20 帰還
(騎士団長様はああ言っていたけど、やっぱり不安だな・・・)
殿下たちが魔物の森に入ってから数時間が経った。彼らはまだ戻ってきていない。既に辺りは暗くなっており、緊張感の漂ったこの空間には焚火の音だけがパチパチと鳴り響いていた。
騎士団長を含めた数人の騎士が私を守るようにして囲んで立っている。
その中心にいる私はというと、殿下や第一騎士団の騎士たちに対する不安を隠しきれなかった。
殿下たちがここを発ってから一向に落ち着かない。騎士たちももちろん心配だが、それ以上に私が不安に感じているのは王太子殿下のことだった。あんな危険な場所へ行って本当に大丈夫なのか。
騎士団長は私に対して何度も心配する必要はないと言っていたがそれでも私の不安が消えることはなかった。
こんな気持ちは久しぶりだった。アレックスと共に最初の討伐に行ったときも当時はまだ恋人だった彼の安否を心配してこんな風になっていたような気がする。
(魔物の討伐ってこんなに時間が掛かるものだっけ・・・?)
それに何故だか前に討伐について行ったときよりも時間が長く感じる。
私はいくら経っても落ち着かず、先ほどからずっと周辺をウロウロしていた。
そんな私に騎士団長が声をかけた。
―「聖女様!殿下たちが戻ってこられました!」
「!」
その声に急いで森に視線を向けるとそこには―
「殿下!騎士様!」
王太子殿下が第一騎士団の騎士たちを引き連れて森の奥から歩いて来ているところだった。
(あぁ良かった・・・・・・・!)
傷を負ってはいるものの、無事に帰って来た彼らを見て私は安堵の息を吐いた。
王太子殿下も血を流しているが、それほど重傷ではないようだ。
そして私はすぐに彼らの元へと駆け寄った。
「殿下!!!」
そのときに私が真っ先に向かったのは王太子殿下の元だった。
「殿下、大丈夫ですか?ご無事で何よりです・・・!」
私はそう言いながらつい泣きそうになってしまった。それほどに彼らを待っているこの時間は不安でたまらなかったし、無事に戻ってきてくれたということが何よりも嬉しかったからだ。
(本当に・・・本当に良かった・・・!)
私は溢れそうになる涙を必死でこらえ、鼻をズズッとすすった。
私のそんな姿を見た殿下が軽く笑った。
「ああ、平気だ」
王太子殿下はそう言っているが、体のいたるところから血が出ている。とても痛そうだ。
「殿下、すぐに治療を・・・」
「いや、私は必要ない」
しかし、殿下の治療をしようとした私に彼は断固としてそう言った。
「え・・・・・?」
「それより、他の騎士たちを診てやってくれ」
殿下は後ろを歩いている負傷した騎士たちを指差した。
「で、ですが殿下も血が出ているではありませんか・・・!」
「あぁ、これか?これは私の血ではないから安心してくれ」
「え」
口をポカンと開けて固まっている私に騎士団長が近付いて来て言った。
「聖女様、殿下は無傷ですよ。これは魔物の返り血を浴びただけです」
「あ・・・返り血・・・」
そこで私はようやく殿下の言ったことを理解した。
(そういえば、負傷しているわりには動きもいつも通りだ・・・)
どうやら殿下は無傷のようだ。そのことに私はひとまず安心した。
「お怪我をしていないようで何よりです」
「ああ、心配してくれてありがとう」
殿下は笑顔でそう言ったが、心なしかその顔は少し疲れているように見えた。
戦った後なのだから当然の話か。
(殿下が怪我をしていないようで良かった・・・帰ったらきちんと休んでもらわないとね・・・)
王族が負傷するなんてことがあったら大変だ。私はそう思いながらうんうんと頷いた。
「・・・」
そして、私はそこで一度殿下のことを考えるのをやめた。今はそれ以上に大切なことがあったからだ。
(あの人は血を流しすぎている。すぐに治療しなければ危なそうね。あっちの人は―)
突如雰囲気が一変した私に気付いたのか、王太子殿下が声をかけた。
「―聖女殿、彼らの治療をお願い出来るかな?」
「・・・!」
王太子殿下のその言葉に、私は気合いを入れ直して言った。
「はい!もちろんです!聖女として精一杯やらせていただきます!」
そんな私を見て殿下が嬉しそうにニッコリと笑った。
それから私はすぐに騎士たちに向かって声を張り上げた。
「負傷者をこちらへ!すぐに治療します!」
「絶対に死なせません!だから希望を持ってください!」
私の言葉に負傷していた騎士たちが顔を上げた。その瞳には、僅かではあるが光が宿り始めたように見えた。
いつも聖女としての自分に自信を持てなかった私だけれど、このときだけは何故だか違った。もう以前みたいにオロオロしたりはしない。私はこの国唯一の聖女なのだから。
慌ただしい様子で動く私に、王太子殿下が話しかけた。
「ソフィア嬢、何か手伝えることがあったら何でも言ってくれ」
「あ、ありがとうございます、殿下。ですが、休憩していた方がよろしいのでは?お疲れでしょう?」
「こんなときに休憩なんてしていられないさ。どのみちじっとしていられないしな」
「・・・分かりました。では―」
それから私は王太子殿下の助けを借りて怪我人の治療を開始した。
私たちのそんな様子をアレックスが少し離れたところから不快そうな目で見ていたことを、このときの私が気付くことはなかった。




