Σ(゜д゜lll) あの人、どうしましょうか?
マルリア嬢が機械の修理をしている一方で、ゾーンビルドは馬車が行列をつくっている横を通って、一人の男性に近づいていく。
王室の侍従武官が着るのと同じ、白い軍服姿の男性だ。左胸には、たくさんの勲章がついている。
「ウルフェニックス先生、ご相談したいことが」
「どうした、ゾーンビルド」
テテルたち四人の担任の中で、ゾーンビルドは一番の若輩だ。一方で、ウルフェニックス先生は最年長である。
また、ゾーンビルドにとって、ウルフェニックス先生は「学生時代の恩師」でもあった。
「あの人、どうしましょうか?」
ゾーンビルドが視線で示したのは、「シンデレラ」たちではない。そのうしろで、「こそこそしている若い男性」だ。
鼻のすぐ下には、逆カモメ型のヒゲ。どう見ても、「つけヒゲ」だ。
また、両方の頬にはネコのヒゲがある。が、あれもサインペンで書いたものとしか・・・・・・。
ウルフェニックス先生が声を潜める。
「隣国のリチャード王子か」
「やはり、先生もお気づきでしたか」
ゾーンビルドも小声で返す。
「当たり前だが、他の者たちも気づいているよな?」
「はい。門番たちは気づいています」
だから、あの場を離れる直前、ゾーンビルドは門番たちにこっそり合図をしていた。
――監視せよ。逃走しない限り、捕獲は待て。
「どうします?」
判断を求めると、ウルフェニックス先生が少しだけ笑った。こちらの意図をおそらく見抜いている。
「ゾーンビルド、君の考えを聞こうか」
その口調からは、厳しさよりも信頼を感じる。
学生時代のことをふっと思い出しながら、ゾーンビルドは自分の意見を言ってみた。
「何も気づかないふりをして、このまま城の中に入れるべきかと」
「俺も同意見だ。特に今日はな。あの王子には目の届く範囲にいてもらった方がいいだろう」
ウルフェニックス先生が満足そうにうなずいたので、ゾーンビルドはホッとした。昔の自分はどちらかと言うと、落ちこぼれの方だった。それが今は懐かしい。
指名手配されているとはいえ、リチャード王子を城の中に入れておく。でないと、あの王子はのちのち、面倒な騒ぎを起こしかねない。
今夜はこれから、大事な戦いがあるのだ。
最強の魔女ゴルディロックスとの決戦。運命の時間は迫っている。
テテルたちも城に到着したことで、自分たちの計画の針もさらに先へと進んだ。
もう少ししたら、計画の最終段階を開始する。
そこから先は、死闘になるだろう。
なので、事前に予想できる不安材料は、少しでも減らしておいた方がいい。
こちらの目の届く範囲にいるのなら、あの王子が問題行動を起こす前に、いくらでも手の打ちようがある。
城の中には今、ヴァンプラッシュ先生やエクスアイズ先生もいるのだ。リチャード王子の一人や二人、どうにでもなるはず。
ただし、あの王子は指名手配されている身。今夜の舞踏会において、招かれざる客だ。
この国の王子が結婚相手を決めようとしているのに、女好きのリチャード王子を城の中に入れるのは、それはそれでリスクになる。
なので、ゾーンビルドの一存では軽々しく判断を下せない。さすがに越権行為になる。
その辺の事情を、ウルフェニックス先生は最初から察していたようで、
「わかっている。王室の方には、俺から話を通そう」
ゾーンビルドは再びホッとする。これで目的は果たした。リチャード王子はこのまま城の中に入れてしまおう。
「こういうことは急いだ方がいいな」
ウルフェニックス先生が指をパチンと鳴らすと、その指先に赤い炎が出現する。
この魔法自体は初歩の初歩だ。うちの学校でも最初に教えている。もっと大きな炎を出すとなると、一気に難易度がはね上がるが、これなら簡単だ。
しかし、ここから先が違った。特殊なアレンジが加わる。
ウルフェニックス先生は『天狼』だ。『不死鳥』と『人狼』の混血である。基本的には人の姿だが、昼なら『不死鳥』に、夜なら『人狼』に変身することが可能。
また、変身できない時間帯であっても、夜に『不死鳥』由来の力を、昼に『人狼』由来の力を使うことができるのだ。
で、今は夜。指先の炎が、赤からタンポポ色へと変わっていく。さらに、小鳥の形へと変わっていった。このアレンジは、ウルフェニックス先生の専用だ。
「よし、伝えてこい」
炎の小鳥が指先から飛び立った。
小鳥は向かう。この国の王子の側近、銀髪の執事がいる場所へと。




