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第4話 希望と不穏の満ちた放課後

「おい、お前、もしかしてあのストヤノフかよ!?」


 始業式とホームルームが終わり、午後の時間になる前に放課後となった。私たちはお知らせの紙などをまとめて帰ろうとしていた時、クラスメイトの男子が、2人の取り巻きを引き連れてエルヴィラの前に立ちはだかる。


「うん、そうだよ! これから同じクラスメイトとしてよろしくね!」


 エルヴィラは屈託のない笑顔を向けて無難に挨拶する。しかし、その男子は露骨に嫌な顔をして悪意は吐き出した。


「嫌だね。お前の親たちの狂った思想のおかげで、俺たち家族の信頼はがた落ちだぜ! だからお前とは仲良く出来ない」

「そ、そっか……それは残念だね。でも、これから授業を一緒にやる仲間だから……」

「最低限、だけだ。俺から見たらストヤノフ家は敵なんだからな。俺が話しかけたのはその警告をするためだ。良いか。他の無名の奴らとだけ仲良くしろよ。俺たち純潔一族とは関わるな。じゃあな」


 そう吐き捨ててその男子と取り巻き達は教室を出ていった。あんなひどいことを言われたのに、エルヴィラは嫌な顔をせず、ただ少しだけ悲しそうに彼らの出ていったドアを見ていた。


「エルヴィラ」

「あ、ごめん、ちょっと驚いてぼうっとしてた! 早く帰って遊びに行こう!」

「エルヴィラ。私は、いつでもエルヴィラの友達だからね」

「……うん、ありがとう、マリア!」

「一応俺も、いるからな」

「はいはい、ジークもありがと!」


 エルヴィラはにこりと柔らかい笑顔に戻り、荷物をまとめる。私とジークも荷物をまとめ、私たちは学校を後にした。


 いつもの商店街はいつにも増して賑やかだ。入学式終わりの私たちと同じ子たちが、出会いたての友人たちと仲良くするための食べ歩きをしている。そんな人込みのなかで、私たちは小学部と変わらず、3人で食べ歩きをしていた。


「うーん! いつ食べてもこの串鳥焼きがおいしいね!」

「エルヴィラ、それ本当に好きだよね。食べてるときは本当に純潔一族なのか分からないくらいがっつくし」

「ちょ、そんなところまで見ないでしょ恥ずかしい! だって、家だとこんなに濃い味の料理あまり出ないんだもん! 別に純潔一族でも食べたい物も高貴で優雅じゃないとだめ何てことないでしょ? こう、がっつり野蛮に食べたい欲求が定期的に湧き上がるんだ! 家だと出来ないことを、こういうところでやりたいんだもん!」

「う、うん、どっか。別にダメって言ってるわけじゃないから安心してよ。むしろ私もこうやってエルヴィラと食べ歩き出来るの楽しいから」

「本当に? うれしいなぁ!」


 私とジークよりも早く食べ終わったエルヴィラは、とてもまぶしい笑顔を見せる。学校ではひどいことを言われたのに、今の彼女はとても楽しそうで、安心した。


「エルヴィラはやっぱり笑顔が似合うね。学校であんなこと言われてたのが嘘みたい」

「ああ、あれは全然気にしてないよ! だって、お父さんはもっとひどいことを言われてるのに、全然折れないで活動してるんだもん。娘の私が折れちゃったら、なんか、嫌だから。でも、娘だからそうじゃなくて、私もお父さんの言ってることに共感してるんだ。そうじゃないと、マリアも大変になっちゃうもんね!」


 そう。私の家族は私が生まれる前にこの国に来た、移住者。私はこの国の生まれだが、流れる血は古来から続く純粋なものじゃない。でも、違いで言えば、多分それだけだ。


「そうだな。この国の、特に首都ソヘルカロノは差別意識高いからな。なんなら歴史の浅い一家に対しても世間の目が冷たいし」

「ジークだけで言えば、仲よくしようって気持ちが分かりにくいのも影響してるかも」

「そう、なのか。いや、そうか。それはしょうがないな」


 ジークはそれだけ言って後は何も言わない。エルヴィラもその沈黙の意味を理解しており、それ以上は何も言わない。


「ねえ、休憩にいつもの隠れ広場、行こうよ!」

「そうだね。行こう」


 隠れ広場とは、裏路地から行ける小さな広場だ。近くに大広場があり、人が少ないため、私たちの憩いの場所となっているのだ。 

 私たちはそこに行くため、大通りから外れた裏路地に入っていく。入った途端に静けさが支配する道を歩き、エルヴィラが絶えず話題を提供してくれ、私とジークが答える。小学部で仲良くなってから続く、いつもの光景。この当たりまえが、中学部でも続いてくれればうれしいと、純粋に想った。

 だが、この日はいつもとは違った。道中に、マントとフードで顔を隠した、私たちとほぼ同じ体格の人物が一人、私たちを遮った。私たちは足を止め、様子を伺う。


「えっと、すみません、道を通してくれませんか?」


 エルヴィラがそう話しかける。しかし、その人物は何も反応せず、立ち尽くしている。エルヴィラは首を傾げ、私は違和感を感じてエルヴィラの前に出ようとした。その瞬間、その人物は小規模の地魔法を発動させ、岩の棘を飛ばしてきた。咄嗟に私は魔法を発動させようとしたが、急な攻撃で反応が追い付かない。


「マリア!」


 エルヴィラの声が響くと同時に、私のすぐ前の地面から、氷の塊が盛り上がる。岩の棘は氷の壁に防がれ、砕けていく。私はすぐに風魔法をイメージし、風の弾丸で反撃した。しかし、私の攻撃も、相手の岩の盾で防がれる。少しの沈黙が続く。そして、私がまた風魔法の弾丸を作って攻撃の準備をすると、その人物は踵を返して逃げていく。私はその人物の背中目掛けて風魔法を撃とうとしたとき、


「待って!」


 エルヴィラが私を制止した。私は風魔法を解除する。エルヴィラはにこっと笑顔を見せながら言った。


「ダメだよ、逃げてる人を攻撃するの」

「……うん、分かった。ごめんね」

「大丈夫! みんな無事でよかったよ! あと、ありがとう、マリア!」

「こちらこそ、ありがとう。エルヴィラの氷魔法で助かったよ」

「えへへ、私も成長してるんだよ! ほら、広場に行こう!」


 そうしてエルヴィラは隠れ広場の方へと入っていく。私とジークも遅れて歩き出す。


「なあ、アルマリア」

「なに、ジーク」

「さっきの奴、エルヴィラを狙ってたよな」

「多分ね」

「なんか、嫌な感じだ。中学になった初日にこんなこと起きるってさ」

「――エルヴィラを一人にさせないようにしよう」


 私たちは短くそう会話をして、エルヴィラの後を追う。こうして、入学式の一日は不穏な終わりを迎えた。希望に満ちていたはずの中学生活に、不安を残す一日になってしまった。隠れ広場に流れる風は、不気味に生暖かく、私たちの頬を撫でていった。


  

 


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