34 お料理
翌日。
「・・・・・・・・何でいるんですか?」
「おい、何だその言い方は。この俺がせっかく来てやったというのに」
私は今日も奉仕活動のために教会へ来ていた。
そしてそんな私の目の前にはダグラス公子が偉そうに立っていた。
「・・・正直、来ないと思ってました」
「ああ、俺も本当はこんな場所に来たくはなかったがな。父上の命令には逆らえないからな」
相変わらず偉そうにそう言ったダグラス公子に、つい本音が漏れてしまう。
「公子様は意外と真面目な方なんですね」
「意外とってどういう意味だ?」
「何でもありません。早く始めましょう」
私はそれだけ言うと教会を出るために扉へと向かった。
それを見たダグラス公子が不思議そうな顔をする。
「おい、どこへ行く気だ?」
「今日はここから少し移動します!」
「・・・」
ダグラス公子は面倒くさそうにしながらも渋々私について歩いた。
しばらくして、私たちが到着したのは教会から少し離れたところにある小さな小屋だ。
「ここは何だ?お前の別邸か何かか?」
「馬鹿なこと言わないでください」
馬鹿にしたような笑みを浮かべてそう言ったダグラス公子にかなりイラッとしたが、私はその気持ちを必死で抑えた。
そして、張り切って言った。
「公子様、今日は皆のためにご飯を作りましょう!」
「またそんな使用人がするようなことかよ」
私は昨日と同じく文句タラタラなダグラス公子の言葉を無視して彼に王宮から持参したエプロンを手渡した。
「では公子様、これを着けてください」
「おい、何だよこれ・・・」
それを見たダグラス公子は本気で嫌そうな顔をしていたが気付いていないフリをした。
エプロンを身に着けた私は一足先に小屋の中に入り、調理道具を引き出しから出した。
ここは私が教会にいるあの子たちのために私財を投じて作った場所である。中にはたくさんの調理器具が揃えられており、いつでも料理が出来るようになっている。大好きな彼らに美味しいものを食べさせてあげたいという思いで作った場所だった。
(今日も頑張ってたくさん作るぞ!)
そう意気込んだそのとき、小屋の中にダグラス公子が入ってきた。
(ん・・・?)
彼の姿を見た私はニヤリと笑みを浮かべながら言った。
「あら、なかなかお似合いではありませんか」
「うるさい」
エプロンが相当恥ずかしいのか、ダグラス公子は顔を赤くして私から目を逸らした。
私はそんな彼を横目に、棚からいつも使っている大鍋を取り出した。
(お手伝いとは言っても・・・ダグラス公子って絶対料理とかしたことないよね・・・?)
私は小屋の中で調理道具をじっと眺めているダグラス公子を見てそう思った。しかし、せっかく来てくれたのだから何も任せないというわけにもいかない。
「公子様、そろそろ始めましょうか。材料はもう買ってあるので公子様は野菜を切るのをお願いします」
「どうやって切るんだ?」
「あ・・・」
(ダグラス公子・・・)
彼のその言葉を嬉しく思う自分がいた。文句を言わずに私の言ったことをやってくれるというだけで大きな進歩だ。
「公子様、それはですね―」
私はダグラス公子に野菜の切り方を一から説明した。彼は一言も喋らずに私の話を真剣に聞いていた。話の通じない怪物だと思っていたが、どうやらそれは私の勘違いだったようだ。
それから少しして、私も自分の仕事に取り掛かった。
「・・・」
「・・・」
小屋の中はシンとしていて、ダグラス公子の野菜を切る音と私の鍋をグツグツと煮込む音だけが鳴り響いていた。
(ダグラス公子、案外真面目にやってるな・・・)
私は野菜を切っているダグラス公子の後ろ姿を見てそんなことを考えていた。
「何だ?」
「えっ」
「さっきから何をそんなにジロジロ見てるんだ?」
そう言って振り向いたダグラス公子は不機嫌そうな顔をしていた。
(えっ、何で分かったの!?)
もしかしたらダグラス公子は後ろにも目が付いているのかもしれない。
どちらにせよ誤魔化せないと思った私はこの際気になっていたことを聞いてみることにした。
「・・・お聞きしたいことがあって」
「何だよ」
そこでダグラス公子は再び前を向いた。機嫌は良くないみたいだが、話くらいは聞いてくれるつもりのようだ。
「聞いたら答えてくれるんですか」
「質問によるな」
私の問いにダグラス公子は曖昧にそう答えた。
(聞いてみようかな・・・)
もしかしたらダグラス公子と打ち解けることが出来るチャンスかもしれないと思った私は思いきって聞いてみた。
「私と公子様が初めて話したあの日のこと覚えてます?」
「ああ、それがどうした」
「あの日、何であんな大怪我をしていらしたんですか?」
「・・・」
私の質問にダグラス公子は黙り込んだ。気のせいか一瞬肩がビクッとなったような気もする。
「公子様?」
私はそんな彼の様子に疑問を抱いた。そんなに変な質問だっただろうか。少なくとも大怪我を負ったダグラス公子を治療したのは私なのだから、私にはそれを話してもいいのでは無いのか。
そういえばあの日も何だか気まずそうな顔をしていたような気がする。私はダグラス公子がそんな反応をする真意を探ろうと思い、考え込んでみる。
そして、ある一つの結論に辿り着いた。
(あ、もしかして・・・)
「アンジェリカ王女殿下に会えるのが嬉しくて浮かれて足を滑らせたとか・・・?」
「ッ!!!」
私の言葉にダグラス公子は物凄い勢いで振り返った。
「そ、そ、そ、そんなことあるわけないだろ!!!」
「・・・」
振り向いたダグラス公子の顔は真っ赤で、今にも破裂しそうなほどだった。まさかそんな反応をされるとは思わなくて驚いた。
(え、図星・・・)
確信も何も無い、ただの推測に過ぎなかったがどうやら本当にそれが原因であんな怪我をしていたらしい。そう思うと自然と笑いがこみ上げてきた。
「ぷ・・・ぷぷ・・・」
「おい、笑うな!」
私はどうしても笑いを堪えることが出来なくて、つい声に出してしまっていた。そんな私の様子にダグラス公子が顔を真っ赤にして声を荒げた。
しかし私はそのときの彼のことを何故だかそれほど怖いとは思わなかった。
(まぁ、プライドの高いダグラス公子ならそんなこと言えるはずないよね)
心の中でそう思いながらうんうんと頷いた。
「公子様ってなかなか面白い方ですね」
「うるさい、黙れ!」
クスクスと笑いながらそう言った私にダグラス公子は鋭い目を向けた。猛獣が威嚇しているかのような鋭い眼差しだったが、今の私には子犬が吠えているようにしか見えなかった。
「いいじゃないですか、内緒にしておきますから」
「俺をそんな目で見るな!!!」
目の前で早口で怒鳴りつけてくるダグラス公子を見てさらなる笑いがこみ上げてきた。
(意外とドジなのかな・・・?)
このとき、私のダグラス公子に対する印象がまた一つ変わったのであった。




