35 炊き出し
「出来ましたね、公子様!」
一時間後、大鍋に入った野菜のスープが完成した。まさかこれをダグラス公子と共に作ることになるとは思わなかった。
(初めての料理にしてはなかなか上手に出来てるんじゃない?)
ダグラス公子はかなり器用な人で、吸収するスピードも速かった。さすが名門公爵家の令息だなと改めて感じた。しかしそんな彼は今何故だか生気の無い顔をしている。
「公子様?どうかなさいました?」
私の問いに彼はどんよりとした目をこちらに向けて言った。
「・・・これを作り上げた代わりに俺は大事な何かをいくつか失ったような気がする」
「き、気のせいですよ・・・」
私はそう言って必死に誤魔化した。彼が元気の無い理由が私のせいであるということは間違いないのだろうが、せっかくの良い気分を壊したくはなかった。
「じゃあ、今からこれを教会まで持っていきましょうか」
「・・・これで終わりじゃないのか?」
「当然です!食べてもらうまでが奉仕活動ですから」
「面倒だな」
いつものように文句を垂れるダグラス公子を無視して私はスープが入っている大鍋にフタをした。
「ほら、行きますよ」
そして、大鍋の取っ手を掴んで鍋を両手で持ち上げた。
(ううっ、いつものことだけど重い・・・!)
あまりの重さに腕が悲鳴を上げそうになる。久しぶりだからか、作ってからが地獄だということを忘れていた。
「・・・」
明らかにキツそうな顔をしている私を見たダグラス公子がこちらに近付いてきた。
「―おい、片方貸せ」
「え・・・?」
ダグラス公子はそう言うと、鍋の取っ手の片方を持ち始めた。その瞬間、私にかかる負荷が半分になったためかなり楽になった。
「・・・公子様」
「何をそんなに驚いているんだ?」
驚いた顔をしている私をダグラス公子が不快そうな目で見つめた。
「いえ・・・まさか持ってくれるとは思わなくて・・・」
「お前は俺がそんな極悪非道な人間に見えるのか?」
「はい」
「・・・」
迷わず肯定する私をダグラス公子が軽く睨む。
(意外と優しい人なのかな?)
それから私たちは鍋の取っ手を片方ずつ持って教会へと戻った。ダグラス公子が半分持ってくれたおかげか、普段よりかはだいぶ楽だった。
教会のすぐ近くに来たとき、ダグラス公子が私に尋ねた。
「で、これをどうするんだ?」
「教会に訪れた人たちに配るんです」
「・・・」
何故そんなことをわざわざするのかとでも言いたそうな顔だ。私はそんな彼にニッコリと笑いかけた。
「公子様もお手伝いよろしくお願いしますね」
そうして私たちは炊き出しの準備をし始めた。あらかじめ教会の前に用意しておいた長テーブルに新聞紙を置いてその上に鍋を乗せた。フタを外すとスープのいい香りが広がった。
(上手に出来たようで良かった!)
しばらくしてスープのいい匂いに釣られた子供たちが教会へとやってくる。
「聖女様!!!」
「みんな!」
「わ~いい匂い!」
テーブルに置かれている大鍋を見た子供たちが笑顔になった。時間がかかるし、運ぶのも大変だけれどこのときばかりは頑張って良かったと心の底から思えるのだ。
「今日はスープを作ったのよ。みんなお腹いっぱい食べていってね」
「はーい!」
そんな私と子供たちのやり取りをダグラス公子は近くでじっと見つめていた。
そして私は用意しておいた皿を手に取りスープをよそった。それを訪れた人たちに手渡す。
「はい、どうぞ」
「わぁ!ありがとう、聖女様!」
「どういたしまして」
数人の子供にスープの入った皿を渡したところで、ダグラス公子が全く手を動かさずに後ろでじっと見ていることに気が付く。
「公子様、見てないで手伝ってください」
「・・・」
私がそう言っても、ダグラス公子は固まったままだ。やり方が分からないのだろうかと思い、私は彼にお皿を渡して説明した。
「これでよそって、みんなに渡してあげてくださいね」
「だから何で俺がそんなこと・・・」
「私一人だとかなり時間がかかると思います。早く帰りたいって思ってるなら公子様も手伝ってください」
「・・・」
よほど早く帰りたかったのか、ダグラス公子はお玉を手に取って渋々スープをよそった。
そして、目の前にいた小さな子供によそよそしく差し出した。小さな子供と関わったことなどほとんど無いのだろうか、珍しくかなり困惑しているようだった。
「お、おい・・・」
「・・・!」
それに気付いた子供は満面の笑みを浮かべてダグラス公子にお礼を言った。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「・・・ッ」
まさかそんな反応をされるとは思っていなかったのだろう。ダグラス公子は一瞬動揺したように見えた。そして彼はそのまま石のように固まってしまった。
「こ、公子様・・・」
完全に動かなくなてしまったダグラス公子に手を伸ばそうとしたそのとき、彼がボソリと呟いた。
「・・・あんなこと、初めて言われた」
「・・・え?」
「ありがとうなんて、初めて言われた」
「あ・・・」
そう言ったダグラス公子は複雑そうな顔をしていた。彼がそのことに対してどう思っているのか、私にはよく分からなかったが少なくとも悪い気はしてなさそうだ。
私はそんな彼にクスリと笑いながら尋ねた。
「誰かに感謝されると嬉しくないですか?」
「・・・知らない」
ダグラス公子はそれだけ言ってぷいっと顔を背けた。
「もう、公子様って本当に素直じゃないんですね!」




