第5話 革新派の絶望
帰宅した夜。窓から吹く風が心地よく思わず家の屋根に上る。今日が入学式だと言うことを忘れてしまうほど、色々なことが起きた一日だった。出来事の中でも、やはり最後にあった襲撃がどうしても気になる。目的はあるのか、誰かを狙ったものなのか。相手は自分たちと同じ背丈のようで、よほど低身長ではない限りは大人が相手ではなかったはず。地魔法を使う中学生。もし中学生だとしたら、同じ学校ではないことを祈るしかない。明日は何事もなく終わればいいな、風が運ぶ夜の香りをかぎながら、そう思っていた。
翌日、通学路は何ごともなく学校の教室へとたどり着く。教室内はいくつかの小グループで集まり、談笑をしていた。恐らくは小学部から同じ人たちが集まっているのだろうが、いくつかのグループは、私のことを時折ちらりと見ていた。
「おはよう、マリア!」
後ろからエルヴィラの明るい声が響く。彼女は昨日の出来事何て気にしていないくらいの笑顔を見せ、私の肩に触れる。
「今日から授業のオリエンテーションだね! マリアはどの授業が気になってる?」
「わたしは、やっぱり魔法学演習かな。やっと感覚とか、独学レベルから抜け出せるからね。そもそもそれを目的にここに入ったようなものだし。エルヴィラは?」
「私もやっぱり魔法学演習かな!やっぱりちゃんと魔法は扱いたいからね! ちゃんと扱えれば、マリアのことも守れるし、なにより私自身も自信を持てるから!」
「わたしのことよりもまずは自分の身を案じてね。さて、ジークはどの授業が気になる?」
私たちが話している間にジークが席に座るのが見え、流れでジークに問いかける。ジークは机に頬杖ををつき、いつも通りに応える。
「俺は全部だな。騎士になるための授業なんだから、行われる授業はすべて大切だ。知識も武器になるし、自分の身を護るのも知識だからな。それに、俺は演習なんてしなくてももう親から魔法については稽古をつけてもらっているし、あんまり必要性は感じていないな」
「まあ、確かにジークは小学部から魔法の扱いは他の子たちよりうまかったね! そのせいで上級生から妬まれてたっけ!」
「そういうこともあったな。俺は何もしてなかったのに、勝手に嫉妬してきて。返り討ちにしたこともあったな」
「流石ジーク。純潔主義者が嫌う性格してるよね。私は嫌いじゃない」
「そう、なんだよな。俺はそんなつもりないのに」
その時、ホームルームの時間を告げるチャイムが鳴った。同時に先生も瞬間移動の魔法で教卓の前に出現し、出席簿やお知らせなどの書類を教卓に置く。クラスの生徒たち全員、席に着き、先生が出欠を取る。お知らせが終わるころには一限目の時間になり、そのまま午前中の授業が始まった。午前中は座学の授業で、正直記憶に残っていない。私の興味は窓から見える青空に注がれ、気付いたときにはお昼の時間になっていた。平和なお昼になると思っていたが、珍しくエルヴィラは朝とは打って変わり、少し深刻そうな表情をして私とジークに話しかける。
「あの、二人とも、ちょっと3人になれるところでごはん食べない? 話したいことがあるんだ」
「良いよ。ジークも良いよね」
「問題ない。行くなら早く行こう」
そうして、私たちは敷地内にあるベンチへと向かった。エルヴィラを真ん中にして、挟むように私とジークが座る。最初はお昼ご飯を静かに食べ、食べ終わった後、しばらく静かな状態が続き、近くに生える木の葉っぱたちが風に揺れる影を見ながら、少ししてエルヴィラは話し始める。
「あの、昨日の襲われたことなんだけどね。あれは、多分、私を狙った者なんだと思うの」
「エルヴィラを? それは、もしかして」
「うん。私の家族、一族はいわゆる革新派で、両親は、マリアのような移住者たちを優遇するような考えを持って活動しているんだ。でも、知っての通り、この国はまだ保守派の勢力が絶大でね。正直言って、両親も過激派に結構命を狙われることが多かったりするんだ」
「そう、だったんだ。だから、小学部の時は通学も誰かと一緒に来てたんだ」
「うん。でも、私ももう中学部に入って、子供じゃないんだって思って、それで、友達と一緒に行動するって条件で、入学式は動いたんだ。でも、登校の時でも、放課後でも、襲われちゃって」
「登校の時のあれはたまたま、とは確かに言い切れないね。それに、放課後の襲撃は、確かにあれは明確にエルヴィラを狙ったものだったかも」
「なんだ。昨日の登校時点でそんなことあったのか」
「うん。だからね。これからも襲われちゃうと思うんだ。私を捕まえて、人質にすれば両親を操れるから。だからね、学校の時間以外はやっぱりあまり会わない方が良いかなって思って。二人に迷惑かけられないから……」
エルヴィラの声は悲しそうにトーンが下がっていく。エルヴィラにとってそれは、自由が制限されることの宣言に等しい。小学部から続いた窮屈な状況が、中学部でも続く。強い制限からの自由を望み、それが叶わないのは、彼女にとっての絶望なのかもしれない。
「そっかそっか。私たちのことも考えてくれてありがとう、エルヴィラ。でもね。私は思うんだ。もう中学部に上がって、少し大人に近づいたんだって。だから、小学部と全く同じじゃなくても良いと思うんだ。例えば、放課後くらいは自由に過ごすとかね」
「でも、もし自由に出来るなら私は、二人と遊びたい……出来るのなら新しいクラスメイト達とも遊びたい。でも、あのクラスも保守派が多そうだし、放課後一緒に過ごして、また二人を巻き込んじゃうのは嫌だ……」
「大丈夫。もう私たちも子供じゃないんだからさ。昨日は人通りの少ない所を襲われたけど、これからは大通りで見通しの良い所で遊べばいいよ。それに、いざとなったらジークが助けてくれるでしょう?」
「それはもちろん必要があればな」
彼女にとって、少し制限が緩い、自由があるのだと分かれば、大きな絶望は咲かせないのではないかと思い、そう話した。そうでもしないと、エルヴィラは鳥かごのひなのままで、力も何も得られないと思う。少なくとも、彼女はそれを望んでいないことは理解しているつもりだった。
「だから、今日の放課後も遊ぼう。そんな長くはいないようにして、大通りを歩いて帰ろう。ね?」
私はエルヴィラの手を握る。彼女の手は少し冷たかったが、次第に私の手と同じ温かさになり、答えた。
「うん、そうしよう! だけど、今日は一軒、食べ歩きをするだけ!」
「分かった」
エルヴィラはいつもの元気に戻り、私たちはお弁当を片付ける。そして、エルヴィラを先頭に教室へと戻って行った。後方から送られる視線を警戒しながら。