表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/68

4 優しい人

驚くことに、廊下の向こうから歩いてきたのは王太子殿下だった。



(殿下・・・)



そのまま通り過ぎるのかと思ったが、王太子殿下は私をじっと見つめてこちらに向かってきている。私はその視線に思わず足を止めてしまった。



そして、彼は私の傍まで来ると立ち止まって私に声をかけた。



「―ソフィア嬢、大丈夫か?」



「・・・!」



私を気遣うその声はひどく優しかった。何だか久しぶりに誰かに優しくされたような気がして、心が穏やかになった。



王宮は私のような平民にとっては非常に厳しい場所だった。いくら国王陛下が私を聖女として認めたとしても、貴族たちからは卑しい女だと陰口を叩かれることもあった。



だけど、王太子殿下は違う。王族というこの国で最も高貴な身分であるはずなのに平民である私を差別したりしない。



(・・・何て優しい方なの)



不思議と彼にならさっきあったことを包み隠さず言えるような気がした。



「―ました」



「え?」



「勇者との婚約を解消してきました!」



「・・・・・・・・ええっ!?」



私の言葉に王太子殿下は声を上げて驚いた。



私はそんな彼に笑顔で言った。



「でも全然大丈夫です!元々私がアレックスに片思いしてただけだし!やっぱりアレックスには王女殿下みたいな方がお似合いだったんですよ!私もずっと前からそう思ってたんですよね!だから全然悲しくなんて、な・・・」



「ソ、ソフィア嬢・・・」



場を明るくしようとして言ったことなのに目の前にいる王太子殿下は何故かあたふたしていた。



そこで私はようやく自分が泣いていることに気が付いた。



「あ・・・も、申し訳ありません・・・殿下・・・」



(私ったら王太子殿下の前で何を・・・!)



私は必死で涙を我慢しようとしたが、次から次へと溢れて止まらなかった。



「ソフィア嬢・・・」



目の前で突然泣き出したというのに、王太子殿下は嫌な顔一つしなかった。私はそんな彼の優しさに余計涙が止まらなくなってしまった。まるで子供のように、私はわんわんと泣き続けた。



「・・・」



しかしそれでも彼は私をただじっと見つめているだけだった。突然泣き出した私を責めることもせず、それどころか私が泣き止むまで傍にいてくれたのだ。



「―ソフィア嬢、落ち着いたか?」



しばらくして殿下が私に声をかけた。



「はい・・・申し訳ありませんでした・・・」



「気にするな、元はといえば私の妹のせいだからな」



王太子殿下は妹君がやったことを気にしているようだ。だから私にこれほど優しくしてくれるのだろう。



「殿下は・・・本当に優しいのですね・・・」



私のその言葉に殿下は一瞬だけ目を丸くしたあとにハッと笑った。



「そうか?貴族たちは皆私を母に似て冷たい人間だと言うが」



殿下は自虐的な笑みを浮かべてそう言った。しかし殿下が優しいことをよく知っている私はそれを怖いとは思わなかった。



「王太子殿下のお母様・・・きっととっても素敵な方だったのでしょうね・・・」



私がそう言うと王太子殿下は驚いたような顔をした。



しかしすぐにいつもの顔に戻ると静かな声で私に問いかけた。



「・・・何故そう思うんだ?」



「だって、王太子殿下はこんなにも優しくて素敵な方ですもの。それならきっと母君である王妃陛下も素敵な方だったんだろうなって」



「・・・」



私の言葉に王太子殿下は黙り込んだ。



(あ、まずい・・・)



どうやら気を悪くしてしまったようだ。王妃陛下の話をするのは流石にまずかったと後悔した。



王太子殿下の母君である王妃陛下は側妃様と同じく既に亡くなっている。私は王妃陛下についてはあまりよく知らない。王の寵愛を一身に受ける側妃に嫉妬していた醜い女だと言う人間もいたが私はそうは思わない。だって私は王妃陛下にも側妃様にも会ったことがないのだから判断のしようがない。それでも、さっき王太子殿下に言った言葉は紛れもない私の本心だった。ただの憶測ではあるが。



王太子殿下は私のその言葉を聞いてからずっと黙り込んでいた。何かを考え込んでいるようだ。



(何を考えているのかな?もしかして、怒らせてしまったのかな?





・・・・・・・・あっ!もうすぐ授業が始まる時間だ!)



王太子殿下の気分を害してしまったのかと不安になったが、もうそろそろマナーの授業が始まる時間であることに気が付いた私は目の前で固まっている殿下にこの場を去ることを伝えた。



「王太子殿下、私みたいなのを気にかけてくださってありがとうございます。そろそろ授業が始まるのでもう行きますね!」



私はそれだけ言うと足早に王太子殿下の前から立ち去った。ふと気になって後ろを振り返ると彼は未だに何かをじっと考え込んでいた。



(何だろ・・・?今日の殿下は何か変だったな・・・。



それよりも急がないと!もうすぐ舞踏会があるからマナーをしっかりと身に付けておかないとね!)



いつもと違う王太子殿下の様子を不思議に思いながらも私は急いで講習が行われる部屋へと向かった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ