第6話 天性属性
午後の快晴。晴れ渡る空の下、広大な芝生の演習場に、私たちのクラス全員が集まる。理由は一つ。午後の授業が魔法学演習だからだ。てっきり初回は教室でガイダンスだけかと思ったが、どうやらそうではないらしい。担任のエルディン先生はいつもの転送魔法で私たちの前に出現し、あたかもずっとその場にいたかのように、話しを始めた。
「恐らく皆さんが中学部に上がる際に最も楽しみにしていたと思いますが、これから魔法学演習を始めます。初回の今日は、皆さんの魔法の天性魔法、現状の技量を見て、今後の個別指導の参考にさせてもらいます。本当は色々と説明などなど出来ればと思ってはいますが、皆さんの顔を見れば、早く魔法を思いっきり使いたくてうずうずしているのがわかります。なので、さっそく始めていきましょう」
エルディン先生は第一印象は固い感じだが、よくよく話を聞いたりしていると、意外に柔軟な考え方もしてくれる人のようだ。先生の話を聞いて純潔一族でない生徒たちは喜びの声を上げて盛り上がっている。純潔一族と思われる生徒はそんな彼らの姿を、非情に冷たい目で見ていた。もちろん、エルヴィラを除いてだが。
先生の言っていた技量測定は2つのグループに分かれて行うことになった。人数的に先生一人では流石に対応しきれないため、副担任の先生と分けるようだ。その結果、エルヴィラは副担任、私とジークはエルディン先生の方に分けられた。
「いや、どうみても純潔一族とそれ以外で分けてるだろう」
「まあそうなるとは思ってたけど。正直分ける意味が分からない」
「そもそも騎士養成学校に来る純潔一族は純潔一族たちの間じゃ落ちぶれ者だって思われるからな。そんな狭い世間の目を我慢してきてるやつ等のご機嫌取りに、学校側も大変なんだよ。こういう実力が見えやすいところで、何が何でも褒めていかなきゃまずいんだろうな」
「つまり、副担任は褒め上手ってことだね。でも、場所は変わらないみたいだけど」
副担任のグループは、私たちと同じ演習場で、話し声が聞こえないくらいに離れた隣の方に居た。ちょうど半分少しの人数の純潔一族があそこに集まっている。もちろんその中にエルヴィラも含まれていた。
「そこはしょうがないだろうな。場所がないし。どうせだし、純潔一族の魔法とやらを見てやろう」
ジークはそう言って、腕を組んで体を純潔一族のグループへ向けた。それと同時に、エルディン先生の声の合図で、技量測定が始まった。
私もジークと一緒に純潔一族の方に目を向ける。その瞬間、一番手が放った炎魔法が中距離に置かれている的に当たり、凄まじい爆発を引き起こした。ドンと響く音に遅れて、爆風が私たちの間を刹那に過ぎる。がやがやと雑音が響き渡っていた私たちのグループは瞬時に静まり、純潔一族のグループに目を向ける。立ち上る黒煙を横目に、発動者の純潔は余裕な仕草をして列から外れていった。
「はい、みなさんも思い切りやってくれて大丈夫なので、続けましょう」
エルディン先生はそう言い、こちらのグループたちは我に返る。そして、戦闘の生徒から順に、魔法の発動を始めた。こっちのグループの魔法は、明らかに純潔よりも弱弱しく、的に焦がすとか、濡らすとか、揺らす程度の魔法しか発動していなかった。そんな弱者の戯れをあざ笑うかのように、純潔の方から激しい魔法の余韻がこちらに届く。
「流石の純潔だ。魔法の扱い方については稽古済みってことだろうな」
「こっち側の人たちとの実力は歴然ってことかな。まあ、私はどちらでも良いんだけどね」
「アルマリアはそういうのはどうでもいいもんな。ま、俺もそこまで気にしないが」
そんな会話をしていると、いつの間にか前にいる人が2人になっており、自分の順番が来ることに気づいた。流石に順番が近いので、自分のグループの方に集中することにした。
「次は、オズマンド・ヒンデンブルクか。さて、君の天性属性は?」
「わたしは水属性が天性とされています。メジャーな属性でも最も汎用性の高いもので、わたしも細かな扱いを学んでいきたいと――」
「おっと、語りたい気持ちはあると思いますが、まずは実践で現状を見せてください」
「――はい、分かりました。それでは、行きます」
オズマンドと呼ばれた男子は両手を掲げ、魔法発動に集中する。少し間があり、掲げた手から出現した小魔法の魔方陣から、水魔法が出る。その水は魚の姿を取り、宙を自由に飛び、そして的の中心に当たって弾けた。
「なるほど。制御は得意なようですね。分かりました。では次」
オズマンドは首を傾け納得していない様子のまま、列から外れる。そして私の前にいる、女子の順番になった。
「メーヴィス・ファインハルスですね。君の天性属性はなんですか?」
「あたしは、重力魔法かな。まだ全然扱えないけど。ってか、お姉ちゃんに親がつきっきりだから、魔法の練習も一人だったし、全然扱えないんだけど」
「良いんですよ。別に実力を見るわけではないので。むしろ私としては、メーヴィスさんのような生徒を教える立場なので、これから伸びていきますよ。だからこそ、現状把握をしたいのです。さあ、今の時点でのあなたの魔法、見せてください」
メーヴィスと呼ばれた女子は、先生の言葉に頷き、右手を前に出す。先ほどのオズマンドよりも少し時間がかかったが、メーヴィスの魔法は発動する。メーヴィスは左手でポケットから小さな銀色の玉を取り出す。その銀の玉はメーヴィスの手から離れ、宙に浮く。そして、その銀の玉は何かに弾かれるように弾き跳び、的のを中心から少し離れたところに命中した。
「ふむ。中々面白い。やはり重力魔法が天性だと色々と教え甲斐がありそうですね。ありがとう、メーヴィス。では次」
メーヴィスはエルディン先生に会釈して列から外れた。そして、私の番となる。
「そうか、君が――。アルマリア・メラクですね。さて、君の天性属性は?」
「えっと、実はまだよく分かっていなくて」
「ほう、小学部でどんな属性なのかを調べると思うのですが、調べることが出来なったのですが?」
「いえ、調べました。でも、いろんな属性が判明したんです。一定ではないというか、先生から、これですと言われなくて、まだ分からないと言われたんです」
「そうですか。なるほど、分かりました。まあいいでしょう。ひとまず、自身で最も扱いやすい魔法を見せてください」
エルディン先生からそう言われ、私は目をつぶる。目を閉じた先に見える光景は、果てしない空。そして私は目を開けて魔法を発動する。すると、頭上の空は急激に変化し、厚い雲が集い、風も吹き荒れてくる。ぼつぼつと雨が降り出す。私は的に意識を集中すると、雨が頭上で集まりだし、それは自分のこぶし大まで大きくなる。そして風の力を利用して、的に向けて撃った。かなりの速さで飛来するその水弾は、的に命中して的を弾き飛ばした。的が地面に落ち、空は元の快晴に戻って行った。
後ろから、それに純潔の方からも視線を感じる。流石の私もここまで注目されると少し緊張するが、
「はい、よく分かりました。では、次」
エルディン先生の言葉で私は自分の意識を戻すことが出来て、そして列から外れた。終わった人たちが待機しているところに行き、適当に地面に座る。一息ついていると、隣に二人、座ってきた。見ると、先ほど自分の前に魔法を披露していた、オズマンドとメーヴィスだった。
「さきほどの魔法、まさかあなたがやったんですか」
「そう、だね。うん。そうだよ」
「マジか。めっちゃびっくりしたわー。急に空が暗くなるんだもん。天気悪くなれば早く家に帰れると思ったのにすぐに天気戻っちゃうし。もっかい天気悪くすること出来る?」
「メーヴィス、魔法をサボりの手段で考えちゃいけない。もしかしたらアルマリアさんは素晴らしい天性の持ち主かもしれないんだから」
オズマンドはメーヴィスにそういい、続けて私の顔を見ながら言う。
「アルマリアさん。今日の放課後、時間はありますか? もしあるのなら、ぜひともカフェでスイーツをおごらせてください」
そうして私は、白昼堂々と、しかも騎士養成学校の授業中、人生で初めてのナンパをされたのだった。