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1 プロローグ

「アレックス様・・・愛しています・・・」



「あぁ、俺も君を愛してる・・・」



そう言いながら隣にいる女性と熱い口づけを交わしているのはこの国の勇者であるアレックスだ。



(・・・・・嘘でしょう?)



私は少しだけ開いた扉の隙間からその光景を見てそう思わざるを得なかった。



―何故ならアレックスは私の婚約者だからだ。






アレックスと私は同じ村に住む幼馴染だった。



私と彼が初めて出会ったのはお互いに六歳だった頃だ。



私はお使いから帰る途中の森の中で道に迷い、途方に暮れていた。歩いても歩いても村へは帰れない。誰も助けに来てくれない。まだ幼かった私はどうすることも出来ず、その場で泣き喚いた。そんな私の目の前に現れたのがアレックスだった。

彼はまるで童話に出てくる王子様のように私の前に現れると、私の手を引いて村まで連れて行ってくれたのだ。そのときのことは今でも忘れられない。



それから私とアレックスは親しい付き合いをするようになった。お互いの家を行き来し、外で一緒に遊んだりもした。元々同じ村に住んでいたこともあり、家はそう遠くはなかった。そうしているうちに、いつの間にかほとんどの時間を二人で過ごすようになっていた。



そして、私は次第に彼に惹かれていくようになった。



アレックスと一緒にいる時間は私にとって何よりも幸せなものだった。彼が私のことを想っていてくれなくてもいい。これから先もずっと彼と一緒にいられることだけをただただ願っていた。





それから九年の月日が経った。

私が十五歳になったとき、突然アレックスから話があると言われて呼び出された。



『ソフィア、俺と結婚を前提に付き合ってくれないか』



アレックスは私の前に跪いてそんなことを言った。そのときの彼の顔は真剣そのもので、本気であるということがよく伝わってきた。驚くことに、彼は初めて出会った頃からずっと私のことが好きだったのだという。

私はもちろん彼のプロポーズを了承した。そこで私たちは初めての口づけを交わしたのだ。紛れもない私のファーストキスだった。



私がアレックスのことが好きだというのを知っていたこともあって、両親は私たちの交際をとても喜んでくれた。私も彼と共に幸せな未来を歩んで行けると信じて疑わなかった。



しかし、そんな私たちに変化が訪れた。



ある日、王家からの使者がやってきて私とアレックスを王宮へと連れて行ったのだ。そこで国王陛下から告げられたのは衝撃的なことだった。

何とアレックスと私が国を救う勇者と聖女であるのだという。私はもちろん、アレックスもそれにはかなり驚いた顔をしていた。



国王陛下の話によると、どうやら私は光属性の魔法が使えるようだ。光属性の魔法が使える人間は非常に稀で、少なくともこの国には一人もいないらしい。

そしてアレックスは勇者としての資質があるのだという。たしかにアレックスは剣術が得意だ。村では”天才”とまで言われるほどに。



それから私とアレックスは国王陛下から正式に聖女と勇者と認められ、王宮で暮らすことを命じられた。



王宮では私は光属性魔法の特訓を、アレックスは剣術の稽古をひたすらさせられた。これも勇者と聖女として、魔物たちから国を守るためだという。王宮にいる間、私とアレックスはほとんど会うことが出来なかった。実際私にそんな時間はなく、彼も忙しそうだったからだ。それでも立派な聖女になればいつか会えるのだと信じて魔法の練習を頑張った。



そして、遂にその日がやって来た。



私とアレックスは勇者と聖女として騎士団の魔物の討伐について行くことになり、そのとき久しぶりに彼と再会した。数年ぶりに会う彼は見違えるほど逞しくなっていてまさに勇者の名に相応しい男となっていた。久しぶりに彼に会えたことで私の胸は高鳴っていた。元気だったかとか、王宮での暮らしはどうだったかとか聞きたいことは山ほどあったが必死で我慢した。今は魔物の討伐に集中しなければいけなかったからだ。



そして私たちは魔物の討伐へと向かった。アレックスは驚くほど強くなっていた。大きな剣を振るって魔物を倒すその姿は物凄く格好良かったし、そんな人が私の恋人だということが本当に嬉しかった。その日の討伐は私たちの功績で被害を最小限に抑えることが出来たのだった。この日から私とアレックスは国民たちにも勇者と聖女として認められるようになった。



そして私とアレックスは国中から祝福される形で婚約した。元々恋人同士だったのだからそうなるのは当然だ。しかしそれからというもの、彼は私にどこかよそよそしい態度で接するようになった。



「ねぇ、アレックス。私たちの結婚のことなんだけど・・・」



「ん・・・?あぁ、まだ早いんじゃないか?」



結婚のことを話そうとしても結局は何かと理由を付けて話を逸らされてしまう。国民たちに勇者として認められ、十分時間が出来たにもかかわらず私は以前と同じように彼とほとんど会うことが出来なかった。そんな彼に戸惑いながらも私は王宮で過ごしていた。きっとよくあるマリッジブルーになっているだけだとそう信じていた。



それなのに―






私は目の前の光景を見て愕然としていた。



しばらくその場から動くことが出来なかった。部屋の中で女性と熱い口づけを交わしているのは間違いなく私の婚約者であるアレックスだったから。私が彼を見間違えるはずがない。



そして、相手の女性は―



(アンジェリカ・・・王女殿下・・・)



この国の第一王女であるアンジェリカ殿下だった。



アンジェリカ殿下はゆるくウェーブのかかった金髪に宝石のような赤い瞳をしている美しい方だった。まるで人形のように整った顔立ちをしていて、人々は皆彼女を絶世の美女だと言った。



美しい容姿に加え、彼女は父である国王陛下から溺愛されている。理由はアンジェリカ殿下の母君である側妃様が国王陛下の愛した唯一の女性だからである。国王陛下とアンジェリカ殿下の母君は貴族たちが通う学園で出会ったそうだ。国王陛下は美しく愛想の良い側妃様に惹かれていった。当時陛下には婚約者である公爵令嬢がいたがそんなこと気にもせず側妃様との逢瀬を楽しんだという。



それから次第に国王陛下は公爵令嬢との婚約を破棄して側妃様と結婚したいと思うようになった。しかし、それには大きな問題があった。それは側妃様の身分である。彼女は男爵令嬢だったのだ。男爵令嬢では王妃になることは出来ない。国王陛下は仕方なく婚約者と結婚し、その後に彼女を側妃に迎えた。そんな側妃様はアンジェリカ殿下を産んだ際に亡くなっている。だから国王陛下は側妃様が残していった彼女に瓜二つなアンジェリカ殿下を溺愛しているというわけだ。



「・・・」



私が見ていることにも気付かずに二人は部屋の中で抱き合っていた。アンジェリカ殿下はアレックスのことをうっとりとした目で見つめていて彼はそんな彼女の頭を優しく撫でている。誰から見ても相思相愛だ。



「アレックス様・・・私、アレックス様のお嫁さんになりたいです・・・」



「あぁ、俺も君を妻にしたい」



アレックスは優しい目でアンジェリカ殿下を見てそう言った。



それは間違いなく最愛の女に向けるものだった。先ほどから私の胸はズキズキと痛むばかりだ。



「聖女様との婚約を破棄なさらないんですか?」



「・・・本当は今すぐにでも破棄したいが、あいつは俺にゾッコンだからな。そう簡単には応じないと思う」



「まぁ・・・それは大変ですわね・・・」



「本当に面倒な女だよ。いつもいつも俺の後をついてきて鬱陶しいったらありゃしない。昔はそれを可愛いと思っていたが、ハッキリ言って今は邪魔なだけだ」



アレックスは不機嫌そうな顔で冷たく吐き捨てた。



「・・・!」



私はそれ以上二人の会話を聞きたくなくて背を向けて走り出した。二人だけの世界に入り込んでいるあの二人はそれに気付きもしなかった。





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