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37 失恋の痛み

「ふぅ・・・疲れましたね。ちょっと休憩しましょうか、公子様」



「ああ」



あれからずっと子供たちと遊んでいた私はついに体力の限界を迎え一度休憩を取ることにした。



(やっぱり男の人って体力あるんだなぁ・・・)



私は全く息が上がっていないダグラス公子を羨望の眼差しで見つめた。その体力が私にもあればもっとたくさん子供たちと遊べるだろうに。



それから私とダグラス公子は教会の近くにあるベンチに二人で並んで座った。



「あ、そうだ!」



「・・・?」



私は何かを思いついたかのようにそう言い、昨日ダグラス公子と料理をした小屋まで行って二つ分のコップを手に取った。そして一旦彼の元へと戻った。コップを二つ持っている私を見てダグラス公子は不思議そうな顔をした。



「・・・何をするつもりだ?」



「喉が渇いたでしょう?お水を持ってくるので少し待っていてください」



「・・・」



それだけ言ってこの場を立ち去ろうとした私の手首を突然ダグラス公子が掴んだ。



「おい、待て」



「・・・?」



するとダグラス公子は私の手からコップを取り上げた。



「ほら」



そして、一体どうやってやったのか彼が私の手に戻したコップには綺麗な水が入っていた。



「え!?」



それを見た私は声を上げて驚いた。



(え!?もしかして・・・)



どこかで見たことがあると思った私はおそるおそるダグラス公子に尋ねた。



「公子様、これってまさか・・・水魔法ですか・・・?」



「・・・そうだ」



そう言ったダグラス公子は何故だか浮かない顔をしていた。私は綺麗な水の入ったコップを手で揺らしながらじっと見つめた。私が手を動かすたびにコップの中の水がゆらゆらと揺れた。それは本当に透き通った綺麗な水だった。



「・・・」



そんな私の様子を何も言わずに眺めていたダグラス公子が不安げな顔で口を開いた。



「・・・・・・・・お前は―」



「わぁ!すごいすごーい!」



「・・・・・・・・え」



私の反応に、ダグラス公子は口をポカンと開けて固まった。



「公子様ってこんなことも出来たんですか!?それならそうと早く言ってくださいよ!」



「・・・」



完全にテンションが上がっている私を見てダグラス公子は呆気に取られていた。そんな彼の視線に気付いた私はハッとなった。



(あ・・・さすがに引かれたかな・・・)



しかし、そのことで不安になった私にダグラス公子が口にしたのは予想外の言葉だった。



「・・・俺を蔑まないのか」



「蔑む?何故ですか?」



私の問いにダグラス公子は俯いた。



「・・・俺は昔から魔法の才能が無いんだ。名門ダグラス家に生まれたにもかかわらずコップ一杯分の綺麗な水を出すのが限界で、他のヤツらみたいに戦闘にも使えない」



「え・・・」



そう言ったダグラス公子はグッと唇を噛んで苦しそうな顔をしていた。魔法のことで今までどれだけ馬鹿にされてきたのかが私にもよく伝わってくるほどだ。



「どれだけ練習しても魔法だけはダメだった。どれほど優秀な講師たちも皆さじを投げた」



「公子様・・・」



「幼い頃からずっと言われ続けてきた。―名門ダグラス家の恥さらしだと」



その言葉を聞いた私は、自分の中で何かが切れる音がした。



「何て酷い人たちなんですか!!!」



「・・・!」



「その方たちはコップ一杯分の綺麗な水がどれほど大事か分かっていらっしゃらないんです!!!だからそんなことが言えるんですよ!!!」



声を荒げる私を、ダグラス公子は目を丸くして見つめていた。



「お前・・・」



「この国には清潔な水を飲むことも出来ないっていう人たちもいるんです!公子様、そんなの気にしないでください!公子様の能力は素晴らしいです。人々を救うことが出来る力ですよ!」



「・・・」



ダグラス公子はそんな私を見てしばらくの間固まっていた。



「・・・公子様?」



「・・・いや、アンジェリカと真逆のことを言うんだなと思って」



「え、アンジェリカ王女殿下・・・?」



「昔アンジェリカに同じようなことを相談したことがあったんだ。そしたら―」





『まぁ、それは恥ずかしいわ!アルベール、その力は誰かに見せるべきではないわ。きっとみんながあなたを蔑むでしょうね。だから隠し通すべきよ』





「冗談でしょう・・・?」



王女殿下らしいといえば王女殿下らしいが、本人の前でそんなことを言うとは。



(友達によくそんなこと言えるなぁ・・・)



しかしダグラス公子のその話で、ふとアンジェリカ王女殿下のことが気になった私は思いきって彼に尋ねてみた。



「―実は私、公子様にもう一つお尋ねしたいことがあったんです」



「何だ?」



「アンジェリカ王女殿下とのことについてです」



「・・・」



その名前を聞いた途端、ダグラス公子の雰囲気が完全に変わった。アンジェリカ王女殿下の名前を出すたびに彼はこのような反応を見せていた。それほどに複雑な思いを抱いている相手だということなのだろう。



本当なら、私なんかが聞いてはいけないことのような気もしてくる。ダグラス公子はきっと話してはくれないのだろうが・・・



「―俺とアンジェリカはな、十年前に出会ったんだ」



「!」



そう言った彼はどこか清々しい顔をしていた。



「・・・幼馴染で一番の友人だという話は聞いておりました」



「ああ、そうだな。友人・・・友人か・・・」



ダグラス公子は”友人”という言葉を繰り返し呟きながら悲しげに笑った。



「公子様・・・」



彼がアンジェリカ王女殿下に対してどのような感情を抱いているのか、それをよく知っている私はダグラス公子の悲しそうなその笑みの理由が分かったような気がした。



「俺の幼少期は、孤独だった」



「・・・」



「両親は俺を愛してくれたが、公爵夫妻という立場ゆえ忙しくてな。屋敷に一人でいる日も多かったんだ」



ダグラス公子はポツリポツリと自身の過去について語り始めた。



どうやらダグラス公子は幼い頃、友達が一人もいなかったらしい。それどころか周りの令息令嬢たちにはことごとく避けられていたという。



「理由は分かってたんだ。自分の性格が悪いことくらい誰よりも知ってた。だけど、高すぎる自尊心のせいか自分に非があるということを認めたくなかったし、謝罪することも出来なかった」



「公子様・・・」



「アンジェリカと出会ったのはそんなときだった」



そのとき、彼は嬉しそうに笑った。



どうやら私が思っていた以上にダグラス公子にとってアンジェリカ王女殿下は特別な存在だったようだ。



「アンジェリカだけだったんだ、俺を受け入れてくれたのは」



「・・・」



「同年代の令息令嬢たちから嫌われてる俺を、アイツだけは差別したりしなかった」



「・・・」



そのとき、ダグラス公子の表情が暗くなった。彼の青い瞳が、一瞬にして光を失った。



「気付けば誰よりも大切な存在になってた。アイツの笑顔を守りたかった。出来ることなら、俺がアイツを幸せにしてやりたかった」



「・・・」



ダグラス公子の声が徐々に震えていった。



「・・・別に良いと思ってた。アンジェリカが幸せなら彼女が俺の傍にいなくたって別に良いって、そう思ってた。それなのに、何でだろうな」



「こ、公子様・・・!」



悲しそうにそう言ったダグラス公子の目からは涙が零れていた。



「―何で、こんなに辛いんだろうな」



ダグラス公子は泣いていることを隠すように片手で目を覆った。しかし溢れ出す涙は止まらないようで、瞳からこぼれ落ちる涙は彼のズボンを濡らした。



「公子様・・・」



私にはこのときの彼の気持ちが痛いほど理解出来た。私もつい最近似たような経験をしたから。目の前で泣いている彼の姿が、アレックスに裏切られて途方に暮れていた少し前の私と重なった。



私は、俯いている彼の頭をそっと撫でた。



「・・・ッ」



私の手が触れた瞬間、ダグラス公子がビクリとした。



もしかしたら気を悪くするかもしれない。同情しているのかと手を振り払われるかもしれない。しかしそれでも構わなかった。私には、自分と同じ状況に陥っている彼を放っておくことなど出来なかったから。



「何で泣けてくるんだ・・・」



「大丈夫ですよ、公子様」



私は彼を安心させるように穏やかな口調で囁いた。



「誰にだって辛いことの一つや二つありますから。私だってそうですし。ここには私しかいませんから、思いっきり泣いていいんですよ」



「・・・」



私のその言葉にダグラス公子は溜まっていた感情が爆発するかのように嗚咽を上げて泣き始めた。



私は彼が泣き止むまでずっと傍にいた。柔らかい髪の毛を触りながら。




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