第92話 形から入るもの
暗闇に沈む街。家に向かう道を照らす街灯は均等に配置され、帰り道を示す。私はイヴリンとあの屋上広場から別れ、帰路に着いた。街は夜の時間へと営業を変えていき、子供たちや昼間に働いていた人たちは家に帰る。そして私も、いつもの我が家に帰ってきた。珍しく家の明かりがついているのを見て、母が帰ってきていることに気づく。
「ただいま」
「お帰りなさい。ごはん、出来てるよ」
母は玄関で私を出迎え、そのままテーブルに私を誘う。テーブルにはいつもの固いパンと、シチューが置いてあった。さほど寒いわけではないが、シチューは母の得意料理の一つなのだ。私は濡れタオルで手を拭き、椅子に座ってごはんを食べ始めた。向かい側には母が座り、頬杖をついて私が食べてる姿を見ている。
「学校はどう、楽しい?」
「うん、まあ、それなりに」
「エルヴィラさん達とは仲良くしてる?」
「大丈夫だよ。ちゃんと遊んでるし話してる」
「他にも友達、出来たんでしょ。お母さん、会ってみたいな」
「仕事忙しいんでしょ。タイミング合わないよ」
「まあ、それもそうなんだけどね。お父さんも全然帰ってこれてないしさ。アルマリアのこと、恋しがってるよ」
「恋しいなら帰ってきてよ」
「伝えとくよ。でも、ちょっと今は微妙な時期みたい」
「いつも微妙な時期な気がするんだけど」
「うん、私も思ってる。だから伝えとくよ」
私は決して怒ってるわけではない。でも、こういう風に言いたくなるのだ。そして、私がどういう気持ちでいるのか、多分両親は分かってる。けれど、その気持ちに対しての一番響く言葉は、上手く紡げない。その微妙なもどかしさが、思春期の私を両親から突き放している。
「そういえば、学校でそろそろ魔法学演習の実演発表があるんでしょ? 聞いたよ」
「うん。あるよ」
「それで、お父さんと私から、あなたに贈り物しようと思ってね」
そう言って、母は右手を掲げる。すると時空間属性魔法が発動し、空間から黒い三角帽子が出現した。母はその帽子を私の頭に被せる。
「うん。魔女っぽい」
「これ何? 何か特別な帽子?」
「まあ、歴史ある帽子ではあるかな。その帽子をかぶれば、誰でもたちまち魔女気分になれるじゃない? 人は形から入ると意外に上手くいくものなんだよ」
「ふーん」
私は三角帽子を深くかぶる。そして、母に見えないように、少しだけ笑みを零したのだった。