30 予期せぬ遭遇
翌日、私はいつものようにお出かけ用のワンピースに着替えて教会へと向かっていた。
今日から三日間は休みなので、比較的自由に過ごすことが出来る。
ちなみに私はこの三日間、教会で奉仕活動をしようと思っている。せっかくの休みの日に何故そんなことをするのかと言われるかもしれないが、教会での奉仕活動は私にとってそれほどに特別な意味を持つものだった。
私はあの場所が大好きだから。あそこにいるときだけは本当の自分でいられたから。奉仕活動をしに行くのはそんな気持ちからだった。
(みんな元気にしてるかな)
魔物の討伐で色々あって最近はなかなかあの教会へ行けていなかった。久々に子供たちに会えるのだと思うと嬉しくてたまらない。
早くあの子たちの笑顔を見て癒されたい。そんな気持ちでいっぱいになった。
しかし、教会に到着した私は不安げな顔で外にいる子供たちと遭遇した。
「あれ?みんな、どうしてこんなところにいるの?」
私が尋ねると、一人の女の子が怯えたような様子で答えた。
「聖女様、あのね・・・」
「どうかしたの?」
私は怯えた表情の女の子の傍にしゃがみ込んで、目線を合わせて優しく尋ねた。
「教会の中に、怖いお兄ちゃんがいるの・・・」
「怖いお兄ちゃん・・・?」
私が聞き返すと、別の子供が事情を説明してくれた。
「うん、中に黒いお兄ちゃんがいるんだけど・・・さっきからずっと怒鳴ってて本当に怖いんだ。だから僕たち、中に入れなくって・・・」
「黒いお兄ちゃん・・・?」
子供たちの言っていることの意味を確かめるために教会へ足を踏み入れようとしたとき、誰かの言い争っているような声が中から聞こえた。
「だから何で俺がこんなことしないといけないんだよ!」
「お坊ちゃま、旦那様からの命令です」
「クソッ!何で父上は俺にこんなことを―」
どうやら子供たちが言っているのは、まさに今教会の中で怒鳴っている彼のことのようだ。
(・・・)
私だって本当は怖かったが、子供たちが困っているなら見過ごすわけにはいかない。周りを見ても大人は私しかいないようだし、私がどうにかするしかない。ひとまず状況を確認してみよう。
そう思い、そっと中を覗いてみると―
(・・・・・・・・・・・・・・えっ?)
教会の中にいたのは、予想外の人物だった。
「ダ・・・ダ・・・ダグラス公子・・・!?」
私は気付けばつい大声でその人物の名前を口にしてしまっていた。
私のその声に教会の中にいた二人がこちらを見た。
(し・・・しまった・・・!)
そこで私は自分の犯してしまった失態に気が付いた。今さら口元を押えても時すでに遅しだった。
「聖女様!」
「うげっ・・・お前・・・!」
私を見た二人の反応は正反対だった。付き人の男性は嬉しそうにパァッと顔を輝かせる一方で、ダグラス公子は本気で嫌そうな顔をしていた。
(何でこの二人がここにいるの・・・?)
そう思うと同時に、私はそこで子供たちの言っていたことをようやく理解した。
(黒って、髪色のことだったんだ・・・)
この国での黒髪は名門ダグラス公爵家の象徴でもある。もっと早くそのことに気付くべきだった。後悔してももう遅い。
付き人の男性は私を見るなり嬉しそうな顔をしてこちらへと駆け寄ってきた。
「聖女様!お待ちしておりました!」
「え・・・?」
私はその言葉に困惑した。
(お待ちしていたって何・・・?どういうこと・・・?)
彼らが私を待つ理由など無いはずだ。それに何故彼はそんなに嬉しそうな顔をしているのだろうか。
そんな私の疑問を読み取ったのか、付き人の男性が詳しい事情を説明し始めた。
「実はですね、お話すると長くなるのですが・・・」
「は、はぁ・・・」
「坊ちゃまの父君であるダグラス公爵様が王宮での聖女様に対する振る舞いを偶然耳にしてしまいまして。罰としてですね、坊ちゃまに今日から三日間教会で奉仕活動をなさる聖女様のお手伝いをするようにと命じられたのです」
「・・・」
それを聞いた私は絶句した。
(ちょ、ちょっと待ってよ・・・嘘でしょう・・・?)
ダグラス公子は先ほどからずっと不機嫌そうだったが、これが理由だったのか。ようやく納得がいった。
(いやダグラス公爵!罰するのはいいけど他の罰にしてよ!)
私は心の中でこんな命を下した公爵を恨んだ。上がっていたテンションが一気に下がっていく。
(うわぁ・・・最悪だ・・・ダグラス公子と三日間ずっと一緒はキツイって・・・)
この三日間を穏やかに過ごすことが出来ると思っていたのに、そうはいかないらしい。
「というわけで聖女様、坊ちゃまのことをよろしくお願いしますね」
付き人の男性は私の手をギュッと両手で握ってそう言った。まるで私に何かを期待しているかのような目をしていた。
「ちょ、ちょっと待ってください・・・公子様は私のことがお嫌いではありませんか・・・そんな私と二人きりにするだなんて・・・」
その言葉に、私の話を聞いていなかったのか付き人の男性は真剣な眼差しでとんでもないことを言い出した。
「―私は、聖女様を信じております」
「えっ・・・?」
また急に何を言い出すのだろうか。
「公爵様は王宮での一件を耳にされて非常に喜んでおられました」
「よ、喜ぶ・・・?」
(王宮での一件って私がダグラス公子に対して悪口言ったやつだよね・・・?)
付き人の男性はそのまま言葉を続けた。
「実は、お坊ちゃまの傲慢な性格には旦那様と奥様も手を焼いていたのです。お坊ちゃまがああなったのはお二人にも原因があるので強く叱ることも出来なかったのです」
「そ、そうだったんですか・・・」
「ですから旦那様は是非聖女様にお坊ちゃまの性根を叩き直していただきたいとのことで、今回のことを命じられたのです」
「・・・」
何てことを押し付けてくれてるんだ、ダグラス公爵。
「というわけで、後はお任せします!聖女様!」
「あ、ちょ、ちょっと・・・」
付き人の男性はそれだけ言ってそそくさとその場をあとにした。
そして、教会には私とダグラス公子の二人だけになった。
ダグラス公子は先ほどからずっと不機嫌そうにしていて、私の方を見もしなかった。
(どうせ三日間一緒なのは決まってるんだから・・・仲良くした方がいいよね・・・?)
私はそう思い、勇気を振り絞って彼に話しかけてみる。
「あ、あの・・・公子様・・・?」
「・・・」
ガン無視。
(ちょ、ちょっと待って、嫌われすぎじゃない?)
性根を叩き直すどころか、会話もまともに出来ない。私とダグラス公子が二人で仲良く奉仕活動をする未来がまるで見えない。
(私、これからどうなるの―!?)
こうして私は、せっかくの休みをダグラス公子と共に過ごすこととなってしまったのだった―




