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10 アルベール・ダグラス公爵令息

―先ほどまで意識を失っていた青年が突然目覚めた。



青年は上半身を起こし、頭を押さえながらキョロキョロと辺りを見回した。



「お坊ちゃま!目が覚めたのですね!」



付き人の男性はそう言ってベッドから体を起こした青年を力強く抱きしめた。突然の男性の行動に青年は困惑した様子を見せた。



「お、おい・・・」



「本当に・・・本当に良かったです・・・!」



男性はしばらくの間青年を抱きしめたまま泣いていた。





「―おい、いい加減に離れろ。」



いつまでも泣き続ける男性にしびれを切らしたのか、青年はそう言って男性を自分からグイッと引き剥がした。そして不機嫌そうな顔で男性に尋ねた。



「それより、ここは一体どこだ?」



「王宮の医務室です。お坊ちゃまは大怪我をしてここに運ばれたのですよ」



男性のその言葉に青年はじっと考え込むような素振りを見せた。



「・・・・・・あれか」



青年はどうやら何か心当たりがあるようで、バツが悪そうに視線を逸らした。



私はというと、そんな彼の顔をじっと見つめていた。



(・・・・・・どこかで見たような?)



私は青年の顔をまじまじと見つめてそんなことを思った。



王宮に来て三年も経つというのに貴族全員の顔を覚えていない自分に嫌気が差す。しかしそれでも彼の顔にはどこか見覚えがあった。思い出せそうで思い出せない。どこかで見たことがあるのはたしかだ。



(一体どこで見たんだろう?)



失礼かもしれないけど、後で名前を聞いてみよう。そうすればこのモヤモヤも解消されるかもしれない。



私がそう思っていたそのとき、男性が後ろにいた私を振り返って言った。



「あ、お坊ちゃま!紹介いたします!こちらの聖女様がお坊ちゃまの怪我を治してくださったのですよ!」



男性のその声で青年が私の方を見た。



青年の透き通るように美しい青い瞳が私を映した。あのときは治療をすることに必死で気付かなかったが、彼もまた王太子殿下と同じでかなり美しい容姿をしていた。



そんな彼とバチリと視線が合った。



「聖女・・・」



彼はその場から動けなくなっていた私を上から下までまじまじと見つめた。



「・・・」



こんな風に見つめられることはあまり無いので、少しだけ胸がドキドキしていた。



(何で皆こんなに顔が良いの・・・)



私はそんなことを思いながらも青年が何か言うのをじっと待っていた。



しかし、彼はそのまま何も言わずに私からプイッと顔を背けた。



(え、な、何だったの!?)



私はそのことに困惑した。これほどじっと見つめてきたのだから何か言われるのだろうと思っていたのに、彼は私から視線を逸らして自分の服を整え始めたのだ。



そんな彼の態度を男性が咎める。



「お坊ちゃま!助けていただいたというのにお礼の一つも無いのですか!」



男性の言葉に青年が面倒くさそうな顔をした。



そしてそのすぐ後に、青年が返したのは衝撃的な言葉だった。





「―だってこの女は聖女だろ?聖女が怪我人を治療するのは当然のことじゃないか」



「な・・・!?」



私は青年の発言に言葉が出なかった。



(こ、この人は何を言っているの・・・?)



動揺している私をよそに青年は続けた。



「それにそこにいる聖女は元々平民だったんだろ?平民が王宮で良い暮らしさせてもらえてるんだから、これくらいはして当然だろ」



「お、お坊ちゃま・・・!」



彼はそう言って私に見下すような目を向けた。この視線には見覚えがある。私を馬鹿にする貴族たちが私を見ているときの目だ。



いや、今の私にとってはそんなことは気にならなかった。それより私が怒りを覚えたのは―



(聖女が怪我人を治療するのは当然・・・?)



私は青年が放った言葉に耳を疑った。



私は今までそんなことを言われたことなどなかった。私がよく行っている教会では聖女の力を使用するたびに大人から小さな子供まで色んな人が私に感謝してくれている。



青年の考え方は貴族らしいといえば貴族らしいが、間違っていることはたしかだ。



貴族たちの陰口や嫌味にも耐えてきた私だったが今回ばかりは我慢出来ず、気付けば青年に対して声を上げていた。



「お言葉ですが、あなたにそのようなことを言われる筋合いはありません」



「・・・今何て言った?」



私の言葉に青年が信じられないというような顔で私を見た。きっと言い返されるとは思っていなかったのだろう。目をパチクリさせて私を見つめている。



私はそんな彼にもう一度ハッキリと言った。



「あなたにそのようなことを言われる筋合いは無いと言っているのです」



「・・・・・・何が言いたいんだ」



青年は今度は不快そうな顔をした。平民である私にこのような物言いをされることが不愉快極まりないと言ったような顔だ。



だけど私は止まらなかった。



「その歳にもなって感謝の言葉も言えないだなんてハッキリ言ってダサいです。幼児教育からやり直すべきでは?」



「何だとッ!?」



私の発言に青年は怒声を上げた。顔を赤くしてギリリと歯ぎしりをしている。



しかし私はそれでも怯まない。先ほどの彼の言葉はそれほど私の癪に障るものだったから。



「私は事実を言っているまでです」



私が青年の目を真っ直ぐに見つめてそう言うと彼は私を嘲笑うかのように言った。



「ハッ・・・!やっぱり、アンジェリカから聞いた通りの女だな!」



「・・・!?」



青年の言葉に心臓がドクリとした。



(ア、アンジェリカ・・・?アンジェリカって王女殿下のことよね・・・?)



アンジェリカという名前の女性は一人しかいない。王国唯一の姫で、私を目の敵にしているあの・・・



「・・・あ」



そこで私はハッとなった。



目の前にいるこの青年の正体に気付いてしまったからだ。




(そうだ・・・この人、アンジェリカ王女殿下の取り巻きのリーダー格じゃない!)







アルベール・ダグラス公爵令息



王国の名門ダグラス公爵家の嫡男であり、アンジェリカ王女殿下に恋情を抱いている数多くの貴族令息のうちの一人でもある。王宮で舞踏会が開かれると彼はいつも誰とも踊らず、王女殿下のすぐ傍に控えるのだ。まるで可愛いお姫様を守る騎士のように。



王女殿下は社交の場では何人もの貴族令息を侍らせている。その中で一番身分が高いのがアルベール・ダグラス公爵令息なのである。




(ただ遠くから見ただけで話したことは無かったけど・・・こんな性格だったのね・・・)



私はダグラス公子をまじまじと見つめてそう思った。



いくら顔が整っていて、身分が高いとはいえ性格がこれでは貴族令嬢に相手にされないだろう。だからいつも王女殿下の傍にいるのだろうか。王女殿下のことを呼び捨てにしているあたり、かなり親しい仲なのが窺える。



気付けば私は無意識に彼の名前を口にしていた。



「アルベール・・・ダグラス公子・・・」



「お?何だ、やっと俺の正体に気付いたのか?」



ダグラス公子は私の言葉にニヤリと口の端を上げた。



(ど、どうしよう)



さすがに焦った。どうやら私は公爵家の令息を本気で怒らせてしまったらしい。



「平民が、この俺にそんな口利いてただで済むと思ってないよな?」



「・・・」



ベッドから下りて一歩一歩近付いて来るダグラス公子に、私は思わず後ずさりした。



そんな彼に、付き人の男性が諫めるような声を出した。



「お坊ちゃま!どうか怒りをお沈めください!」



「うるさい、お前は黙ってろ!」



しかしそれでもダグラス公子の怒りは収まらないようで、酷薄な笑みを浮かべて私を見ている。



「この俺に無礼を働いたんだから、そうだな・・・まずは額を床に着けて土下座しろ」



「・・・!」



彼はまるで面白い物でも見ているかのような顔でそう言った。



(するべき・・・なのかな・・・)



ダグラス公子の言葉に私は一瞬悩んだが、ここは従っておいた方が良いと思い彼の言う通り土下座をしようとしゃがみ込んだ。



そのときだった―






「―それは見過ごせないな」



「「!?」」



突如聞こえた声に私は後ろを振り返った。



そこにいたのは―



「お、王太子殿下・・・?」



突然の王太子殿下の登場に驚いたのは私だけではないようで、ダグラス公子も殿下を見て目を丸くしていた。



「何で王太子殿下がここに・・・」




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