第3話 不穏な自己紹介
「今日この日、未来の騎士たちが集い、この偉大なるオステンドルフ騎士養成学校の中学部へ入学した。古代より魔法魔術を研究し世界の発展に貢献したこの国の騎士になることの意味を考えながら、日々精進していくことを切に願う」
その言葉を締めに、校長は壇上から降りていく。新入生は流れで拍手を送り、言われた言葉は受け流す。私もなるほどねという程度に受け流し、単調なリズムで拍手を送った。
入学式は特にこれと言って特徴もなく終わる。私たち新入生が入場し、国家斉唱など、一般的な流れをこの学校も組んでいた。面白味もない普通の式で、拍子抜けしてしまう。
「まあ、この国じゃあ騎士学校よりも魔法魔術研究学校の方が格式が上だからな。純潔一族もそっちの方が多いし、この学校も世間の目じゃ、お国の兵士を育てる学校程度しか認知されていないしな。なんなら、アルマリアみたいな移住者が入れる学校は普通科の学校かこの学校くらししかないし」
「へえ、そうなんだ。私は最初からこの学校に入ることを意識してたからあんまりそういう実感はないけどね」
「でも、この学校にも、さっきのような古い考えの純潔一族は入ってきてると思うよ! だから、マリアちゃん、気を付けてね! 何かあったらわたしが守るから! 断っても助けに行くから!」
「う、うん。ありがとう、エルヴィラ。あ、そうだ。もう中学生なんだし、ちゃん付けはしなくて良いよ。私も呼び捨てにしちゃってたし、もうそんな気の置けない仲だと思ってるから」
「本当に!? わあそう思ってくれて嬉しいな! それじゃあ、これからはマリアって呼ぶね!」
入学式が終わり、教室へと戻ってきた私たち。この後はホームルームがあると言われ、教室で待機するように言われていたため、教室でエルヴィラとジークと談笑していた。クラスを見ると、自分たちを含めて約20名ほどの生徒たちがこの教室にいた。それぞれが自分たちと同じように2,3人で固まり、話しをしている。
「はい、みなさん、楽しいお話しは一旦止めて、席に座りましょう」
少しして、男性の声が教室に響く。誰が発したのか辺りを見ていると、黒板の前に瞬間移動の魔方陣が出現し、光が収束する。その光から、長身の男性が一人、その光から出て来た。フォーマルなローブを纏い、整った顔をしたその先生は続ける。
「それぞれの学区ごとに席はまとまっています。机に表示された席に座ってください」
そう言い、その先生は魔法をかける。すると、教室に並んだ机の上に、火文字で名前が浮かぶ。
「学区ごとってことは、私たちの席はそばってことだよね! やったね!」
エルヴィラはかなり嬉しそうにはしゃぎ、名前が表示された席に座る。私とジークの席も、エルヴィラの席の前と後ろにあり、そこに座る。
「やれやれ、またしばらくは2人と一緒か。まあ悪くはないか」
「なに言ってんのジーク! 私たちが居ないと友達作れないでしょ! 小学部の時もアルマリアと私が話しかけてなかったらずっと一人だったでしょ!」
「……否定出来ないな。全く、元気な声でひどいことを言う。そういうところは嫌いじゃないけどさ」
「それはありがとう!」
「ほら、二人とも、先生が話しをするみたいだから静かに」
他の人たちも全員が席に着き、先生が教卓の前に立つ。
「このクラスの担任になりました、エルディン・ブラットです。担当授業は今のところ演習です。天性属性は火なので、私を怒らせて火傷しないように気を付けてください」
真顔でそんな挨拶をするエルディン先生。底知れない不気味さはあるが、怒らせなければ特に理不尽に怒ることはないと、そう思いたい。
「では、皆さんの自己紹介をしましょうか。あ、最初に言っておきますが、ここは騎士の養成学校です。純潔一族か否かで上下関係は決まりませんので、勘違いせずにお願いしますね」
そう言って、廊下側の班から順に自己紹介が始まった。私はあくびをかみ殺しながら、その自己紹介を聞いていたが、先ほど魔力をかなり使ったためか、入学式が退屈だったためか、眠気が私の瞼を閉じようとして、すべてが雑音にしか聞こえなくなる。流石に完全に眠るわけにいかないので、眠気と戦っているうちに、私たちの学区の班の順番となっていた。
「はい! 私はエルヴィラ・ストヤノフって言います! 元気が取り柄なので、皆さん仲良くしてください!」
持ち前の明るさを全面に出してアピールするエルヴィラ。だが、クラスメイトはその元気な彼女よりも、名前の彼女に興味を持ったようだ。
「ストヤノフって、あの純潔一族の?」
「新しい考えを取り込んで活動してる、あの一族だぜ。マジかよ」
「たしか、移住者とかにも優しくする国造りを提唱してるとかでしょ」
「それが本当なら、過激派に狙われるんじゃ……関りにくいな」
「このクラス、大丈夫かな……」
耳をひそめると、そんな会話がひそひそ話として聞こえた。エルヴィラは聞こえているはずのその会話に反応せず、最後に「よろしくお願いします」と言って自己紹介を終わった。エルヴィラが座ると同時に、ジークが立ち上がり、自己紹介を始める。
「ジーク・オールディントン。よろしく。俺は純潔とか、無名とか、移住者とか、そんなことで差別的に関わることはしない。ひそひそと陰で悪口を言うこともしない。無理に仲良くする気もないので、よろしく」
彼はそう言って、席に座る。彼の言葉を聞いて明らかに嫌な顔をした班がいくつかあったが、その場では何も会話は聞こえなかった。最後に私の自己紹介の番が回る。私は立ち上がり、少しの緊張を隠すように、声を出す。
「えっと、アルマリア・メラクと言います。趣味は空を眺めることです。勉強も遊びも、楽しくやって行ければと思ってます。よろしくお願いします」
シンプルで当たり障りのない自己紹介をして私は座る。クラスメイト達は、私の名前を聞いてひそひそと話をしていることに気づいていた。
「メラクって、聞いたことないな。無名一族か」
「どっちにしても、しょせん純潔一族じゃないなら大したことないし、どうでもいいな」
私が聞こえたのはそんな会話だった。やはりこの学校でも、純潔一族か否かで見る目が変わる。この国の国民性がばりばり表に出ていた。ジークのような考え、エルヴィラの両親が抱えている考え方をする人たちは、この国ではまだ少数派なのだと、改めて実感した。
全員の自己紹介が終わり(大半の自己紹介を私は聞き流してしまっているが)、エルディン先生が言葉を出す。
「はい、お疲れさまでした。皆さんはこれから1年は一緒にいるクラスメイトなので、少なくとも一緒に勉学に励む仲間として、わたしも過ごしていきたいと思っています。なので……」
先生は言葉を区切り、周囲に炎を出現させて再開する。
「争いごとだけは、しないように」
恐らく私たちの自己紹介の時に起きていた会話を先生は聞いていたのだろう。釘をさすように鋭いトンカチの言葉を、重々しく言い放った。
その後は事務的な説明とお知らせの配布の話しを長々と行い、中学部最初のホームルームは終わった。私たち3人は気にしてない様子でこれからの中学生活について話をしていたが、その傍らで向けられる、心地よくない視線は、3人とも感じていたのだった。