Σ(゜д゜lll) 宝物庫への侵入者(その一)
クーはキナコと小声で短く会話する。
宝物庫の偵察が目的なので、基本的には兵士たちと関わり合いたくない。
しかし、この状況は異常だ。放っておくわけにもいかないだろう。
二人は無言でうなずき合うと、音を立てずに兵士に近づいた。
全身を縄で縛られた兵士はどちらも、気を失っているだけで、命に別状はなさそうだ。
さすがに、ここで意識を回復させるのはやめておく。「なぜ、この場所にいるのか?」などと質問されたくない。
兵士たちをこんな風にした相手は、この廊下の先にいるようだ。
角の向こう側から、クーは邪悪な気配を感じていた。キナコも同様らしい。
この先にあるのはお城の宝物庫だ。そこに謎の相手がいる。見張りの兵士たちが襲われていたことから考えて、その目的は自分たちと同じだろう。
「どうする?」
キナコが小声で尋ねてきた。
クーは少しだけ考える。
この先にいるのはおそらく、宝物庫への侵入者だ。
ここでもしも、今すぐお城の人を探しに戻って、「宝物庫ら辺の窓に変な明かりが見えました」などと言えば、その侵入者を捕まえることができるかもしれない。
しかし、それをするのは気が進まなかった。
そのあとはおそらく、宝物庫の警備が強化される。今夜はずっと、その警備体制が維持されるに違いない。クーたちが宝物庫に侵入するのも難しくなってしまう。
キナコたちの誰かが王子と結婚する、それが無理な場合は、「宝物庫に侵入しての一攫千金」こそが、『退学』を阻止するための唯一の手段だろう。
(これには、ぼくやスティンクルだけじゃない。テテルやリプリスの将来もかかっている)
なので、ここでの判断は、
「進もう。ぼくたちで侵入者を撃退する」
「そうこなくっちゃ♪」
今の二人の格好は、ドレス姿ではなかった。舞踏会の会場を出たあと、クーの魔法でおそろいの忍者装束になっている。黒い忍者装束の背中には、「赤い月夜に、吠える金色の竜」が大きく刺繍されていた。
角の向こう側にいる何者かの気配、それをクーは注意深く探ってみる。
どうやら、侵入者は一人じゃないみたいだ。
(三人いる)
声を出せば相手に聞こえるかもしれないので、クーは指を立てて、その人数をキナコに知らせた。
さらに、床に二種類の硬貨を並べる。
金色の硬貨が二枚。これは自分たちの現在地だ。
で、銀色の硬貨が三枚。相手の位置である。二枚はこちらに近い場所に、一枚は少し遠くに置いた。
ウルフェニックス先生の授業で習った、「声を出さずに戦況を伝える方法」の一つだ。有名な「サバイバル術の本」に書いてある内容らしい。
この説明でうまく伝わるかどうか、クーは不安だったけれど、どうやらキナコは理解してくれたみたいだ。力強くうなずいてくる。
こっちは二人。相手は三人。
まずは奇襲で一人を倒す。そうすれば二対二だ。
しかし、クーの目論見通りにはいかない。
「いるな。ネズミが一匹」
角の向こう側、それよりもさらに奥から、女性の低い声がした。声を潜めているのではなく、これが地声だと思われる。
(たぶん、こいつがリーダー格だ)
クーは直感した。相手三人の中で、こいつが一番遠くにいる。
「駆除しろ」
その指示で他の二人が動いた。クーたちの方に、二つの気配が近づいてくる。
直前にリーダー格が言ったのは、「ネズミが一匹」だった。たぶん、キナコの気配にだけ気づいたのだろう。
しかし、実際には、こっちは二人だ。クーの存在はばれていない。よって、不意打ちは可能。
金色の硬貨の片方を、クーはさっと指で動かした。
――廊下の真ん中に移動して。
黙ってうなずくキナコ。その指示に従ってくれる。
一方で、クーは壁に沿って少しだけ前へと進んだ。
その直後に、角の向こう側から、相手二人が姿を現す。
どちらも銀色の兜をかぶっていた。
カボチャそっくりの形をした兜で、悪魔のような目鼻がついている。その頭頂部には、リボンを巻いたフォークが刺さっていた。
頭部全体を覆う兜なので、相手の顔はわからない。
服装は迷彩柄のジャージ。
二人とも女だ。
相手は角を曲がった瞬間、その視線をキナコに向けた。廊下の真ん中に立っているのだから、普通はそうする。自然な反応。
この瞬間をクーは狙っていた。
壁際から勢いよく飛び出す。相手にとっては、死角となる位置からの奇襲だ。




