだ。優しさが溢れたその瞳に困惑すると同時に、彼から目が離せなくなった。
(え・・・ええ!?)
何がどうなっているのかよく分からない。
それを聞いたフローレス公女が驚いたような顔をした。
「え、聖女様、まさかあのダグラス公子にも喧嘩を売りましたの!?」
「えっ」
フローレス公女のその言葉で正気に戻った私は慌てて首を横に振った。
「いや、売ってません!」
それが聞こえているのかいないのかフローレス公女は私に憧憬の眼差しを向けた。
「聖女様、尊敬に値しますわ!」
「だから売ってないです」
王太子殿下の熱い視線とフローレス公女のキラキラした眼差しに私は頭を抱えた。
(またとんでもない勘違いをされてしまった!)
何故私は毎回こうも変な勘違いをされてしまうのだろうか。




