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33 一日目の終わり

それから三十分後。



(こんなものでいいかな!)



私は最初の頃と比べてかなり綺麗になったトイレを見て手を止めた。いつもならもう少し時間がかかるのだが、ダグラス公子が協力してくれたおかげで比較的早く終わらせることが出来た。



「ふぅ・・・やっと終わりましたね、公子様!」



「ああ、こんな屈辱を受けたのは初めてだ」



ダグラス公子はトイレの外の壁にもたれかかって不機嫌そうに言った。



「そんなこと言って、黙々と掃除してたじゃないですか!」



「うるさいな」



私のその言葉に、ダグラス公子は顔を逸らした。



本当に機嫌が悪いのか、それともただ照れているだけなのだろうか。彼と一日奉仕活動をして過ごした私は自然とそんなことを思うようになっていた。



そして彼がやっと帰れると言わんばかりに私に背を向けた。



「じゃあ、約束通り俺は帰るからな」



「はい、お疲れ様でした。公子様」



特に引き留める理由も無かったため、私はそのままダグラス公子を帰らせた。



そうして私は教会から去って行く彼の後ろ姿を見送った。



「・・・」



ダグラス公子が完全に見えなくなって、私は教会の床にドサリと座り込んだ。



(はぁ~~~~~~~~)



そして、大きなため息をついた。一日を共にしてもダグラス公子に対する苦手意識は変わらないままだ。



(本当に何考えてるのかよく分かんない人だなぁ・・・)



ダグラス公子とは出来るだけ関わらないようにしようと思っていたのにもかかわらず、付き人の男性に押されてつい受け入れてしまった。押しに弱い自分に嫌気が差す。



(それに、今日のダグラス公子は何だか私のイメージと違ったなぁ)



私はダグラス公子のことをアンジェリカ王女殿下に似てどこまでも傲慢な人なのだと思っていた。掃除なんて絶対にするタイプの人では無いのだろうと。しかし、彼は結局今日の奉仕活動で私に言われたことを全てやりきった。それに口は悪いが、仕事は丁寧だった。



今になってダグラス公子のことがまるで分からない自分がいた。いくらお父様に命じられたからといって平民である私の言うことを全て聞く必要は無いというのに。



(もしアンジェリカ王女殿下なら、例え国王陛下に命じられたとしても掃除なんてしないでしょうね)



そもそも国王陛下が溺愛している娘にこんなことを命じるわけがないのだが、彼女なら掃除道具を投げつけてその場から立ち去っていたに違いない。あの方は気位が高いからこのような場所に来ることすら嫌がるはずだ。そんな彼女のことを考えると気分が悪くなった。



「・・・今日はもう帰ろう」



私はダグラス公子が出て行った方をじっと見つめ、そのまま王宮へと戻った。







◇◆◇◆◇◆







王宮へ戻った私が偶然出会ったのは、意外な人物だった。



「・・・あ、フローレス公女様・・・・・と、公爵様?」



「まぁ、聖女様ではありませんか!」



自室へ戻るために王宮の廊下を歩いていた私は、道中フローレス公女とその父親である公爵閣下と出会ったのだった。フローレス公女は私を見て目をキラキラと輝かせて駆け寄ってきた。



私はそんな彼女に軽く手を振った。



「お久しぶりです、公女様」



「会いたかったですわ、聖女様!」



フローレス公女はギュッと私に抱き着いた。そんな彼女の姿を見た私は口角が上がるのを抑えきれなかった。



(年齢のわりには大人びている子だけれど・・・こうして見るとまだまだ子供なんだなぁ・・・)



あれから何度かフローレス公女のお茶会に参加して彼女とは完全に打ち解けることが出来た。そこで分かったのはフローレス公女は高位貴族の令嬢であるにもかかわらず、王太子殿下と同じでとても優しい方だということ。今となってはフローレス公女は妹のような存在で私の癒しでもあった。



「―聖女様」



「あ・・・」



そのとき、フローレス公女の後ろから私に声をかけたのは彼女の父親であるフローレス公爵だった。



(フローレス公爵閣下・・・この国に二つしかない公爵家の当主様・・・)



フローレス公女と同じ金髪に青い瞳。誰が見ても親子だと分かる二人だ。



(王太子殿下の叔父様で・・・王妃様の弟だったんだよね・・・)



フローレス公爵家は今は亡き王妃様の生家でもあった。今私の目の前にいる公爵閣下は王妃様の実の弟なので、王太子殿下の叔父ということになる。



私の両親と同じくらいの歳なのだろうが、フローレス公爵はまだまだ若々しかった。十五歳の娘がいるとは思えないほど美丈夫だ。しかし、何故だか今は少し疲れているように見えた。



フローレス公爵は私に礼をしながら言った。



「うちの娘がいつもお世話になっております」



「いえいえ、私も公女様と仲良くさせていただくことが出来て光栄です」



私はそう言ってフローレス公爵にニッコリと笑ってみせた。



(もしかしたら、娘のことが心配なのかもしれないわね・・・)



フローレス公爵が疲れているように見える理由を一旦そう結論付け、私は隣にいる公女に尋ねた。



「公女様、もしかして今日は王太子殿下に会いに来られたのですか?」



「ええ、お父様がフィリクスお兄様に用事があって私はその付き添いで」



私の問いにフローレス公女が頷いた。



「そうだったのですね」



「だけどこうして聖女様とお会いできるだなんて、来て良かったですわ」



フローレス公女はそう言って嘘偽りの無い心からの笑みを浮かべた。そんな笑顔を見ると自然と私も穏やかな気持ちになる。



「私も公女様に会えて嬉しいです」



「またお茶会へいらしてくださいね!皆さま聖女様にお会い出来るのを楽しみにしておられますのよ」



「まぁ・・・そうなんですか?」



そんなことを言われて何だか嬉しくなった。フローレス公女のお茶会に参加している令嬢たちはもうみんな私にとって大切な友達だったから。



「それではまた顔を見せに行きますね」



「是非是非!お待ちしておりますわ!」




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