第8話 不穏な放課後
お腹の空色は快晴。紅茶とケーキで胃と心が癒された私は、椅子にもたれかかり、満足げな顔をしながら自分のお腹をさする。オズマンドは涼しい顔をして、メーヴィスは満面の笑みをしながら二人も満たされた心を満喫していた。
「さて、そろそろ出ようか。二人とも、この後は何か予定はあるの?」
「んー、あたしはないよ。正直、今日は家に帰りたくないし、門限ギリギリまで外に居たい気分」
「メーヴィスは毎日そうでしょう。わたしは特に何もないですね。強いて言うなら、図書館で書物でも漁ろうかと思っていましたけど、友人を差し置いてまでやらないといけないわけではないですよ」
「そっか。それじゃあ、どうせなら私の小学部からの友達を紹介するよ。なんか向こうのテーブルにいるし、呼べばくるだろうし」
「エルヴィラとジーク、だよね。私たちはクラスでもう何回か話してるよ。でも確かに、みんなで遊んだほうが楽しいよね。つまんない図書館でも、友達と行けばそれなりに楽しめそうだしさ」
メーヴィスはオズマンドを横目で見つめる。オズマンドはメーヴィスの顔を見ないようにそっぽを向き、少しいじけるようなしぐさをする。
「すみませんね、いつもつまんない図書館に付き合わせてしまって。これがわたしという男なんですよ。つまんない男なんです」
「べっつにそこまで言ってないですけどね。オズに行先を決めさせるといつも図書館なのがちょっとつまんないなって思ってただけです~。じゃあ、この後はエルヴィラとジークたちも呼んで、図書館にでも行こうよ」
そうしてカフェ後の目的地が決まったところで、私はエルヴィラたちの方を見る。二人はまだ隠れているつもりのようだが、もうバレバレだ。私は風魔法でエルヴィラの髪を撫でた。それでバレたことに気づいたのか、照れ隠しの笑顔を浮かべて席を立つ。
私はテーブルに置いてある伝票を取ろうとしたが、すでにそれはオズマンドの手にあった。
「わたしから誘ったので、奢ります。気にしないでください」
「そーそー。オズはね。純潔じゃないけどお金持ちなんだね~。両親が大学の偉い先生なんだもんね」
「……まあ、そういうことなので、全く気にしないで良いですから」
「うーん。分かった。そういうことなら今回はお願いするね。ご馳走様です」
ここまで弁明されると、むしろ断りづらい。なので今回はオズの好意に甘えることにした。ただ、次回は何かしらを奢るつもりで、こちらから誘うことにしよう。
そうして私たちはカフェを出た。通りは入る前よりも人通りが多くなり、大人たちの話し声が合唱のように響く。この光景にいち早く反応するのは、いつも決まってエルヴィラで、彼女の言葉にジークが反応するのが決まりの流れだ。
「わあ、なんかさっきよりも人多いね! 誰か街頭演説でもしてるのかな?」
「エルヴィラのお父さんたちじゃないのか? 最近色々な意味で名前が広がってるし」
「ううん、今日は演説する予定はないって聞いてたよ! 演説する日はいつも私に教えてくれるからね!」
そして今日はオズマンドとメーヴィスも会話に入ってくる。
「へえそういうもんなんだ。流石は純潔一族。律儀なもんだね~」
「メーヴィス。そんな言い方しない。ちゃんと家族の中で予定を共有しているなんて、しっかりしているよ。わたしの所はむしろなにやっているのか全然分からないんだ。ジークの方はどうだい?」
「そうなのか。まあ、俺の家も似たようなもんだな。……いや、多分俺が興味なさすぎるだけかもしれない」
「ふーん。私の家は移住の血だから、全然そういう感覚分からないや。もし気になるなら見に行ってみる?」
「うん、そうしよう! ねね、行こう!」
エルヴィラはそう言って、先頭に立って多くの通行人が歩く先へと歩き始める。私たちも彼女の後ろのついて行くことにした。
進めば進むほどに人が多くなっていき、人の声が華やかになっていく。何かを大きな声で演説する音も混ざり、誰が何を話しているのか分からない状態だ。。人の波をかき分けて進み、人が密集しているところまでたどり着いた。私はエルヴィラのすぐ後ろにいたため、エルヴィラが急に立ち止まり、彼女の背中に顔が埋まることで歩みは止まった。
「ど、どうたのエルヴィラ。急に止まってさ」
「……うん。ごめん。あのね。ほら、あの高台で演説している人、見て」
私はエルヴィラが示した方を見る。そこには、小学部で何回かあったことのある、エルヴィラのお兄さんが、革新派の街頭演説をしていたのだった。