Σ(゜д゜lll) この学校の『伝説』に(その八)
テテルを寮に帰したあと、ヴァンプラッシュは自分の研究室で一人、ミニトマト三個分の果汁が入ったコーヒーを飲んでいた。
あんなもので良かっただろうか。普段の自分とは違う言動、ああいう芝居はどうも疲れる。
テーブルの上には、一冊の本が置いてあった。題名は『教育には、ユーモアが必要。楽しくない先生に、迷える子羊はついてこない』。
ヴァンプラッシュはコーヒーカップを置くと、指を鳴らした。青白い炎が上がり、本が灰へと変わる。
一ページも読んでいないが、もったいないとは思わなかった。そんな目的で買った本ではない。テテルに見せるために用意した「小道具」だ。
あの子は観察力が優れている。細かいことにも気づきやすい。
だが、今の段階ではまだ、こちらの真意を悟られるわけにはいかない。
そこで、あえて用意した。『退学』の話をする際、テテルが余計なことに気づかないよう、煙幕になりそうな「小道具」を。
あの本は、本当に隠したいものごとから、テテルの目をそらすための囮だ。こちらの演技を、本の影響を受けたことによる演技だと、誤認させるのが目的。
先ほどのテテルの様子からして、本はその役割を十分に果たしたと言える。
あの子はまだ真実に気づいていないようだ。
三百年ぶりに校長先生が帰ってきたとか、テテルたちのイタズラにご立腹だとか、すべてウソだ。エクスアイズが考えたもので、『退学』というのももちろんウソ。
しかし、ある目的を成し遂げるために、テテルたちには大きな困難に立ち向かってもらう必要がある。
運命があの四人を、いや、あの八人を選んだのだ。
テテル、クー、スティンクル、リプリス。
さらに、四人がお城に連れてくる、それぞれの相方。
シンデレラ、キナコ、フォーテシア、マルリア。
およそ三か月前、エクスアイズの『未来予知』に変化があった。未来ゴーストには、未来を予知する能力がある。
未来が変わった原因は、おそらくこれだ。テテルが入学時から育てていた『怒り花火』。
今はヴァンプラッシュが持っている。
テテルが慌てて用意した「代用品」ではなく、この『怒り花火』を使っていれば、あの四人は先ほど、時計台の破壊に余裕で成功していただろう。ゾーンビルドは今頃、スクラップ状態になっていた。この研究室も吹き飛んでいたに違いない。
ヴァンプラッシュはかすかに苦笑すると、
「本当に優秀な生徒たちだ」
それだけに、危険な戦いに巻き込むことを、うしろめたくも感じている。
しかし、運命の列車はすでに走り出したのだ。
研究室の奥へと歩きながら、ヴァンプラッシュはつぶやく。
「この世界には魔女がいる」
良い魔女と、悪い魔女だ。
それから無言になると、一枚の絵画が掛かっている場所で足を止めた。
エクスアイズの『未来予知』は、絵を描くことで未来の情報を得る。
あることに関して、ここ何年間はずっと同じ絵ばかりだった。固定された最悪の未来だ。
ところが、およそ三か月前から、違う絵も描くようになった。そっちの絵には、テテルたち四人と、シンデレラたち四人が描かれていた。
なので、魔女と相方の組み合わせは、その絵を元に決めている。
クーとキナコ。
スティンクルとフォーテシア。
リプリスとマルリア。
そして、テテルの横で笑っているのが、シンデレラだった。
ヴァンプラッシュは壁の絵をじっと見る。
この絵にテテルたちは描かれていない。これと同じものを、エクスアイズは何年間も描き続けてきた。固定された最悪の未来だ。
絵の真ん中には、不気味な仮面をつけた魔女がいる。黒いローブを二重にまとっているので、その下の服装はわからない。
ただし、悪い魔女だということはわかる。
魔女の足元には、おびえる無数のカエルたち。
カエルたちの周囲では、ゾーンビルドがばらばらになっている。しかも、頭部には杭が刺さっていた。脳を貫通している。
さらに魔女の背後には、三つの十字架が立っていた。
十字架に磔にされているのは、自分とウルフェニックスとエクスアイズだ。三人とも同じ仮面をつけられている。『服従の仮面』だ。
その後方には時計台があり、長針と短針が「12」の位置で重なっている。
これまでの『未来予知』は決まって、この絵だった。
しかし、今は違う。三回に一回くらいの割合で、もう一つの絵になる。運命が変わる可能性が出てきたのだ。
だから、ヴァンプラッシュは期待する。
「もしも、この困難をテテルたちが乗り越えることができたなら・・・・・・」
必ずや、この学校の『伝説』になる。誰もが成し遂げられなかった、最高の『伝説』に。




