Σ(゜д゜lll) なかなかひどい有様
クーたち四人が超巨大馬車でホテルに到着したのと同じ頃、一人の男が道なき道を疾走していた。普通の人間には追いつけない速度だが、その精悍な顔つきに疲れの色は一切ない。
(少し急ぐとするか)
男は崖の方へと向かう。
そして、躊躇なく崖からジャンプした。真下の地面までは、優に百メートルはある。
が、男は落ち着いていた。落下速度を緩めるような魔法は使わない。そんなことをしなくても、この程度の高さなら、何の問題もなく着地できる。
地面まで少し時間があるので、男は空中で大きく伸びをした。
今夜の舞踏会に参加するので、いつもとは違う服装をしている。それで、どうにも肩がこるのだ。
王室の侍従武官が着る白い軍服で、その中でも最高格。侍従武官の筆頭、ないしは、その要職を過去に務めた者だけが、着用を許される特別製だ。
両方の肩には、「王家の紋章」が刺繍されている。通常の侍従武官だと、紋章は右肩のみだ。左肩にはない。
落下中の風で、左胸につけた勲章の群れが音を立てた。男は右手で、それらを軽く押さえる。
その直後、地面に足がついた。常人なら骨折してさらに筋組織も破壊される、そんな衝撃が突き上げてくる。
だが、何事もなかったように走り出した。
やせ我慢ではない。極度に鈍感なわけでもない。
男は『人狼』だ。
その上、『不死鳥』の血も混ざっている。
両種族の混血で、『天狼』と呼ばれる存在だ。『人狼』の強靱な筋力や耐久力に加えて、『不死鳥』の超再生能力もある。
なので、今の十倍の高さから飛び降りたとしても、まったく問題なかった。崖から飛び降りたおかげで、数秒の近道に成功。
(それにしても)
男は短く息を吐く。
本来なら今頃、お城でゆっくりしていたはずだった。
しかし、予定が変わった。
お城に通じる道の片方で、何か異変が起きているらしい。ある時間を境に、そっちの道から来る馬車が途絶えたのだ。確認に送った兵士たちも、未だ戻ってきていない。
ヴァンプラッシュによれば、生徒たちは今頃、別の道を進んでいるそうだ。したがって、この異変、あの問題児たちの仕業ではない。
(招かれざる客でもいるのか)
男は走りながら目を閉じる。
すぐに心の中でつぶやいた。
(いるな、三人)
敵の数を、気配で感知する。
三人の内、二人は大したことがないようだ。しかし、一人はかなりの手練れらしい。
気配を消して近づこうかと、一瞬思ったがやめた。おそらく、こっちの接近を、すでに向こうも気づいているだろう。
ならば、こうした方がいい。
走る速度を上げた。風を置き去りにする。
そして、一分ほど経って足を止めた。
現場に着いたのだ。軽く見回しただけでもわかる。なかなかひどい有様だ。
いくつもの馬車が横倒しになっている。馬車の急所が的確に潰されていた。ああなったら、走行中でも馬車は止まる。
ひどい有様なのは、それだけではない。
まばらに立つ木々、その太い枝からは、男たちが吊るされていた。全身を縄で縛られていて、気を失っている男たちの数は二〇を下らない。お城から派遣した兵士たちの姿もあった。
これをやった連中にとって、「戦利品」のつもりらしい。吊るされている男たちは、若い者がほとんどだ。
そうでない者たちは、襲撃された馬車と同様、傷つき地面に倒れている。
そんな中で、臨戦態勢をとっているのが、謎の兜をかぶった三人だ。
カボチャそっくりの形をした兜で、悪魔のような目鼻がついている。真ん中の一人がかぶっているのは金色で、左右の二人は銀色だ。それぞれの頭頂部には、リボンを巻いたフォークが刺さっている。
頭部全体を覆う兜なので、相手の顔はわからない。
三人の首から下に、男は視線を移した。
服装は迷彩柄のジャージ。頭以外は防御を捨てて、動きやすさを重視しているようだ。金色兜の奴だけが、厚みのある革手袋をしている。
三人とも女だ。
あの馬車もあの兵士たちも、こいつらの仕業らしい。




