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32 お掃除

それから私は教会の床をモップで、ダグラス公子は雑巾で椅子やテーブルを拭いていた。何とかダグラス公子を働かせることに成功した私は謎の達成感を感じていた。



「ああ、本当に何で俺がこんなことしないといけねえんだか!」



それでも文句タラタラではあったが。



「文句なら公爵様に言ってください」



「言えるわけあるか!」



私の言葉にダグラス公子が不快だと言わんばかりの顔でそう吐き捨てた。



(一応お父君には頭が上がらないのかな?)



甘やかされて育ったと聞いていたが、もしかしたらダグラス公子の家庭はかなり複雑なのかもしれない。そう思ったものの、赤の他人の家のことについて深入りするのは気が乗らなかったため私はそのまま話を逸らした。



「公子様、それ終わったら他のところを掃除してもらいますからね」



「うげっ、まだあんのかよ!」



「当然です、それで終わりだと思わないでください」



「全部終わったら俺はすぐに帰るからな!」



「どうぞご自由に」



そんなことを話しながらも私たちは手を休めることなく掃除を続けた。



(ここらへんはもういいかな!)



そう思い、他のところを掃除しようと教会の中をぐるりと見渡した。



「あれ・・・?」



そのとき、私の目に入ったのはピカピカになったテーブルだった。



(あんなに文句言っておいて・・・意外とちゃんとやってるじゃない・・・)



あの様子からしてどうせ適当にやるのだろうと思っていたが、意外にもダグラス公子はきちんと掃除をしていた。彼が拭いた箇所はほこり一つ無い状態になっている。私はそのことに驚きを隠せなかった。



(何だろう・・・?ただの気まぐれかな・・・?)



私はとりあえずそう結論付けて自分の仕事に集中した。





◇◆◇◆◇◆





「公子様、次はトイレ掃除です」



私のその言葉にダグラス公子の顔がみるみるうちに引きつっていく。



「お、おい・・・嘘だろ・・・」



「嘘ではありません」



どこかへ逃げようと背を向けたダグラス公子の肩をぐいっと掴む。私は公子の肩を掴んだその手にグッと力を込め、口角を上げて彼に言った。



「公子様?公爵様にこのことを知られてもいいんですか?」



「・・・」



私のその一言でダグラス公子は完全に黙り込んだ。どうやら私の完全勝利のようだ。



(何だか最大の武器を手に入れた気分ね)



そして私たちは教会にあるトイレへと向かった。



(あら・・・)



掃除をするのは久しぶりなのか、かなり汚れが溜まっていた。これは掃除のし甲斐がありそうだ。



「汚ねー場所」



「口が悪いですよ、公子様」



私は近くにあった掃除道具入れを開けて後ろにいたダグラス公子にトイレブラシを手渡した。



「じゃあ公子様はこれを使って便器の掃除してくださいね」



「うげぇ・・・本当にやるのかよ」



「当然です!」



張り切って言った私にダグラス公子は少し引いたような顔で私に尋ねた。



「・・・まさかお前いつもこんなことやってるのか?」



「・・・?そうですね、お休みが取れたときは大体ここに来て奉仕活動をしています」



「う、嘘だろ・・・」



ダグラス公子は私の発言に絶句したかような顔になった。



(それがそんなに驚くことかな・・・?)



そして、彼は信じられないものを見るかのような目で私をまじまじと見つめて言った。



「休みの日にまで仕事をするなんて、俺には理解出来ないな」



「仕事・・・」



ダグラス公子のその言葉にムッと腹が立った私は、言い返した。



「・・・私はこれを仕事だと思ったことは一度もありません」



「・・・・・・何だって?」



「私はこれをやりたいからやってるんです」



「やりたいからやってるだと?掃除をか?こんなのただ面倒くさいだけだろ」



ダグラス公子は私を馬鹿にするかのようにそう言った。



「公子様には分からないでしょうね」



「ああ、分からないな。聞けば説明してくれるのか?」



本当はダグラス公子相手にわざわざこんなことを言う必要は無いのだが、彼のさっきの言葉に腹が立った私はつい本音を口にしていた。



「・・・私はこの場所が好きだから」



「・・・え?」



「私はここが好きなんです」



「こんな貧民街の近くにあるようなボロい教会がか?」



全く理解出来ないというような顔だ。



「公子様は・・・いえ、お貴族様はそう思うかもしれませんが私にとっては特別な思い入れのある場所なんです。公子様にもそういう場所の一つや二つあると思いますが」



「・・・」



私のその言葉に、ダグラス公子は何を思ったのか目をしばたたかせた。何故彼がそのような顔をするのかは分からないが、私は気にせずに言葉を続けた。



「公子様は私が王宮でどのような扱いを受けているか、貴族たちに何て言われているかをご存知ですか?」



「・・・」



ダグラス公子は私の問いに黙り込んだ。



知らないはずがない。アンジェリカ王女殿下の傍にいるのなら間違いなく知っていることだ。それなのに私の質問に答えないのは彼なりの優しさなのだろうか。そのような気遣いが出来る人だったとは意外だ。



「ここにいる人たちは私にとって第二の家族のような存在なのです。王宮にいる人たちとは違って皆が私を聖女として慕ってくれるんですから」



「家族・・・」



「公子様もアンジェリカ王女殿下のことを大切に思っていらっしゃるでしょう?それと同じですよ」



「・・・」



アンジェリカ王女殿下の名前を出されたのは想定外だったのか、ダグラス公子は一瞬ビクリとした。



「少し前に決めたんです。悲しくて苦しくてどうしようもないときのことです。自分を傷付けるような方たちではなく、自分を慕ってくれる、愛してくれるそんな方たちのために生きようって」



「・・・」



ダグラス公子はしばらくの間私の話をじっと聞いていた。



(私ったらまた・・・)



つい気が立って、公爵令息相手にお説教のようなことをしてしまった自分に嫌気が差す。ダグラス公子のことだから鼻で笑われるかもしれない。今になって後悔がどっと押し寄せてくる。



しかし、ダグラス公子はそれを聞いて意外な反応を見せた。



「自分を愛してくれる人のために・・・か」



「え?」



彼は独り言のようにそれだけ呟くと私の隣まで来てトイレの掃除を始めた。



「・・・!」



驚いてダグラス公子の方を見ると、彼の顔からは先ほどまでの苛ついたような表情は消えており何かを考え込んでいるかのように複雑な顔をしていた。




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