第33話 止められない思い
草木が生い茂るホールに壊れたドアから覗く家具が崩れたそれぞれの部屋、もはや自然に還ったと言っても過言ではないほどに朽ちた屋敷は、緊張するほどに静寂を醸し出す。彼は2階に上がり、正面の中央開きのドアへと歩く。私は静かに彼の後を追い、その部屋は開かれた。
その部屋は、恐らく屋敷の主の部屋と思われる広い部屋だった。そこは最近も使われたような形跡があり、他の部屋よりもまだ混沌を極めていない。奥には大きな机があり、その机の端には、どこか見覚えのあるローブがかけてあった。
「この部屋にはよく来たよ。一族の歴史がここに残ってる。古代文明を知る国宝級の文献は、国が保管してるが、それでもここに残っている一族の日記には、シュプリンガー一族の軌跡が残されている」
アーネストは棚に入っている一つの本を取り出し、説明する。
「それで、ここくらいでしか話せない話題って、一体何かな? こういう人気がない所で話すことって、まあ結構な内容だと想像するけど」
「……単刀直入に聞く。魔物の群れが襲撃してきた時、姉さまと、エルヴィラの兄オリヴィンが一緒にいる所を見たと思う。その、お前から見てあの二人は、付き合っているように見えたか?」
彼は顔を私に見せないように背けながら、そのことを言う。私は、感じたことを言葉に直して彼に言う。
「見えたよ。少なくとも、お互いがお互いを意識しているような、そんな感じに見えた。それが付き合っているものなのかどうかは分からないけど、君の姉レティシアがオリヴィンに向けた表情は、恋する乙女って感じだった。あくまで身近で似たようなことを見てるだけの直感だけどさ」
私の言葉が終わると、彼は手に持っていた本をテーブルに置き、奥の窓を開ける。心地よい自然に匂いを乗せた風が、私たちを撫でる。
「やっぱり、そう見えるよな。ってことは、やっぱり姉さまは、奴の事が好きなんだ」
「あくまで私の意見は直感だから証拠としては弱いと思うけど、アーネストにとっては多分他にも心当たりがあるってことなんだよね」
「……そうだな」
彼は窓際に座り、一息を付く。
「お前は、純潔一族の”偉大なる規則”を知っているか」
「ううん、詳しくない。でも、少なくとも自由恋愛じゃないってことは知ってる」
「そう。姉さまと奴は、まさにその偉大なる規則を破っている。そして、ストヤノフ一族でも奴が大きく主張しているのが自由恋愛を認めてもらうことだ。つまり、奴は、姉さまとの恋を成就させるために、その活動をしていると言って間違いないことも確定した」
「話を聞いてシンプルに考えると、まあそうだね」
「……お前は、”偉大なる規則”を破った者たちがどうなるか、知らないだろ」
「うん、知らない」
「破ったものは、果てに死を迎える。その過程は様々だが、少なくとも、女性は……」
彼は最期まで言葉が続かず、息がつっかえる。言葉にするのもおぞましいような惨状が待っているようだと、私は予測した。
「アーネストは、どうしたいって考えてるの? もしかして、二人の恋路を邪魔して破局させる?」
「それも考えた。だが……でもどうしても、自分の中に二つの自分がいるんだ」
「一族として、偉大なる規則を守りたい誇りと、姉の幸せを考える己、とかかな」
「……そうだ。よく分かったな。いや、僕が分かりやすいだけか。――誰かに止められるまで止まらない」
彼はため息をつく。少しの間彼は静かに風にあたっている。その横顔はどこか悲しそうに見えた。
「とにかく、第三者から見た姉さまと奴の雰囲気が知りたかった。質問に答えたくれたこと、感謝する」
「いえいえ、あくまで自分の意見を言っただけだから、それをどう受け止めて考えるかはアーネスト次第、って感じかな」
「そうだな……一人で帰れるなら、もう帰って構わない。この屋敷を散策するのも、勝手にしていい」
先ほどより少し弱弱しく震える声で、彼はそう言い放つ。私は分かったと彼に伝え、その部屋を後にした。