40 未練 アレックス視点
『私とあなたはもう何の関係も無いんだから、これ以上の干渉はやめて』
少し前まで婚約関係にあった女に言われた言葉が頭の中でこだました。
「ソフィア・・・」
俺は彼女の名前を呟きながら、ソフィアが出て行った扉をじっと見つめていた。そして、一人取り残された部屋でハァとため息をついた。
「王女と婚約して、世界で一番幸せな男になれたと思っていたのにな・・・」
―それなのに、この胸の痛みは一体何なのだろうか。
俺は彼女との婚約を解消してから自分でもよく分からない感情に悩まされていた。
俺は元々、小さな村に住んでいた。
顔は整っていて、剣の腕も立つ俺は小さい頃から本当にモテた。告白された回数も数えきれないほどで、俺自身もそんな自分を誇りに思っていた。
しかし、その中の誰かを選ぶことはしなかった。元々女に興味が無かったというのもあったが、それ以上に―
(俺はこんなところで終わる男じゃない・・・もっと高みを目指せるはずだ・・・)
そんな気持ちがあったからだ。
しかし、俺が成長するたびに村にいる同年代の女たちが俺を巡って醜い争いをしだした。本当に醜くて見ていられないほどだった。いつも俺の周りをウロウロする女たちが鬱陶しいったらありゃしない。
そんな女たちの行動に嫌気が差した俺は幼馴染の女と付き合うことにした。そうすれば他の女は近付いてこないだろうと思っての行動だった。
それがソフィアだった。ソフィアは昔から俺に恋をしている女のうちの一人で、幼い頃からの友達でもあった。
ソフィアを選んだことに特に意味は無かった。俺のやることに対して口出ししてこない気の弱そうな女。俺が望んでいたのはまさにそれだったからだ。
ソフィアに愛の告白をしたとき、彼女は本当に嬉しそうな顔をしていた。よほど俺のことが好きだったのだろう。あのときのことは何故だか今でも鮮明に覚えていた。
『ねぇ、アレックス・・・私たち恋人同士になったんだし、キスとかしてもいいんじゃない?』
『え?あぁ・・・』
初めてキスをしたとき、ソフィアは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俺を見つめていた。そのときばかりは初めてソフィアのことを可愛いなと思った。
それから俺とソフィアは恋人になった。
『ねぇ、アレックス。もう、相変わらずかっこいいんだから!今日私と遊ばない?』
『ちょ、ちょっと何してるんですか!アレックスは私の恋人ですよ!』
俺に近付いてこようとする女たちをソフィアはいつも牽制していた。大人しそうな見た目をしているわりには独占欲が強かったんだなとは思ったが、別に不快な気持ちにはならなかった。
そうしているうちに気付けば俺たちは仲睦まじいことで有名なカップルとなった。俺もソフィアもその噂を否定しなかったからだ。
俺がソフィアのことを何とも思っていなかったとしても、公衆の面前では恋人同士として振る舞う必要があったしソフィアに俺の企みを知られるわけにもいかなかった。
(俺はただコイツを利用してるだけだ・・・)
いずれは適当な理由を付けて別れるつもりだった。結婚なんてするわけがない。そうは思っていたが、俺はいつまで経ってもソフィアとは別れられずにいた。
それからすぐ、俺に転機が訪れた。
俺とソフィアが勇者と聖女として王宮で暮らすことになったのだ。
(思った通りだ・・・俺にはあんなちっぽけな村は似合わない)
俺の本当の居場所はここだったのだと実感が湧いた。
それから俺とソフィアは数年の月日を王宮で過ごした。立派な勇者となった俺に近付いて来た人物がいた。
それがこの国の第一王女アンジェリカだった。
『ねぇ、勇者様。今日私の部屋に来てくださいませんか?』
アンジェリカ王女殿下は王国でも有名な美女で、俺も初めて見たときはかなり驚いたものだ。これほど美しい人がこの世に存在していたのかと。だからといって惚れ込んだりはしなかったが、王女の方から誘ってくるなら話は別だ。
それから俺はすぐにアンジェリカと深い関係になった。
アンジェリカとすぐにでも婚約したい、そう思い始めていた。しかしそうなると、俺の婚約者であるソフィアが邪魔になってくる。
(俺の隣に立つ女はこれくらいじゃないとな・・・)
そう、アイツでは俺に釣り合わない。
それから俺はどうにかしてソフィアとの関係を切る方法を考えた。ソフィアは俺にゾッコンだから簡単には婚約解消を受け入れてくれないだろう。
しかし、そんな俺の予想とは裏腹にソフィアはあっさりと俺との関係を終わらせてきた。ソフィアに婚約解消を告げられたときはこんなにもあっさり終わっていいのかと拍子抜けしてしまったほどだ。
そして俺は今、第一王女の婚約者として王宮にいる。国王の寵愛を一身に受けている美貌の王女殿下の婚約者。男なら誰もが羨ましがる地位だろう。しかし、アンジェリカと婚約してからというもの俺の心は空っぽだった。
「・・・ソフィア」
別れた今になって、彼女が気になって仕方がない。王太子とどんな関係なのか、普段何をして過ごしているのか、これから先はどうするつもりなのか。
(俺は・・・俺は本当にアイツのことを利用していただけなんだろうか・・・)
そんなことまで思い始めてしまうくらいに。




