表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/68

12 謝罪

あの後私は医務室で王太子殿下と別れ、自室に戻るため一人王宮の廊下を歩いていた。



そんな私に話しかけてきた人物がいた。



「あの、聖女様」



「・・・?」



突然呼び止められて私は後ろを振り返った。



その先にいたのは―





「あ、あなたは・・・」



何と私に声をかけたのは、アルベール・ダグラス公爵令息の付き人の男性だったのだ。



(ダグラス公子の付き人の方が一体何の用なの・・・?)



公爵令息に暴言を吐いたことに対して文句を言われるかもしれないと思ったが、不思議と目の前にいる彼から敵意は感じられなかった。



それどころか男性は眉を下げて私に対して申し訳なさそうな顔をしていた。



「聖女様、先ほどはお坊ちゃまが本当に申し訳ありませんでした」



そして、男性はそう言って深々と頭を下げた。



「・・・」



まさかそんなことを言われるとは思わず、私は目を見開いた。



(ダグラス公子と違って真面目な方なのね・・・)



これほどまともな人が傍に付いていながら、何故あのような性格になってしまったのだろう。本当に両親に甘やかされたことだけが原因なのだろうか。



私はそう思いながらも頭を下げ続けている男性に声をかけた。



「大丈夫ですよ、別に気にしていませんので」



むしろ私の方こそダグラス公子に謝らなければいけないだろう。公爵家の令息に暴言を吐いたのだから。ふと先ほどのことを思い返してみると、罪悪感で胸がいっぱいになった。



(誰だってあんなことを言われたらムカつくよね・・・)



あの一件に関しては少なくとも私にも悪いところはあっただろう。冷静になった今、ダグラス公子の気持ちが少しだけ理解出来た。



私の言葉に男性は顔を上げて言った。



「寛大なお心に感謝致します」



「いえ、私の方こそ公子様に失礼なことを言ってしまって申し訳ありませんでした」



「聖女様が謝ることではありません。あのときは完全にお坊ちゃまに落ち度がありましたから」



男性はそう言って穏やかな笑みを浮かべた。



(ダグラス公子の代わりにわざわざ私のところまで謝罪しに来てくれたんだ。付き人の方は良い人そうでよかった)



そんなことを思っていたら、突然彼は悲しそうな顔をして目を伏せた。



「・・・・・既に知っているかもしれませんが、坊ちゃまはダグラス公爵家の唯一の後継者ということで公爵夫妻に少々甘やかされて育ったのです」



「あ・・・はい・・・」



その話は知っていた。社交界で何度か耳にしたことがあったからだ。



(まぁ、結構有名な話だよね)



しかし、その次に男性が口にした言葉に私は耳を疑った。



「それだけなら、あそこまで我儘に育つことはなかったでしょう」



「え・・・?」



私が不思議そうな顔をすると、彼は私にしか聞こえないような小さな声でボソリと言った。



「―アンジェリカ王女殿下と関わりを持ち始めてから、坊ちゃまはさらに変わられてしまった」



「・・・!」



そう言った彼はさっきよりもずっと悲しそうだった。



(アンジェリカ・・・王女殿下と・・・?)



まさかここでアンジェリカ王女殿下の話が出てくるとは思わなかった。



王女殿下がダグラス公子を変えたのか。公子が王女殿下に恋をしていることは知っていたが、性格を変えてしまうほど彼女は彼に影響を与えたのだろうか。



「聖女様は坊ちゃまに対して言ったことに負い目を感じているかもしれませんが・・・私はむしろ感謝しているのです」



「えっ・・・」



私がその言葉に驚いていると、男性が笑みを浮かべながら言った。



「―坊ちゃまを叱ってくれたのは、聖女様が初めてですから」



「・・・」



その言葉に私はウッとなった。



(叱ったというよりかは・・・悪口を言ったというか・・・)



思い返してみると、ほぼ悪口・・・いや、あれは完全に悪口だった。怒られるどころかお礼を言われて、私は何も言えなくなっていた。



「ありがとうございました、聖女様」



「い、いえ・・・お礼を言われるようなことは何も・・・」



それからすぐに男性は頭を下げて私の前から立ち去って行った。







◇◆◇◆◇◆






あの後私は自室に戻って一人考え込んでいた。



そのときの私の頭の中を占めていたのはアンジェリカ王女殿下とアルベール・ダグラス公爵令息のことだった。



(幼い頃から共にいた幼馴染か・・・)



王太子殿下と別れてからずっと彼らのことが頭から離れなかった。



―アンジェリカ王女殿下とアルベール・ダグラス公爵令息。



何だか私とアレックスのようだ。私とアレックスも幼い頃から共にいたし、長い間お互いにとって一番の友人だった。いや、私は彼を友人として見たことはほとんど無かった。



(だって私にとってアレックスは・・・)



―コンコン



アレックスのことを考えていたそのとき、自室の扉がノックされた。



「―聖女様、失礼します」



そう言って部屋に入って来たのは一人の侍女だった。



彼女はいつものように表情を変えずに私に淡々と用件だけを告げた。



「もうすぐ王宮で舞踏会が開催されますので、その準備をしていただきたいのですが」



「あ」



そういえばそうだった。



近いうちに王宮で舞踏会が開催される。私はそのためにドレスや装飾品を選ばなければいけない。色々あってすっかり忘れていた。



(私に聞かずとも、そっちで適当に選んでくれたらいいのに・・・)



私は目の前の侍女を見つめてそんなことを思った。



私は普通の貴族令嬢とは違ってドレスや宝石にあまり関心がない。別に欲しいとも思わないし、自分で選びたいとも思わない。



(女子力が低いのは否定しないけどね・・・)



「それと、国王陛下からの伝言です」



「え・・・?」



―国王陛下。



侍女の口からその敬称が出てきて驚いた。



(国王陛下が、一体私に何を・・・?)



私は陛下とはほとんど話したことがない。もちろん聖女として何度かお会いしたことはあるが、こんな風に何かを言われたことはなかった。



何を言われるのだろうかと身構える私に侍女は静かな声で告げた。



「今回の舞踏会はアンジェリカ王女殿下と勇者様の婚約を発表する場でもあるので、お二人の顔に泥を塗らないようにとのことです」



「・・・」



彼女のその言葉に私はドキリとした。



(王女殿下と・・・アレックスの婚約発表・・・)



あの二人の間に関係があることはずっと前から知っていたが、まさかこんなにも早く婚約するとは思わなかった。それほどまでに二人の愛は深いのだろうか。国王陛下もよくこんなに早く婚約を結ぶことを許可したものだ。



(陛下がアンジェリカ王女殿下を本当に大切にされていることは知っていたけれど・・・)



―まさかここまでだったとは。



私は国王陛下からの伝言を聞いてそう思わざるを得なかった。陛下が私に言いたいのはつまりこういうことだ。



アレックスと王女殿下は正式な婚約者になるのだから変な気は起こすな、とそう言いたいのだろう。



どうやら陛下は婚約者であった私がまだアレックスに未練があると思っているらしい。



どう考えても悪いのはアレックスと王女殿下であるのにもかかわらず、そのような言い方をされたことに腹が立ったが、あいにく私は今回の舞踏会であの二人に危害を加えようなどとは思っていない。



「ええ、分かりました。気を付けます」



私がニッコリと笑ってそう言うと、侍女はそのまま何も言わずに部屋から出て行った。








「・・・」



侍女が出て行った後、私は部屋で一人拳をギュッと握り締めた。



今回の舞踏会で私が貴族たちに何を言われるかが容易に想像出来てしまったからだ。



(”勇者に捨てられた女”ってところかな)



浮気したのはアレックスの方だが、相手が王女殿下であるためきっと私の方が悪く言われてしまうだろう。そう言われるのは非常に不愉快だが、こればかりは仕方がない。



私はここ最近で最も大きなため息をついた。



「ハァ・・・参加したくないなぁ・・・」



もうすぐ開催される舞踏会に憂鬱な気持ちになりながらも私は着々とその準備を進めた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ